契約家族

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第6章

 会社を定年退職してからの海原は穏やかにに老いていった。
老眼になって久しい目は老眼鏡で補い、弱ってきた身体を軽いジョギングと食事で鍛え、寝たきりにならないように注意していた。
趣味の読書熱は老いて一層強まり、ハードカバーの小説を次々と読破していった。
その傍には常に「妻」が居た。
海原の老いに合わせて「妻」も老いていったし、顔や姿形が前日と異なることも珍しくなかったが、海原には少しも気にならなかった。
海原の居場所である8畳間で共に茶を飲み、語らうというゆっくりした時間を楽しんでいた。
 年に2、3回の割合で「子ども達」も帰省して来た。
「子ども達」も年齢を積み重ね、とうとう子どもを、海原にとっては「孫達」を連れてくるようになった。
勿論、「子ども達」の顔は何時も同じとは限らないし、「孫達」の顔や大きさも違うことがあったが、海原は年金で「孫達」にお年玉を与えたり玩具を買って
やったり、「息子」や「娘」夫婦と共に遊園地や買い物に出かけたりして、「孫達」の成長ぶりを喜んだ。
本物の−戸籍上の−妻や子ども達がどうなっているかなど、海原の頭の中には欠片も存在しなかった。
海原にとって家族とは度々姿形が変わる「妻」や「子ども達」、そして「孫達」こそが家族であり、そう信じて疑わなかった。

 70歳を過ぎた海原は、ある日胃に異変を感じて病院に出向いた。
精密検査の結果、海原は胃癌を患っていることが明らかになった。
海原は流石にショックを受けたが、いまや不治の病ではなくなっている癌を克服すべく、入院して手術を受けることにした。
それには勿論「妻」が付き添った。
手術は無事成功し、海原は1ヶ月の入院の後退院することが出来た。
 しかし、海原はこれを境に急速に身体が衰えていった。
幾ら不治の病で亡くなったとは言え、癌の治療の中心は手術。それで胃を殆ど摘出したものだから、殆どものが食べられなくなったのだ。
ものが食べられなくなっては満足に栄養が得られない。栄養剤で得られる栄養には限度があるし、咀嚼という行為をしないと身体も脳も衰える。
自分の寿命が残り僅かなことを察した海原は、ある日タクシーを呼んで有限会社メンタルケア・プランニングへ向かった。
面談役の男はまたも代替わりしていたが、海原はそれを一向に気にすることはない。
誰であろうが、自分の前に居る人物は充実した「安らぎプラン」を提供してくれる人物であることには相違ない。海原はそう信じて疑わない。
それだけの「実績」が、海原をそうさせるのだ。
男は温かい笑顔で海原を出迎える。

「お久しぶりですね。いや、はじめまして、と言うべきでしょうか?」

 自分の定年退職の時の訪問でも飛び出した男の最初の言葉に、海原は笑みを浮かべる。

「久しぶり、で構いませんよ。」
「そうですか。では改めて、お久しぶりです。さ、おかけください。」

 海原は男の向かい側のソファに腰を下ろす。このあたりも最初の頃と全然変わらない。

「今日はどういったご用件でしょうか?」

 男の問いに、海原は真剣な表情で言う。

「私がこれから死んで葬式をしてもらうまでのプランをお願いしたいのです。」
「失礼ですが、随分縁起でもないご要望ですね。」
「もう私も身体が弱ってきてますし、何れ死は訪れるもの。それを最愛の妻や子ども達に看取ってもらいたいのです。」
「最後の最後まで、我が社のプランをご利用になりたい、ということですね?」
「そうです。貴社は代替わりしても十分な『安らぎプラン』を提供してくれました。それを信用して、人生最後のイベントの面倒を見て欲しいのです。」

