Saint Guardians

Scene 6 Act 1-4 対決-Show down- 思いがけぬ強敵の出現

written by Moonstone

 翌朝の8ジム、アレン達一行は身支度を整えた後ラウンジに集合した。
シルバーローズ・オーディションの予選を第1位で突破した当のリーナは一見普段と変わらないが、何処となく表情が明るく見える。
フィリアとの「前哨戦」では自分が勝つのは目に見えている、と言ったリーナだが、実際のところ予選を突破出来るとは思っていなかった。予選突破が事実上の
至上命令だったことは重々承知していたが、それよりも前にフィリアには絶対負けられない、という意識があった。とどのつまり、フィリアより順位が上であれば
それで良かったのだ。
そのリーナの専属スタイリストであるところのイアソンが見るからに上機嫌であるのに対し、フィリアは一人重い雰囲気を漂わせて俯いている。

「どうした?フィリア。」
「・・・何でもありません。」

 ドルフィンの問いにフィリアは一応答えるものの、口調は明らかに沈んでいる。普段の元気溢れる様子からは想像もつかない落ち込みぶりだ。
リーナに何か言われたのか、と尋ねようかと思ったドルフィンだが、ここは黙っておくべきだろう、と思ってこれ以上何も言わないことにした。

「皆揃ったことですし、そろそろ役所へ向かいましょう。」
「そうだな。案内はイアソン、お前に任せる。」
「分かりました。」

 一行はこの町の地理に最も詳しいイアソンを先頭にして、宿を出て役所へ向かう。
イアソンの直ぐ後ろにはドルフィンが続き−身長が高いので目印になるからだ−、その左隣にシーナ、そしてリーナ、フィリア、アレンの順で続く。
シルバーカーニバル真っ最中ということもあって、大通りには人々が溢れ、太古や笛が織り成す明るい音楽が彼方此方から聞こえてくる。そんな明るい
雰囲気の中、自分の前をとぼとぼといかにも落ち込んだ様子で歩くフィリアに、アレンは多少躊躇したものの思い切って声をかける。

「フィリア・・・。元気出せよ。」
「うん・・・。」
「上位3位には入れなかったけど、この町の人間じゃないのに43人中5位だったんだから立派な成績だよ。だから・・・元気出して。」
「・・・ありがとう、アレン。」

 アレンの方に振り向いたフィリアの顔には、幾ばくか明るさが戻っている。フィリアにとっては、恋慕の対象であるアレンからの慰めや励ましは何よりの
心の良薬になる。

「アレン・・・。」
「何?」
「アレンがスタイリストやってくれたから、あんな美人揃いの中でも上位に入れたんだと思う。昨日は言う機会がなかったけど・・・、ありがとう。感謝してる。」
「前のイアソンの台詞じゃないけど、素が良いから上位に入れたんだよ。俺は踏み台になっただけのことさ。」
「アレンって・・・本当に優しいね。少しだけど・・・元気出て来た。」

 フィリアの口元に笑みが浮かぶ。だが、アレンにはその表情が酷く儚げに見える。元々プライドの高いフィリアにとって、出会った頃からの「宿敵」である
ところのリーナに負けたことはやはり相当ショックなのだろう。
アレンはフィリアの右隣に駆け寄り、その右肩にポンと手を置いて笑みを浮かべてみせる。アレンの心遣いを感じたフィリアの表情が何時もの快活さが
戻って来た。どうにか気を取り直し始めたようだ、と思ったアレンは胸を撫で下ろす。

「何ぼんやりしてるの?置いてくわよ。」

 リーナの声が飛んでくる。アレンが見ると、立ち止まっているリーナからの距離が1メール程出来ている。ここではぐれたら迷惑をかける、と思ったアレンは、
フィリアの手を取って駆け寄る。

「悪い悪い。ちょっと二人で思い出話してたもんだから。」
「アレンも大変よね。負け犬を元気付けなきゃならないだから。同情だけはしてあげるわ。」

 リーナの言葉を受けたフィリアの表情が、晴れ間が見えてきたものから一転して無表情になり、別の理由で唇の端が吊り上がりひくひくと痙攣する。
その隙間から覗く歯がギリギリと軋む音を立てている。
 実は予選が終わってからフィリアがリーナからの罵りを受けるのは、これが初めてだ。酒場での祝勝会が終わった後、フィリアはリーナより先にベッドに
潜り込み、今朝も起床してからリーナとはおはよう、の一言すら交わしていない。
そんなこともあって、ある意味油断していたところにリーナからの罵り。フィリアの頭を沸騰させるには十分過ぎる火元だ。

「お、おい、リーナ。」
「さ、とっとと行くわよ。アレン。それと・・・負け犬。」

 フィリアの頭の中で何かが音を立てて切れた。
ぷいっと前を向いて歩き始めたリーナに、怒りを露にしたフィリアが飛び掛ろうとしたところで、アレンが何とか羽交い絞めして制止する。

「落ち着け、フィリア!!落ち着けってば!!」
「このチビ!!殺す!!絶対殺す!!」

 アレンはもの凄い力で振り解こうとするフィリアを抑えるのが精一杯だ。
アレンの制止の声とフィリアの怒声を聞いたドルフィンとシーナ、そして先頭を歩くイアソンが何事か、と思って振り向き、アレンとフィリアの様子を見て
急いで二人の元に駆け寄り、アレンの援助とフィリアの制止に加わる。
ただ一人リーナはその場で立ち止まって、フィリアを冷たく蔑んだ視線で見詰めるだけだ。その視線がフィリアの感情を余計に高ぶらせる。

