クリスマス・セール

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

本作品はクリスマス特別企画作品です。

前編

 11月も下旬になると、俄かに世間が慌ただしくなる。
年末を前にした仕事の追い込み・・・それもある。差し迫った期末テスト対策・・・それもある。間近に迫った受験・・・言うまでもない。しかし、近年はそのような
既存の忙しさとは全く違った理由で、目を血走らせて奔走する者が出始める。それはもはや年末恒例となった、全国的なイベントの為である。
 イベント開始の合図は、書店の特設コーナーに共通のテーマで特集を設けた雑誌が平積みになり、それを買い求める男女が列を成す風景である。
購入層は学生から社会人まで、年齢は10代前半から30代後半まで、大半は未婚だが既婚者も居て、男女の比率はほぼ同じだ。
書店もこの時期は書き入れ時と位置づけており、特設コーナー設置の為に店のレイアウトを変更することも珍しくない。何時出るか分からないベストセラーや
ロングセラーを待つより、確実に増収が可能な時期が出来たことは、書店や出版社にしてみれば朗報と言える。

 雑誌を購入した人達は迷わず特集記事を読み始める。もっとも雑誌そのものが特集の塊のようなものであるが。
『特集!××年のクリスマスはこう過ごそう!』『聖夜の夜の過ごし方、完全攻略!』『意中の相手のハートを掴め!クリスマス総力特集』・・・煽り文句は
違えど、書店や出版社の売り上げを大幅に伸ばす雑誌は、約一月後に迫ったクリスマス・イブの「過ごし方」を取り上げたものだ。内容はというと・・・これまた
記事の順番や男性向け、女性向けかどうかの視点が違う程度で、どれも同じである。
 『クリスマス・イブを大切な人と・・・』を謳い文句に、当日の服装、デートコース、ディナーのメニュー、ホテルの「傾向」と「タブー」を紹介している。
勿論、「傾向」というのは自然発生的なものではなく、アパレルメーカーの事情やグルメ記事の傾向などを集約して、出版社やライターが事前に申し合わせて
設定したものであるが、雑誌が「今年の傾向」と打ち出せば、それも複数が一斉に提唱すれば、確実にそれが「傾向」になる。今年に関しては、服装は男性が
黒のスーツにトレンチコート、女性が赤のワンピースに白のハーフコート−サンタを模しているらしい−、ディナーのメニューはイタリア料理、ホテルは
夜景が楽しめる所−これは場所が違う程度だ−というのが「傾向」である。

 男性向け雑誌では『予算別デートコースはこれでバッチリ!キミはどれ?』として、「予算」に応じて複数のバリエーションが用意されたデートコースの
中から最も自分に合うと思うものを選択して、さらに詳細を詰めるというものである。クリスマス・イブでは男性が100%支払うのが大原則であり、意中の
相手に接近する為には多少無理をしてでも当初の見込みより豪華なコースを選ぶのが一般的で、金額にすれば10万の単位はもはや当たり前となっている。
そのため、消費者金融も男性客でよく賑わい、新規債務者の何割かがこの時期に集中する。
 女性向け雑誌の中で最も比重が高い記事は、プレゼントに関するものである。
『欲しいもの別アラカルト。聖夜の思い出はこれで決まり!』として、ブランドものの服やバッグ、靴などの服飾品、そして指輪やネックレスなどの
アクセサリーの「傾向」を挙げて、相手の経済力別に獲得可能な内容をカタログ的に紹介している。女性は当日財布を持つ必要が無いし、このイベントに
「参加」すれば何かを獲得できるのは間違いないから−希望に添うか添わないかは実のところあまり関係ない−、文字通り当日までに希望を膨らませて
おけば良いのである。