 海原の真剣な訴えに、男はこれまた真剣な表情で聞き入る。
そして一度小さく頷くと、はっきりした口調で言う。

「承知しました。では、プランをご提案しますので、暫くお待ちください。」

 男はノートパソコンを持ってくると、それに向かって真剣な表情でマウスやキーボードを操作する。
譬え代替わりしようと、この会社の姿勢は変わらない。きっと充実したプランを提供してくれる。
強化した「安らぎプラン」もそうだったし、定年退職時の祝席のプランもそうだった。自分が疑う余地は何処にもない。海原はそう思う。
 暫くして、プリンタが稼動して紙を排出し、男はその紙を取り出して海原の方に向けてテーブルの上に置く。
男はプランの説明に入る。
プランの概要は、海原の臨終を「妻」と「子ども達」、そして「孫達」が見取り、通夜や葬儀一切を「妻」が喪主となって執り行い、納骨と初七日法要をやはり
「妻」が中心になって執り行うというものだ。
初七日以降の法要をプランに追加することも可能だが、それにはかなりの資金が必要になるということが補足された。
理由は今後何十年にも渡って節目節目に行うのは、関係者を集めたりもてなしをする手間と費用がかかるから、というものだ。
 プランの説明を受けた海原は思う。
初七日法要は現在では葬儀と一体化しているから別として、それ以後の法要は「家族」の負担にはなっても、神仏を信じていない自分には何の
メリットもない。それに、提示されたプランの費用は3百万円。この額なら殆ど手付かずの退職金で十分賄えるが、初七日以降の法要をプランに追加すると
1千万円代の大台を大きく越えてしまう。
 しかし、本物の−戸籍上の−妻や子ども達に財産を残してやるつもりは毛頭ない。
これまで充実した安らぎプランを提供してくれたこの会社に、自分名義の土地や家、そしてプラン実施に伴って支払う金を除いた退職金全てをくれて
やっても良い。本物の−戸籍上の−妻が路頭に迷おうが知ったことではない。
 海原はその旨を男に話す。男は少し驚いた様子を見せる。

「我が社に貴方の財産を譲っていただけると仰るのですか?」
「初めて御社のプランに世話になって以来何十年と私は御社の提供するプランの世話になってきました。それまでの私の心の充実を考えれば、私の少ない
財産を御社に差し上げるのは惜しくありません。」
「しかし、本当のご家族への遺産配分は・・・。」
「私にとっての家族とは、プランで提供される家族です。」

 断言した海原に、男は一度頷いて言う。

「承知しました。弊社をそこまで信頼して戴いていることに感謝いたします。それでは、海原様名義のご自宅と土地の資産相当額、そしてお支払い
いただける限度額を考慮したプランをご提案します。インターネットで海原様のご自宅と土地の資産相当額を算出しますので多少お時間がかかりますが
よろしいでしょうか?それからプラン作成となりますので、相当お待ちいただくことになりますが・・・。」
「構いません。宜しくお願いします。」
「承知しました。では、暫くお待ちください。」

 男はそう言うと、海原が見守る中、真剣な表情でマウスとキーボードを操作する。
暫くしてプリンタが稼動して紙を排出する。男はその紙を取り出して手元に置き、それをチラチラ見ながら再びマウスとキーボードの操作を再開する。
自分の資産でどれだけの安らぎプランが提供されるのか、海原は期待と不安が交錯する中、男の様子を見守る。
 それからまた暫く時間が流れて、またプリンタが稼動して紙を排出する。
男は先に海原に提示したプランが書かれた紙と入れ替える形で、その紙を海原に向けてテーブルの上に置く。

「海原様のご自宅は年数がかなり経過していますので、申し訳ありませんがあまりご資産にはなりません。しかし、土地の方はかなりの優良物件でして、
それを加えますとこちらのとおり、非常に充実したプランをご提案出来ます。では、詳細をご説明します。」

