テロ対策国家

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第2章

 国際テロ組織バルガイダ殲滅を旗印にした報復戦争は、アメリガ大衆国の圧倒的な軍事力によって、瞬く間にハルガニズタンを戦火に巻き込んだ。
アメリガ大衆国の攻撃はバルガイダが居る各都市に斑なく行われ、確かにバルガイダの勢力は後退を余儀なくされた。
その代償はあまりにも大きかった。バルガイダが居る、というだけでミサイルや銃弾が容赦なく町を襲い、多数の市民が巻き添えを食らって死亡、或いは
負傷する羽目になった。
 しかし、バルガイダ殲滅とバルガイダを支持するとされるバリバン政権打倒を−いきなりこんな目的が加わった−目的とした報復戦争の「大本営発表」は
バルガイダを最後の拠点とされる山岳地帯に追いやっていることだけを大々的に報道するだけで、市民の犠牲は省みられることがない。「大本営発表」を
垂れ流すだけのマスコミ報道は勿論、市民の犠牲を報道したり、戦争の悲惨さを伝えることはしない。
 圧倒的な軍事力を背景にした報復戦争だったが、何時まで経ってもバルガイダ殲滅とその指導者ウザイ・カン・ラドンの暗殺には至らなかった。
焦りと苛立ちを感じ始めたアメリガ大衆国は、バルガイダが潜伏しているという真偽の程が定かでない情報だけを元に容赦ない攻撃を展開するようになった。
そのため、本当はバルガイダとは無関係な、バルガイダがとっくに撤退した町や村にも爆弾やミサイルが襲い掛かり、多数の市民が殺された。
 アメリガは通常の爆弾やミサイルだけでは埒があかないと思ったのか、クラスター爆弾などの大量殺戮兵器を使い始めた。クラスター爆弾。それは
親爆弾の内部に何百もの子爆弾を集束(クラスター)した爆弾で、子爆弾は広範囲に飛散し、広範囲の目標を破壊するというものだ。当然一発で小さな村
などは破壊しつくされ、多くの難民と死者を生むことになった。そして不発弾となった子爆弾に何も知らずに−知る筈もない−触れた子ども達が爆発に
巻き込まれ、腕や足を失ったり死亡したりした。
 これら残虐兵器−残虐という線引きは曖昧なものだが−の使用に対して、難民支援のために現地入りしているNGOなどが批判の声を上げた。しかし、
その批判の声が世界に広がることはない。勇ましい「大本営発表」の配信が唯一の報道になっているからだ。
勿論一部の報道機関が批判の声を取り上げたが、バルガイダとバリバン政権の行方に目と耳を奪われている他国民の気に留まることはない。
「大本営発表」に目と耳を傾けるばかりの他国民も、ハルガニズタンでのもはや無差別攻撃と化した報復戦争の実態を容認しているも同然である。

