女性帝国

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第6章

 「女性の権利擁護委員会」の権限は益々強まり、もはや警察や司法も、行政や議会も異論を唱えられなくなっていた。
何せ異論を唱えれば即刻「男女差別だ」「旧態依然の思考だ」と糾弾され、全てを奪われて「矯正」されるべく収容所送りになるのだから。
些細なことでも、それが男性の言い分が正当なものであっても、女性が「被害を受けた」と告発すれば女性が勝つ社会。
男女同権、女性の地位向上は確かに成功したといえるだろう。彼女達の視点で言えば、の話であるが。
 しかし、その代償が徐々に顕著に姿を現し始めた。
収容所送りになった男性の数が当初の予定数を大幅に上回ったため、新たに施設を建設しなければならなくなったのだが、肝心の建設費用が捻出できなく
なってきたのだ。
男性の殆どが悉く「ヌード雑誌を見ていた」「セクハラをした」などの罪で収容所送りになり、著しく租税収入が減少したためである。
その「セクハラをした」という理由も、男性が女性に何か言ってセクハラ扱いされるのを恐れて事務的なこと以外は口をきかなかった場合も多分に含まれる。
つまりは女性が自分の思いどおりに男性が反応しない場合は「セクハラをした」と理由付けするのである。
そして収容所の運営そのものも日を追うごとに厳しくなってきた。
それは当然であろう。男性が働いて払う分の税金がごっそりなくなったのだから。資金がなければ運営も施設建設も出来る筈がない。

 財政問題は地方自治体はもとより国家予算全体にも深刻な影響を及ぼすようになり、彼女達の権利として堅持してきた「女性の健康に悪影響を
及ぼさないように働く」ことすらままならなくなってきた。
危機感を抱いた「女性の権利擁護委員会」は、傘下の議員に「男性労働強化法案」の成立を指示した。
これは男性達の労働時間を原則12時間とし、所得税も2倍以上にするという男性を益々過労死に追い込みやすくする法案である。
当然男性は口々に不満を漏らし、とうとうデモ行進で男性の労働強化反対のシュプレヒコールを上げるまでになった。
これに対して「女性の権利擁護委員会」は、「女性の健康を保護するのが男性の責任である」と対抗し、デモ行進に対しては治安維持の名目で機動隊を
出動させるという「荒療治」に打って出た。
 議会ではもはや異論が出る余地がない。
議員の大半は女性議員であるし、数少ない男性議員も異論を唱えれば懲罰の対象になるから何も言えない。
「女性の進出で議論の活性化」というお題目はまったくの出鱈目にしかならなかったのだ。
 地方議会では次々と「男性労働強化法案成立促進決議」が採択され、それを背景に公然と国会で「男性労働強化法案」が採決、ほぼ全会一致で成立した。
 これにより、数少なくなった男性は、仕事をろくにしなくても権利さえ主張していれば絶対的に自分を護れる女性達の分まで仕事を背負うことは勿論、
収容所送りで減った同僚の分の仕事、そして自分の仕事の3つを背負わされることになり、労働時間は12時間どころか早朝から深夜に及び、さらに
休日出勤も半ば当たり前になった。
そしてようやく得た賃金からも多額の所得税が天引きされ、さらに妻が居ればそっくりそのまま妻の手に渡り、浴びる言葉はこの一言だ。

なあに、この稼ぎは。あんた、それでもなの?

 これに我慢の限界を突破して男性が怒りを爆発させれば、即刻最寄の「女性の権利擁護委員会」が男性を取り押さえ、収容所送りにされる。
ある男性は心身共に疲れ果て、自らその命を絶つ道を選んだ。もう耐えられない、という走り書きの遺書を残して・・・。
またある者は、心身が限界を突破し、深刻な鬱病や胃潰瘍などストレス性疾患で次々と病院送りになり、死亡者も続々発生した。
こうして「女性の権利擁護委員会」の対策は、男性の収容所送りや自殺者、或いは過労死を増やすだけで、まったくの裏目に出てしまった。
租税収入の大半を担う男性が殆ど居なくなり、財政問題は改善どころか悪化の道を急速に転がり落ち始めた。
 しかし、女性の言い分はこうだ。

「最初から男性が女性の主張を聞き入れていれば、このような事態にはならなかった。」
「全ては女性の社会進出を拒み続けた男性社会の負の遺産。女性の責任ではない。」

よく言えたものだ。男性を女性保護片手に「魔女狩り」し、次々と収容所送りにしたくせに。
挙句の果てには男性の健康を度外視する法律で、男性を益々過労死に追い込んだくせに。
しかし、「女性の(つまりは自らの)権利保護、発言力強化」しか頭にない女性達は、ついに禁断の領域に手を伸ばすことを選んだ。
 「女性の権利擁護委員会」が発令して数日後、早速「それ」が実行に移された。
白亜の壁が眩しい研究所の一室で、数人の白衣を纏った女性達が議論している。