 男は作成し直したプランの説明を始める。
その充実したプランに、海原は思わず身を乗り出して聞き入る。
プランの説明を受けた海原は、男の確認の問いに二つ返事で答える…。
 海原が新たな「安らぎプラン」の契約を交わして数年後の冬。
海原の自宅には海原と海原の本物−戸籍上の−の妻と子ども達、そして「妻」が居る。
「子ども達」はそれぞれに就職して独立した−という設定−が、本物の子ども達は就職もせずに−出来なかったわけではない−この家に居座り続けている。
そのくせ食べるものはしっかり食べ、遊ぶ金を頻繁にせびるのだから始末に終えない。
 勿論、その金は海原の年金から本物の妻が受け取って子ども達に渡している。
本物の妻もかなり老い、今までのようにセイウチのような巨体を横たえてTVを大音量で見ているだけで時間を過ごすことに飽きが来ていて、一方で
子ども達が食事に加えて風呂や掃除など身の回りの世話と遊ぶ金を要求することに疲れきっていた。
そのため、当初は偉そうに胸を張って海原に右手を差し出すだけだったのが、今では「申し訳ないけど・・・」と断りつつ低姿勢で求めに来るようになっていた。
しかし、「妻」と共に穏やかな老後を過ごす海原は、無言で金を手渡すか「今は手持ちがない」といって切り捨てるかのどちらかだった。
 そんなある日。
風呂から上がった海原が自室に戻ったところで、心臓に締め上げられるような激痛を感じ、その直後ばったりと倒れ伏した。
「妻」は慌てて海原に駆け寄り何度も呼びかけるが、海原は胸を押さえ、苦しみで呻き声を上げるだけでまともな応答はない。
「妻」は携帯電話を取り出して119番にダイアルし、救急車を呼ぶ。
救急車が到着するまでの間、「妻」は海原に何度も呼びかけ、その身を案じる。その様子は何処から見ても本物の夫婦、若しくはそれ以上だ。
 救急車のサイレンが近づいてきて、海原の自宅前で停止する。
相変わらず−と言うより他にすることがない−セイウチのような巨体を横たえて大音量でTVを見ていた本物の妻も、けたたましいサイレンが迫って来て
それが間近で停止したことに不安を感じる。
 玄関のドアが激しくノックされるが、本物の妻はその巨体をもてあましてなかなか起き上がることが出来ない。
本物の子ども達は、二人とも何時ものとおり遊びに出かけていて不在である。
その間に「妻」が階段を駆け下りてきて、ドアを開ける。救急隊員が担架を持って中に入って来る。
老いた海原の万が一の自体に備えて、「妻」として若い女性が派遣されている。そのため、対応も素早い。

「患者さんはどちらに?!」
「階段を上がった8畳間です!こちらです!」

 「妻」は救急隊員を先導して階段を駆け上がっていく。
「妻」に案内されて8畳間に入った救急隊員は、倒れている海原に呼びかける。

「もしもし!大丈夫ですか?!」

 しかし、海原は胸を押さえて激しく苦悶するばかりで、救急隊員の呼びかけに応答出来ない。
一刻を争う事態だと判断した救急隊員は海原を担架に乗せ、慎重且つ迅速に階段を下り、玄関を出て救急車に搬入する。同時に「妻」が乗り込む。
本物の妻はようやく起き上がって様子を見に行こうとするが、老いた身に巨体が足枷(あしかせ)になって玄関先に出ることさえも出来ない。
その間にも救急車は再びサイレンを鳴らし、一気に加速して住宅街を抜け、最寄の救急病院に連絡を入れて夜の闇の中を疾走する。
 海原は酸素マスクを着けられ、救急隊員によって心臓マッサージを受ける。
「妻」は今にも泣き出しそうな表情で海原に何度も何度も呼びかける。しかし、海原は眉間に深い皺を寄せて苦しむだけだ。
心臓マッサージを続ける救急隊員も、モニタに映し出される心電図を見るもう一人の救急隊員も、海原の身を必死に案じる「妻」が娘か歳の離れた
再婚相手としか思えない。
救急車はサイレンを鳴らしながら前方の車に道を開けるように依頼し、救急病院へと急ぐ。
 救急病院に救急車が滑り込む。
苦しむ海原を乗せた担架は、救急隊員によって救急車から搬出され、待機していた看護士や救急救命士に託され、集中治療室へと運ばれる。
集中治療室の前まで海原に付き添った「妻」は、急いで公衆電話を探してダイアルする。
電話した先は勿論「子ども達」である。
海原の自宅からそれ程遠くないところに住んでいるという設定の「息子」や「娘」は、「妻」が電話をしてから1時間ほどで病院に駆けつけた。
「息子」や「娘」はその「夫」や「妻」と「子ども達」、海原から見れば「孫達」もつれて来ている。
海原の「家族」は集中治療室傍の椅子に腰掛け、海原が無事であることを祈りつつも、とうとうこの時が来たか、と覚悟を決めていた。
 海原が集中治療室に運び込まれて2時間が経過した頃になって、一人の看護士が出て来る。
その沈痛な表情に海原の「家族」は、まさか、という不安を急速に膨らませる。
看護士は海原の「家族」に、沈痛な表情のまま海原の病状を伝える。