 このイベント開始の合図より前から特定の相手が居る場合は、男性が最高のデートコースを設定する為に奔走し始め、女性はただ当日を指折り数えて
待つだけであるが、特定の相手が居ない場合は事情が異なる。このイベントは特定の相手が居ることが前提であるから、居ない場合は当日までに「用意」しておかなければならない。
 もっともそう簡単に「用意」できれば苦労はしない。男性も女性も、それぞれの希望をより理想に近い形で満たせる相手を「用意」したいのは勿論だが、
なかなか思うようにことは運ばないものである。
そんな世間のニーズを満たすべく新しい産業が登場し、特定の相手が居ない相手は、雑誌を片手にその産業を扱う企業に駆け込む。その産業とは・・・
 創立2年目の「ハッピー・クリエート・コーポレーション」は、この時期になると一気に忙しくなる。入れ替わり立ち代わりで訪れる相談者、ひっきりなしに
鳴る電話、分単位で更新されるデータベース・・・。社員はこの時期泊り込みも珍しくない。しかし、この時期はこの会社は勿論、同業者にとっては最大の
稼ぎ時であるからサービス体制を弱めるわけにはいかない。
 この日も何人目かの相談者が、「ハッピー・クリエート・コーポレーション」の事務所を訪れた。相談者は30代前半の女性で、手には勿論、その手の雑誌が
握られている。

「すみません。照会をお願いしたいんですけど・・・。」
「はい。ではこちらのアンケートに必要事項を記入して、その箱に入れてお待ちください。」

 受付の女性が何度繰り返したか分からない説明と共に、アンケートを手渡す。それは自分に関する事柄の他、「希望」欄でびっしり埋め尽くされ、1つの
項目について数多くの選択肢が用意されている。女性は最寄りのテーブルで自分のことはそこそこに、「希望」欄を雑誌の特集を見ながら慎重に記入していく。
記入し終えて何度か確認してから箱に入れ、女性はソファに座って待つことにする。
 待合室には他に女性のみ数人が居る。皆一様にブランドもののコートやバッグで身を固め、首や指には宝石類が照明を受けて煌びやかに輝いている。

「貴方も照会してもらいに来たの?」

 隣に居た同年代の女性が話し掛ける。

「ええ。今年はちょっと豪華なイブの夜を過ごしたいと思って・・・。雑誌に広告が載ってたから、ここに来たのよ。」
「私は毎年ここで照会してもらってるんだけど、好条件が揃っててなかなか良い所よ、ここ。」
「そうそう。あたし、去年ここで照会されて、豪華客船のスウィートルームに数十万のブリガルの時計とファルティーの指輪をゲットしたのよ。」
「それって凄ーい。私なんてさぁ、イブ前に会社リストラされたからって普通のホテルでディナーとカチェルのバッグ。頭来たから貰うものだけ貰ってさっさと
帰っちゃった。」
「それって正解よ。持つものを持ってない男なんてお呼びじゃない、でしょ?」

 何時の間にか話に入ってきた別の女性の問いかけに、居合わせた女性は爆笑と同調で応える。
その時、受付の方から誰かの名を呼ぶ声が聞こえ、一人の女性が席を立つ。

「じゃあ、お先に。」
「頑張ってね。」
「良い相手が見付かると良いわね。」

 口では応援を言うが、心の内ではそれぞれ自己との比較と優越感、或いは「希望」が叶わないことを願っている。『あんな不細工な女より、絶対私の方が
良い相手が付くわ』とか、『あんなダサい女はその辺の余りもので十分』とか思っている。
 それはそうだろう。彼女達の「希望」はほぼ同じでそれも際限がない。「希望」は先着順で照会される為、良い相手は後になればなるほど少なくなって
いくのが普通だ。たまに「掘り出し物」があったり、或いは突然データベースに加わったりすることもあるが、そうそう期待できるものではない。
まあ、男性の切迫した現状と比べれば、相手を選ぶだけの女性はずっと気が楽なのだが。
 同じ「ハッピー・クリエート・コーポレーション」の別室では、女性達とは別の切迫した空気が支配する中、面談が行われていた。
面談を受けるのはスーツ姿の、それもブランドものを着た男性である。勿論、就職の面接ではない。

「−はい、職業は開業医で。では年収は?」
「800万です。開業からまだ2年目なので。」
「デートコースはどのようなものをお考えですか?」
「行き着けの高級イタリア料理のレストランでのディナー、ホテルはスカイパーク・ホテルのスウィートルームを用意してあります。」