「遺伝子的には507番、869番、1024番、1533番、1760番が適切ですね。」
「でも、869番は容姿としては不適切だわ。1760番もちょっとねぇ・・・。」
「1760番の容姿は及第点と言ったところでしょうか。一応候補に残しておきましょう。」
「あと、学歴は・・・869番と1533番、1760番が条件を満たしてるわね。この時点でそれ以外は却下。」
「2000人ほど候補者が居るのになかなか適任者が見つかりませんねぇ。」
「駄目な男がそれだけ多いってことよ。で、職業は・・・。」

 「女性の権利擁護委員会」が下した判断とは、何と収容所の男性から遺伝子、容姿、学歴、収入が最も良い条件を満たした男性を「選別」し、その男性の
精子を多くの女性に提供するという、簡単に言えば「精子バンク」のより積極的な形だった。
それだけではない。妊娠に成功した時点で遺伝子判断を行い、妊娠したのが女性だったり遺伝子に先天性の病気など何らかの問題点が見つかれば
即刻堕胎することも承認された。
女性達はこれまで「生命の選別に繋がる」「障害者などの差別に繋がる」などと反対していたが、財政悪化という状況を受けて態度を一変させた。
 もっとも精子バンクの公認化は一部の女性達から以前から上っていた主張だった。
優秀な子どもを残すには優秀な男性の精子を女性が選別して、それで妊娠する権利があるというもので、今までは少数意見だった。
しかし、女性に「反抗」したり女性の権利を「侵害」したことで殆どの男性が収容所送りになり、働き手となる男性の絶対数が少なくなったため、
こういうことなら、乳児の段階から徹底的に女性に「優しい」男性を育成すべきだ、という意見が急浮上し、「女性の権利擁護委員会」が決定を下したのだ。

女性達は自分達の都合なら生命の選別までも良しとするのか?

 最終的に選ばれたのは1533番の男性だった。この番号はある収容所の男性につけられた番号であり、別の研究所や研究室ではそれぞれ別の収容所を
対象に実施している。効率的により多くの「条件に合った」男性を選別するためである。

「早速1533番の男性を精子採集室へ連行しなさい。」
「はい。」

 代表者の女性の命令で、警備員の女性達が部屋を出て行き、助成の権利の重要性を延々と説く権利指導室で「矯正」中の1533番の男性を発見する。
そしてノックの後部屋に乗り込み、講師に事情を説明して許可を得た後、1533番の男性の両腕を掴んで立ち上がらせて連行していく。

「今度は何か?女性の為に貢献しろとでもいうのか?」
「なかなか鋭いわね。流石は候補者。」

 短いやり取りの後、男性は「精子採集室」という部屋に入れられる。
そこにはたった一つの椅子とテーブル、そして小さめのビーカーとこれまでに「女性の権利擁護委員会」が押収したヌード雑誌が置かれている。
男性はその椅子に座らされて拘束具で身体を固定され、手錠を外される。
さらに警備員は男性のズボンと下着を下ろし、性器を露出させる。
この辺りの動作には一片の躊躇もない。彼女達に羞恥心などないのだろうか?

「一体何をしろって言うんだ?!」
「貴方達男性が大好きな女性のヌード雑誌が公認で見れるのよ。感謝なさい。」
「貴方にはこの雑誌を見て自慰行為をして、精子をこのビーカーに受け取るのです。雑誌はどのページを見ようと自由です。
しかし、精子採集までの行動は全て監視カメラで監視しています。故意にビーカーを落としたり手を抜いて精子採集を妨害するようなことをすれば、
貴方には女性の権利を妨害したということで厳罰が下されます。」
「・・・赤ん坊の段階からお前達に都合の良い男性を作ろうってか。」
「まあ、そう考えてもらえば良いわ。貴方達男性を「矯正」するには最低でも半月、大抵は1年以上かかる。それに心底矯正できるとは思えない。
それならより多くの女性に最適の精子を提供して妊娠、出産させて教育を施した方が効率的なのよ。」
「・・・お前達、肝心なことを忘れてやしないか?」
「御託は後で聞きます。早速始めなさい。」