「患者さんは心筋梗塞です。手術をしようにも手術に耐え得るだけの体力がありません。」
「そ、そんな!」

 「妻」は看護士の「死の宣告」に悲痛な声を上げる。

「皆さん、中にお入りください。」

 看護士に先導されて「家族」は静かに、一様に沈痛な表情で集中治療室に入る。
ベッドに横たえられた海原は酸素マスクを着けられ、眉間に皺を寄せて苦しんでいる。
その傍にある心電図のモニターは、不規則で弱い振幅を映し出している。死が近いことはもはや明らかである。
「家族」はベッド上の海原を取り囲み、必死に「父さん」「おじいちゃん」などと呼びかける。「妻」は海原の皺だらけの手を握り締める。
何度目かの呼びかけで、海原がゆっくりと目を開ける。
顔や姿は以前と違えど、自分を不安げに見詰める「家族」を見て、海原は苦しみに喘ぎつつも安心したような微笑を浮かべる。

「お前達・・・。来て・・・くれたんだな・・・。」
「当たり前じゃないか!自分の親が生きるか死ぬかの瀬戸際に居るってのに暢気に寝てるわけにはいかないだろう?!」
「おじいちゃん!死んじゃやだ!」
「あなた!しっかりして!」
「ワシは・・・嬉しい・・・よ・・・。ワシの・・・最期を・・・家族に見取って・・・もらえるんだからな・・・。」

 自らの死の訪れが近いことを告げる海原に、「家族」は身を乗り出して必死になって呼びかける。

「お父さん!縁起でもないこと言わないでよ!」
「おじいちゃん!死んじゃ駄目だよ!」
「もう・・・ワシは・・・十分生きた・・・。それに・・・自分の家族に・・・最期を・・・見取ってもらえるんだ・・・。こんな幸せな死に方は・・・ない・・・。」
「あなた!!」
「父さん!!」「お父さん!!」
「お義父様!!」「お義父さん!!」
「「「「おじいちゃん!!」」」」
「ワシは・・・本当に幸せ・・・者だ・・・。ありがとう・・・皆・・・。本当・・・に・・・ありが・・・とう・・・。」

 「家族」が一斉に身を乗り出す中、ゆっくりと閉じていく海原の目から一筋の感涙が溢れ出す。
心電図のモニターに映し出される波形が平坦になり、数値表示が0となる。その瞬間、「妻」の手を微かに握っていた海原の手から力が抜ける。

「あなた!!あなた!!」

 「妻」は必死に呼びかけるが、海原は微笑んで目を閉じたままで応答がない。
家族の傍に居た医師が海原の瞼を開けてペンライトを当て、沈痛な表情で海原の瞼をそっと閉じて「家族」に告げる。

「・・・ご臨終です。」

 医師の宣告を受けて「家族」が嗚咽を漏らし始め、「妻」や「孫達」は海原の遺体に縋って号泣する。
20XX年2月5日午前1時15分。海原壮慈76歳の生涯は、「妻」をはじめとする「家族」に見取られて静かに幕を降ろした・・・。
 翌日の某葬祭センターに「海原家通夜会場」の立て看板が設けられた。
「家族」からの知らせを受けて駆けつけたかつての会社の同僚や友人知人−海原と契約していたメンタルケア・プランニングが調べたものだ−、そして親戚が
続々とセンターを訪れた。
喪服を着た「家族」が無言で出迎える中、来客は海原の遺影が飾られた白い祭壇の前に座り、静かに手を合わせる。
 通夜が粛々と執り行われている一方、会場外ではひと悶着が起きていた。
海原の本物の妻と子ども達が、自分達こそ本物の家族だ、中に入れて偽者を追い出せ、と詰め寄り、それを葬祭センターの職員やメンタルケア・
プランニングの社員が押し返しているのだ。

「ちょっと!退いて頂戴よ!あの偽者達を追い出して頂戴!私達が本当の家族なんだから!」
「そうだそうだ!邪魔すんなよな!」
「あんた達何様のつもりぃ?超ムカつくー。」