 更に時間が経ってもバルガイダの殲滅は確認されず、ウザイ・カン・ラドンの首が取られることはなかった。
「大本営発表」はひたすらバルガイダ後退の様子とバリバン政権の揺れを垂れ流すばかりで、多大な無関係の市民の犠牲を強いてまでも報復戦争の目的を
達成出来ないでいることをひた隠しにするしかない。
そんな中、アメリガ大衆国のフッシュ大統領は、「バルガイダを始めとする国際テロ組織を支援する国家が居る」としてビラン、ビラク、北韓国を名指しし、
これらを「悪の枢軸」と非難して、「アメリガ防衛と利益のためには」先制攻撃も辞さない、と言い出した。
 これは一見何でもないようで、実はとんでもない問題を孕んでいる。
国連憲章では武力行使を侵略を受けた時の自衛反撃か、国連安全保障理事会が決定した場合の二つに限定している。これは二度の世界大戦の惨禍を
教訓とした「戦争を違法」とする考えに立脚したもので、国際平和の根本的ルールである。先制攻撃も辞さない、とするフッシュ大統領の発言は、この国際
平和の根本的ルールを公然と踏みにじることを宣言したも同然である。
 更に、他国を一方的に「悪の枢軸」などと決め付ける態度も大問題である。
このような態度と先の「先制攻撃宣言」が組み合わされれば、アメリガの意向次第でどの国も攻撃対象になることになる。フッシュ大統領は報復戦争の目的、
すなわちバルガイダ殲滅とウザイ・カン・ラドン暗殺が達成出来ないことに苛立ち、半ば八つ当たりで「テロ支援国家」を名指ししたのであるが、何の証拠も
ないのにテロ支援国家と決め付け、更に先制攻撃も辞さないというフッシュ大統領の発言には、流石に報復戦争に参加している同盟国からも懸念や批判の
声があがった。
 そんな中、フッシュ大統領の宣言を無批判に支持したのが弐本とそのマスコミである。
アメリガとの同盟関係、言い換えれば軍事同盟を絶対のものとする弐本政府やそのマスコミは、アメリガの言うことは何でも正しい、という思考停止状態に
陥って久しい。共同党は軍事同盟の解消、非同盟中立を叫び続けているが、マスコミが共同党の発言や行動を黙殺するため、その声が広がることはない。
それは右翼や財界に「左翼的だ」と睨まれ、情報をもらえなくなるのが怖いからである。
 そうこうしているうちにバルガイダの存否は勿論、ウザイ・カン・ラドンの行方も分からなくなってしまった。
報復戦争は完全にアメリガ大衆国の最新兵器や残虐兵器の実験の場と化し、結婚式場が爆撃されて、幸福の場が惨禍の場に暗転するという事態まで発生
するようになった。
 ここまで来ると流石に「大本営発表」も信用されなくなり、今回の報復戦争の是非を−戦争に是非も何もないが−問う声が続出するようになった。
立ち行かなくなったアメリガ大衆国は、ひたすらバルガイダの行方を追ってハルガニズタン全域を攻撃対象とすると同時に、崩壊したバリバン政権の後継
政権の樹立に関与するようになった。
 関与といえば聞こえは良いが、要は露骨な内政干渉である。自国の政権を決定するのはその国の国民の権利、他国は介入しないという内政不干渉。
それは先に述べた武力行使の制限と並んで国際平和の根本的ルールの一つである。しかしアメリガ大衆国は報復戦争のどさくさに紛れて、バリバン政権の
後釜に自国の影響が及ぶ政権を作り上げたのである。
 このことを問題視したマスコミは、少なくとも弐本にはない。弐本のマスコミは、同時多発テロを受け、報復戦争を主導したアメリガ大衆国に同情するのみで、
アメリガの行動をチェックする機能を喪失しているのだ。
 報復戦争は続く。しかし、バルガイダは殲滅出来ず、ウザイ・カン・ラドンの行方はようとして知れない。苛立ちを強めたフッシュ大統領は、とうとう
先に決め付けた「悪の枢軸」に対して疑惑の目を向けるようになった。

「ビラン、ビラク、北韓国といった国々はバルガイダをかくまっている。」
「テロ組織をかくまう国家はテロ組織と同じだ。我がアメリガ大衆国は自国の防衛と利益保持のため、先制攻撃を辞さないことを改めて宣言する。」

 ビラン、ビラク、北韓国がバルガイダをかくまっているという証拠など何もないというのに、復讐に燃えるフッシュ大統領は、バルガイダが居るとされた
ハルガニズタン以外にも攻撃の矛先を向けることを事実上宣言した。特にフッシュ大統領が難癖をつけたのは、ビラクである。