 警備員の女性がさっさと出て行った後、男性は止む無くその行為を始める。
監視カメラを通して白衣の女性達は、その様子を何食わぬ顔で眺めている。
彼女達の頭の中にあるのは、優秀な遺伝子や学歴、容姿や収入といった条件を満たした「優秀な」精子を入手することだけである。
性交は男性が一方的に快楽を満たすものであるとして否定されているため、男性の行為で「優秀な」精子を入手するには最も適切な方法なのだ。
 数分後、男性はビーカーに精子を放出した。
白衣の女性達は警備員に命じて精子の入ったビーカーを取りに向かわせる。
警備員は肩で息をしている男性の手からビーカーを取ると、下着とズボンを一気に引き上げ、手錠をして立たせ、拘束具を外して下着とズボンを
最後まで上げる。一連の動きは機械を思わせるほど迅速で無駄がない。
男性はビーカーを持って立ち去ろうとした警備員の一人に言う。

「優秀な精子だけで優秀な子どもが手に入ると思うなよ。」
「男性に女性の行動を批判する権限はありません。」
「結局お前達女は、昔の男に取って代わりたかっただけか。フフフハハハハハ!何が男女同権だ!女性の地位向上だ!笑わせるぜ、まったく!」
「黙りなさい!口が過ぎますよ!」
「何が『口が過ぎますよ』だ!お前達女は、昔の家父長制のもとで言いたいことも言えず、ただ後継ぎを生んで夫と子どもに尽くすだけの存在だった
女の立場を男と入れ替えたかっただけじゃないか!『元来、女性は太陽であった』時代を求めてな!どうせ精子バンクで妊娠しても、子どもに何か
問題が見つかれば即堕胎させるつもりだろう?お前達は何時の間に生命を選別する権利まで手に入れたんだ?ああ、そうか、お前達女は男社会の
時からそうだったな。『産む産まないは女性の権利』とか言ってたな!お前達女には、生命を左右する権利があるってか!フハハハハハ!
大したもんだぜ!」
「まだ矯正が大幅に不足してるようですね!さらに厳しい矯正プログラムを編成しますから覚悟なさい!」
「ハッ!出来るもんならやってみろ!肝心なことを忘れてるお前達の脳みそで出来るもんならな!」

 男は高笑いを残して警備員に連行されていった。
肝心なこと・・・この様子を監視カメラで見ていた白衣の女性達にも何のことか分からない。
しかし、男性の言ったことは「優秀な」子どもを育成する時点で判明することになる。
 「女性の権利擁護委員会」指令に基づいて「育成された」子ども達が3歳に達した。勿論、遺伝子段階での「選別」は行っている。
つまりは女性帝国の今後を担う重要な人材である。
特に男子は、女性の思うとおりに働き、女性に代わって家事育児を行い、女性を大切にする男性の予備軍としてその将来を期待されている。
今回の育児は、男性に任せると男性優位の「復古的思考」を教え込みかねないとして、専任の女性が担うことになっている。
 しかし、その育児の段階で問題が浮上してきた。幼児達に発育の差が生じ始めてきたのである。
勿論、育児は全員同じ育児プログラムの下で行っているし、幼児の行動に対してもマニュアルどおりに何もかも全て同じ対応をしてきたのに、である。
このことはすぐさま国会で問題になった。

「一体どういうこと?!このままじゃ子どもに差異が生じるわ!」
「報告では育児プログラムの半分に達しない子どももいうことよ!」
「精子のは厳重な選別基準をクリアしたものしか使ってないし、受精卵の段階でも遺伝子的異常が見つかれば即堕胎したというのに・・・。」
「育児プログラムは本当に全員平等に施されているの?!」

 端から議論になりはしない。問題に対してあれこれ不満や不安を口にするだけだ。
女性が大多数を占めるようになった国会は、女性達の理想である筈の「論議する場」ではなく、井戸端会議の延長でしかなくなっていた。
数少ない男性議員は発言こそしないものの、問題の理由は分かっている。

「全員同じ育児」で差が出来るのは当たり前だ。
何せ、子どもが持つ母親の遺伝子はそれぞれ違うのだから。
それに全ての子どもが同じ男性の遺伝子を受け継いでいる筈がないなら尚更、発育に差が出来て当たり前だ。