 選ばれる側の男性は、自分の職業や年収、デートコースなど、女性達の「希望」の対象となるものを身分証明書や源泉徴収表などで証明しながら面談者の
質問に答え、面談者はその答えをコンピュータに入力して行く。
 全ての問答が終わると、面談者が本人に回答を確認してから「審査」のボタンをクリックする。質問の回答内容をプログラムが処理して、より女性達の
「希望」に沿うかどうかを判別する為にランク分けするのである。ディスプレイに表示された結果を面談者は男性に伝える。

「おめでとうございます。Aランクです。」
「そうですか。良かった良かった。」
「Aランクは必ずイブまでに相手が見付かりますからご安心下さい。」
「ふう。これで独りきりのイブにはならないな。それじゃ。」
「良いイブをお過ごし下さい。」

 面談を済ませた20代後半の男性が面談の部屋を出ると、待合室には自分の順番を待つ男性が犇めき合っていた。
雑誌の特集を食い入るように見詰める者、そわそわと落ち付かない者、一緒に訪れた友人らしい数名と今年の「傾向」について話している者。彼らも
「選ばれる」側になりたいと願うのは同じであるが、それすらも条件が要求される。
 面談の結果示されるランクはA,B,Cの3つがあり、Cにも該当しないとデータベースに登録すらされない。言うなれば、用意した条件次第では男性は
門前払いを受けるのである。消費者金融に駆け込んででも良い条件を整備して、面談に臨むのはそのためだ。
ぴりぴりした雰囲気の待合室を出たその男性は、通りを歩いている途中で若い男性数人の会話を耳にする。

「なあなあ、今年のデートコースの傾向、見たか?イタリア料理って俺食ったこと無いぞ。」
「去年はフランス料理だっただろ?あの時も苦労して予約を取ったのは良いけど、何が何だか分からなくてさ、『こんな事も知らないなんてサイテー』とか
言って相手が怒って、食べたらとっとと出てっちまった。」
「なかなか最後まで行けないんだよな。いざホテルってところで『どうも貴方とは合わない』とか言われて体よく逃げられるんだよなぁ。」
「雑誌じゃ『相手が望む以上のものを隠し球として用意しておこう』って書いてあったけど・・・どうすりゃ良いの?」
「俺の知り合いはリムジン送迎を用意したら最後まで行けたって言ってたぜ。その代わり費用が洒落にならなくて借金だらけになったってよ。」
「そうそう。今年は俺も50万ばかり借りたんだよ。雑誌じゃ医者や弁護士とかじゃないとAランク入りが難しいって言うから、せめてデートコースを立派にして
Bランク食い込みを狙ってさ。」
「でも、Aランクじゃないと最後まで行くのは難しいって雑誌じゃ言うじゃん?」
「そうは言ってもさぁ・・・Cランクや門前払いよりはずっとましだろ?門前払いなんてやれるかやれないか以前の問題だし。」
「男がイブに独りきりなんて単なる笑い者だぜ?やっぱ努力しなきゃ駄目でしょ。」

イブに独りの、男達は
女や世間の、笑い者

 男性はそんな替え歌を聞こえないような声で口ずさむ。
このクリスマスイベントが全国的にほぼ定着した頃にある男性歌手が歌ったもので、以来イブに一人の男性を密かに励ます歌となっている。
 今やイブに一人の男性は、「寂しい奴」「孤独を気取って僻む奴」などと女性や周囲から笑い者にされる。だからこそ、男性は躍起になって雑誌に示された
女性の「希望」に沿うように準備をするのだ。まるで、厳しい冬を乗り越える為に食料を巣に運ぶ働き蟻のように。

でもその年の、クリスマスの日
サンタの女性は、言いました

 イブに向けて世間が突っ走る。誰も表立って批判できず、本心から興味がないとも言えず、ただ「傾向」と「希望」に押し流されていく。
男性の歌は誰の耳にも入ることなく、電車の走る音と雑多な音の中にかき消されて行く・・・。
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