「ビラクは大量破壊兵器を保有している。」
「ビラクは自国の大量破壊兵器や生物、化学兵器をバルガイダに提供している。」

 フッシュ大統領の決め付けはエスカレートする一方だ。
ビラクは報復戦争より前にフッシュ大統領の父親が決行した湾岸戦争でアメリガを始めとする多国籍軍と交戦しており、アメリガとの関係は悪いの一言である。
 しかし、そのアメリガは湾岸戦争以前はビラクを支援していたという厳然たる事実がある。
アメリガは当初ビランを支援していたが、ビランで革命が起こり、政権がアメリガと対決姿勢を見せるようになったため、ビランへの支援を打ち切り、代わって
ビランと戦争をしていたビラクを支援するようになったのだ。これにはビランやビラクがある中東地域における石油利権を掌握したいというアメリガの指導部、
特にフッシュ大統領やその側近の思惑がある。フッシュ大統領父子の地盤は石油産業が盛んで、彼らやその側近は関連企業の役員を務めていた経歴を
有し、当然石油産業の意向が絡んでくる。「アメリガは自由と民主主義の国」という弐本の思いは幻想に過ぎない。アメリガは弐本以上に大企業と軍事産業が
幅を利かせる右翼国粋主義国家なのである。
 報復戦争が続く一方、アメリガ大衆国の攻撃の矛先はビラクへ向けられようとしていた。流石にアメリガのこの動きには、ビラク周辺国や非同盟諸国は
勿論のこと、同盟国からも懸念や批判の声があがった。ビラク周辺国はアメリガの意向を知っており、それにアメリガが経済的、軍事的支援を継続している
イズラヘルの蛮行は黙認するという二重基準−ダブル・スタンダード−に対する批判が強く、アメリガと同盟関係を結んではいてもアメリガの行動に
もろ手を挙げて賛成、とはならないのだ。
 そんな中、アメリガが心強く思っているのは、アメリガの主張に悉く賛成、支持する弐本の存在である。フッシュ大統領は今尚続く、もはや目的を喪失
したといっても過言ではないハルガニズタンへの報復戦争を後方支援する上に、自分の主張に賛成、支持する弐本政府に対して感謝の意を表明し、
引き続き報復戦争への支援を要請すると共にビラクへの軍事攻撃の後方支援要請を仄めかした。  弐本では周辺事態法、テロ対策特別措置法と積み上げてきた、戦略自衛隊の海外での武力行使への扉を開く「最終段階」である有事法制が審議されていて、
弐本政府与党とアメリガの要求に対して、これまで歴代の民自党政府さえも憲法上出来ないと言ってきた集団的自衛権の行使に繋がるとして、国会内外で
反対の声が急速に高まった。弐本政府は有事法制の火種を消すまいと、有事法制を継続審議に持ち込み、戦略自衛隊の武力行使はない、と表明するなど
対応に追われた。
 アメリガは日増しにビラクへの軍事攻撃の姿勢を強めた。
ビラク周辺に部隊を展開し、艦船を派遣し、連邦議会はフッシュ大統領に戦争決行の判断を与える議案を採択するなど、一触即発が現実味を帯びてきた。
そんなアメリガの危険な動きに呼応して、湾岸戦争で中断していた、国連によるビラクの大量破壊兵器査察再開を求める声が高まってきた。

「アメリガはテロへの戦争と称して、ビラク地域での覇権を目指している!」
「アメリガはイズラヘルの国連決議違反行動を容認、支援しているのにビラクに対しては疑いだけで武力行使に踏み出そうとしている!」
「アメリガの行動はイズラム世界に対する挑戦だ!」

 そんな国際世論を無視するかのようにアメリガは軍隊を続々とビラク周辺へ派兵する一方、目的とする軍事行動を「合法化」するための決議案を自分が
常任理事を務める国連安全保障理事会に提出する動きを取り、これを弐本が支持し、各理事国に対して外交工作を行った。
 しかし、アメリガの思惑通りにことは進まかった。アメリガと同盟関係にあり、同じく安全保障理事会の常任理事国であるブランズなどが中心になって、
国連査察再開の決議案を提出したのだ。この決議案の内容はビラクに重大な決議違反があった場合の対処方法は安全保障理事会のみが決定するという
内容になっており、アメリガが狙うビラクへの自動的な武力行使を阻止するものでもある。
勿論アメリガは当初拒否権行使の構えを見せたが、査察再開を望む圧倒的な国際世論を無視出来ず、やむなく賛成に回った。こうして、ビラクへの国連に
よる大量破壊兵器査察再開と違反の場合の処置は安全保障理事会のみが決めるとする決議4114が採択された。
 即日、ビラクに対して決議の受け入れを迫る勧告が出された。ビラクの出方に世界中が固唾を飲んで見守る中、ビラクは査察の受け入れを表明し、
これにより、決議4114に基づく査察が行われることになった。
 ビラクに対する査察再開が実現し、査察団が続々とビラク入りした。そんな平和解決への動きに対抗するかのように、アメリガは「ビラクの脅威」を喧伝した。

「世界はビラクの脅威に晒されている!」
「我々はビラクが大量破壊兵器を保有しているという証拠を入手している!」
「安全保障理事会はビラクの決議違反を認め、断固たる態度を取るべきだ!」