 そう、収容所で男性が言った「肝心なこと」とはこのことだったのだ。
如何に厳正な基準を設けて女性の欲求を満たす精子を「選別」したところで、その精子を全ての受精に使うわけではない。
収容所毎に違う男性が選別されていれば、違う精子が使われているのは少し考えれば直ぐ分かることだ。
 それにその精子を受ける母親の遺伝子については全く考慮されていない。
優秀な精子と受精させて、受精卵に遺伝的欠陥がなければ問題ないと考えるのは根本的に間違っている。
母親の容姿など遺伝的特徴はそのまま子どもに受け継がれるから、容姿や発育に差が出て当たり前なのだ。
全ては「女性には何も問題はない」という思い上がりが招いた結果であり、自業自得の一言だ。
 だが、国会議員の大多数を占める女性議員は、自分達女性側の問題には全く気付かず、ただ幼児の発育段階の差をどう埋めるか、その対策を
講ずることだけに終始する。

「やはり、個々の発育に応じた育児プログラムを作成するべきでは。」
「そんなことをしたら、女性の負担が増えるだけでしょう!」
「発育段階が基準に達しない子は、どんどんふるい落としていくべきではないでしょうか?」
「全ての子どもは優秀な精子を受け継いだ将来性豊かな子どもです。本来ふるい落とす必要はないはずなのです。」
「でも、現実に発育に差が生じているじゃないですか!」
「差が生じたのは育児プログラムに問題があったからじゃないですか?」
「何を言うんです!育児プログラムは優秀な女性官僚が作成したものです!問題があるのは別の要因です!」
「じゃあ、優秀な女性が作って優秀な女性スタッフが居ながら現れた発育の差はどう説明するんだ?」

 ある男性議員が決定的な問いを投げかける。
それまで喧喧囂囂としていた議場は水を打ったように静まり返る。
 彼女達もそれほど馬鹿ではない。発育の差が生じた原因は大凡掴めている。
しかし、それを認めることは即ち、女性主導の下、国家レベルで行われてきたこのプロジェクトに重大な欠陥があることを認めなければならない。
女性は男性より優秀である、女性こそ主導権を持つべきだと信じて疑わない彼女達に、誤りを認めることが出来る筈がない。

それは結局、彼女達が毛嫌いした男性社会と同じではないか?
男性社会では駄目だ、女性こそ社会を変えると言った筈が、男性社会のときと何ら変わらないではないか?

何のことはない、結局女性は男性にとって代わっただけなのだ。
女性が全てにおいて男性より優秀であるという「女尊男卑」の思想の下で進められた結果が、この醜態だ。
ある収容所の男性が言ったように、「女性が太陽である」ことだけを考えた結果が、この国家的破滅を招いたのだ。

「さあ、質問に答えていただけませんか?女性議員の皆さん。でなければ国民は納得しませんよ。」

 男性議員は口元に嘲笑を浮かべて追い討ちをかける。

「男性社会のときにあった国の借金は減るどころかここ数年で倍増。男性の過労死、自殺は激増。これは全て女性が招いた結果じゃないのかな?
まあ、あくまでも男性のせいにするならそれでも良いだろうね。でも、優秀な育児プログラムに関しては、男性は選別されて精子を取られただけ。
受精卵を選別して、遺伝子的に問題のない子どもだけを生み出して、その子どもを育てたのは他ならぬ女性だ。それだけは忘れないでいただきたい。」
「「「・・・。」」」
「それにあんた達女性はかつて言ってなかったか?『個性に合った教育を』だの『一人一人を大切にする社会を』とか。育児プログラムといい、
男性の過労死、自殺激増といい、結局あんた達女性は、女性の利益になることしか考えてなかったんじゃないのか?」

 男性議員の問いに答えられる女性議員は誰一人居なかった。
重い沈黙の中、女性議員たちは自分達が突き進んできたこれまでの経路を振り返る。
セクハラや痴漢は女性の言い分のみで犯罪として成立するようになった。
本当は被害者の言い分は勿論、容疑者の状況や位置関係を確認した上で判断する筈ではなかったか?
ヌードグラビアは問答無用で押収、所持者は収容所送りになった。
本当は公共の場で発育途上の子ども達の目に触れないよう、大人と子どもの区別を厳密にすれば良かったのではないか?
 女性にもっと活躍の場を与えろ、という主張は何時の間にか、女性が男性にとって代われば社会は変わるという主張に摩り替わっていた。
個性にあった教育、という主張は何時の間にか、遺伝子段階で選別した優秀な幼児に同一の基準を押し付けるだけになっていた。
一人一人を大切にする社会を、という主張は何時の間にか、男性だけが過労死や自殺を増やすだけの労働強化になっていた。

結局女性達は、何所をどうしたかったのだろうか?
女性が主役になって行動できればそれで良かったのだろうか?

そして社会はこれからどうなっていくのだろうか?
その問いに答えられる者は、誰も居ない。
少なくとも女性達が夢見たユートピアでないことは確かだろう・・・。
「女性帝国」 完
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