 巨体を擦り動かして詰め寄る本物の妻と口々に不満を漏らす本物の子ども達に、センター職員はあくまで冷徹に告げる。

「ご家族の方は既にいらっしゃいます。厳粛な場である通夜を妨害されては困ります。お引取りくださるかご来客として会場にお入りくださるか、
どちらかをご選択ください。」

 それでも食い下がる本物の家族に対し、メンタルケア・プランニングの社員達が契約書のコピーを提示しながらセンター職員以上に冷徹に言う。

「海原様のご家族は、海原様と弊社との契約に基づき弊社社員が担当しています。契約書には以下の記載があります。

通夜、告別式等一切の行事には弊社社員が家族として参列し、それ以外の人間は全て家族以外とする

我々は海原様の生前のご意志に基づく契約を円滑に実行するべく、『ご家族』に随伴しているのです。ご覧のとおり、ご本人の署名と印鑑も明記されて
います。よって、貴方方が家族を名乗る資格はありません。センターの職員様の仰るとおりお引き取りいただくか、お客様の一人として入場されるかの
どちらかを選択してください。」

 海原からの強烈な「逆襲」に、本物の家族は声が出ない。

「海原様と弊社との契約遂行をこれ以上妨害するようであれば警察を呼びますが、それでもよろしいですか?」
「そ、それは・・・。」
「では、先ほどご提示した選択肢のうちどちらかをご選択ください。くれぐれも申し上げておきますが、ご本人との契約遂行妨害は犯罪です故、
お間違いのないように。」

 メンタルケア・プランニング社員の痛烈な言葉のパンチを食らった本物の家族は静々と引き下がり、連れ立ってその場を後にする。
それから暫くして、本物の家族は喪服を着て再び葬祭センターに姿を現し、来客として「家族」に一礼し、遺影が飾られている祭壇に静かに手を合わせて
無言で去っていった・・・。

 翌日の葬儀、告別式も「家族」が−「妻」は通夜の時から老女に代わっている−一切を取り仕切り、本物の妻と子ども達は参列者の一人として参列した。
出棺の前には、多くの花に混じって海原が生前愛読していた書籍数冊が収められた。
火葬場での最後のお別れの際に、本物の妻と子ども達は海原が死んでから初めてその顔を見ることが出来た。
本物の妻と子ども達は、海原の死に顔を見て愕然とする。その顔はあまりにも安らかで、微笑さえ浮かんでいたからだ。
 最後のお別れが終わり、海原の遺体は荼毘(だび)に付された。
呼び出しがあるまでの間の参列者のもてなしも勿論「家族」が一切を取り仕切り、本物の家族はそのもてなしを無言で受けるしかなかった。
常に黒服姿のメンタルケア・プランニング社員が目を光らせていることもあるし、こんな場で揉め事を起こして顰蹙(ひんしゅく)を買うのは御免だ、と
いう思いもある。
 呼び出しがあり、「家族」と参列者、そして本物の妻と子ども達は最後のお別れをした部屋へ向かう。
白い骨と棺の灰を残すのみとなった海原の周りに「家族」と親戚が集まり、職員の指示の下、粛々と骨を拾っていく。
その間、本物の妻と子ども達は他の参列者に混じって外周から手を合わせるしかなかった。
本物の妻と子ども達は、今まで邪険に扱ってきた海原からの痛烈な「逆襲」に甘んじることしか出来ない。

しかし、その後の初七日法要と納骨が済んでから、彼らを路頭に迷わせる海原からの最大の「逆襲」があることを、まだ本物の妻と子ども達は知らない・・・。

 近年、「家族崩壊」という言葉をよく耳にする。
家族が家族を家族として見ない、扱わない事例が増えてきているのは事実だろう。
そんな中、契約で金さえ支払えば家族らしい触れ合いや生活が出来ると知ったら、「崩壊」した家族はどうするのだろうか?
 海原は勿論、メンタルケア・プランニングという会社もその他の登場人物も、皆架空の存在である。
しかし、海原にとって家族や安らぎとは契約で手に入れたものであり、海原は顔も姿形も度々異なる「家族」に対して確かに、ありがとう、と言い残して
安らかにこの世を去った。

海原にとって、否、我々にとって
「安らぎ」とは、「家族」とは、
一体何なのだろうか・・・?

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