 しかし、査察再開約一月後の査察団の報告は、アメリガの喧伝を確固たるものにするものではなかった。
査察団の報告では、「ビラクに査察に対する幾つかの問題点はある」としつつも「査察は順調に行われており」、そして「現時点においてビラクが大量破壊
兵器を保有しているという証拠は見つかっていない」とされた。
アメリガはこれに納得せず、自身が軍事衛星で撮影したという「生物、化学兵器の移動施設」という写真を提示し、ビラクの決議履行違反を執拗に訴えた。
しかし、アメリガの提示した「証拠」はビラクが大量破壊兵器を保有しているという自身の「定説」を照明するものには程遠く、引き続き査察が行われた。
 更に一月が経過した後の査察団報告では、「まだビラク側の姿勢にいくらかの問題点がある」としながらも「査察は順調に行われている」とされた。
そして査察団が大量破壊兵器と認定した長距離ミサイルの廃棄を命じ、ビラクがこれを廃棄していることを報告した。
アメリガはこれでも納得せず、ビラク周辺の部隊を増強する一方で、ビラクは決議違反をしている、と繰り返した。しかし、イズラム諸国などをはじめとする
各国の外交努力により、ビラクは査察への対応をより柔軟にし、大量破壊兵器と認定されたミサイルを廃棄したり、新たに生物、化学兵器の廃棄リストを
提供するなど、積極的に査察に応じる姿勢を見せるようになってきた。このビラクの姿勢に対して、弐本のマスコミに登場する識者はこのような見解を
示した。

「ビラクの姿勢の変化は、アメリガの圧力があってのものだ。」
「ビラクが尚も国連決議を遵守していないのだから、安全保障理事会は毅然たる態度を示すべきだ。」

 しかし、これらの主張はアメリガ側の視点からしか状況を見ていないが故の発言である。
 アメリガの圧力と言うが、アメリガの行動は武力行使へ向けての準備であり、圧力と言うより威圧と言うべき性質のものである。先に述べたように、
武力行使は自国が武力攻撃を受けた際の自衛反撃か国連安全保障理事会が決定した場合に限定される。ビラクから武力攻撃を受けたわけでもないのに、
安全保障理事会が決定したわけでもないのに勝手に軍隊を展開していることは批判こそされど、圧力として称賛されるようなものではない。
 ビラクが査察への態度に幾つかの問題点があることは査察団も認めているが、査察は順調に行われており、大量破壊兵器と認定された兵器の廃棄や
廃棄リストの提出など、全体を見れば査察は前向きに進んでいることに間違いはない。なのにアメリガが証拠を提出したからとか−その証拠も自説を確固
たるものにするものではない−査察への態度に問題があるからといって、安全保障理事会に軍事行動の決議を求めるというのは、思考停止状態とのそしりを
免れない。アメリガ側の視点でしか状況を判断出来ない、そしてそれらの視点のみを報道するマスコミの姿勢こそ厳しく問われなければならないのだ。

 査察団の安全保障理事会への報告は定期的に行われ、回を増す毎にビラクの対応が前向きになってきたこと、査察が本格的に軌道に乗ってきた、と
好感触を示すものになってきた。
しかし、アメリガは報告の度に報告で示された問題点を足掛かりにして、査察自体に難癖をつけた。アメリガは軍隊を撤収させるどころか、査察の進行に
比例させるかのように部隊を増強し、何時でも戦争を起こせる、と言わんばかりの行動に出た。
 これに対し、アメリガの同盟国を含め、世界各国でアメリガのビラクへの武力行使に反対するデモや集会が行われた。そのうねりは当のアメリガや
弐本にも波及し、その規模や全国的展開の前にマスコミも報道せざるをえなかった。
 アメリガによるベドナム侵略戦争反戦運動の時は、戦争が起こってからのもので、侵略されるベドナムに道理があるという明確な図式があった。
今回の反戦集会やデモは、ビラクの政権に問題があるのは周知の上で、あくまで大量破壊兵器の問題を査察による平和的解決を望む、という一致点の上で、
しかもベドナム侵略戦争をはるかに上回る規模で何度も何日も繰り広げられた。
しかし、アメリガは振り上げた拳を下ろそうとはしない。

フッシュ大統領は父親同様、他国に戦争を仕掛けるつもりなのだろうか・・・?

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