「落ち着けよ!!フィリア!!こんなところで喧嘩するつもりか?!」
「殺す!!絶対殺す!!何が何でも殺してやる!!」
「止めんか、フィリア!」
「フィリア!落ち着けよ!」
「フィリアちゃん、冷静になって!」

 フィリアを羽交い絞めにしたアレンは勿論、ドルフィン、イアソン、シーナが懸命に宥める一方、リーナは一人冷たい視線でフィリアを見ている。
涙目で顔を真っ赤にして大暴れするフィリアを宥めるのに、約10ミムを要した。その間、通りを歩いていた人々は、奇妙なものを見る目でその様子を一瞥して
通り過ぎていった…。
 とんだハプニングに見舞われた一行は、どうにか役所に辿り着いた。
フィリアはまだ肩で息をしている。何かのきっかけがあれば直ぐにリーナに飛び掛るのは火を見るより明らかだ。そのため、アレンがフィリアの右腕を、
ドルフィンがフィリアの左腕をそれぞれ掴み、シーナはドルフィンの横で不安げな表情を浮かべている。
 リーナはというと、いたって涼しい顔でスタイリストのイアソンを伴い、昨夜予選の結果発表が終わった後で司会者から教えられた指定の窓口へ赴く。
カウンター越しに中年の男性が穏やかな表情で出迎える。

「おはようございます。何か御用でしょうか?」
「シルバーローズ・オーディション本選出場の説明を受けに来ました。・・・リーナ、賞状を。」

 イアソンに言われて、リーナは持ってきた賞状を広げて見せる。

「本選出場者の方ですか。1位のリーナ・アルフォンさん、ですね?」
「はい。」
「確認させていただきました。仕舞ってもらって結構です。」

 リーナは賞状を丸めて左手に持つ。

「まず、予選通過証明書をお渡しします。」

 男性は一通の封書を差し出す。その口は閉じられていない。

「こちらは本選出場者宿泊指定施設への入場や施設内での諸手続きなどに必要になります。再発行はここで賞状をお見せいただかないと出来ませんし、
宿泊施設入場後は本選終了まで一切出入りが出来ませんので、くれぐれも紛失しないように注意してください。」
「はい。」

 リーナは封書を受け取ってやはり左手に持つ。

「では、本選出場にあたっての説明をします。」

 男性は手元の書類を見ながら言う。

「本選は2週間後の日曜日に、首都フィルで行われます。それまでに宿泊施設に入場してください。この説明の後で出場者の方と護衛の方各一名分、
合計二名分の旅費と遊興費、並びに護衛の方への謝礼金をお渡しします。」
「護衛とは何ですか?」
「道中並びに宿泊施設での不測の事態に備えて、本選出場者には護衛を一名以上付けることが義務付けられています。旅費と遊興費、並びに謝礼金は
一名分しか支給されません。道中での宿泊の際に先程お渡しした予選通過証明書を窓口で提示することで、二名分の宿泊費その他諸費用が全て無料に
なります。」

 イアソンの問いに男性が答える。
確かに道中は危険が多い。そんな中を本選出場者の女性一人で行かせるのは、むざむざ飢えた魔物や賊に餌を与えるようなものだ。

「一名以上、ということは、何名付けても良いんですか?」
「いえ、最高三名までです。これは指定宿泊施設の部屋が最高四名までとなっているためです。尚、護衛は必ず女性にしていただきます。」
「女性?男性では駄目なんですか?」
「ご存知かと思いますが、本オーディションは女優やモデル、貴族子息との結婚への登竜門です。そんな貴重な女性が宿泊施設で見ず知らずの男性と
恋愛関係になることは非常に問題ですので、護衛は女性でなければならないと規定されています。尚、護衛の方は宿泊施設での手続きの際に女性か
どうかを確認されます。女装させた男性を入場させた場合には本選出場権を剥奪され、賞金やこの後お渡しする諸経費全てを没収されます。」
「はあ、そうですか・・・。」

 男性の回答にイアソンは生返事をする。そんなチェックまでなされる以上は、自分が女装してリーナの護衛になって二人きり、ということは出来そうにない。
更に自分の女装が発覚した場合、リーナの本選出場権はおろか、パーティーの財政状況を一気に改善した賞金も、この後支給されるという諸経費も没収
されるというから、自分が女装して潜り込むという道は完全に絶たれたと言って良い。護衛と聞いて、リーナと二人きりになれる、と密かに胸躍らせていた
イアソンはがっくり肩を落とす。

「女性の職業は何でも良いの?」
「はい。でも、剣士か武術家を護衛にするのが通例になっています。魔術師は使用出来る魔法の性質上、宿泊施設を破壊する恐れがありますので。」

 リーナの問いに男性が答える。
順調にことが運んで来たと思ったら、ここへ来て大きな問題にぶち当たってしまった。

「女性で、しかも剣士か武術家が普通、って突然言われてもねえ・・・。」
「そちらにいらっしゃるじゃないですか。赤い髪の。お連れの方でしょう?」
「え?」

 リーナが無意識に漏らしたぼやきに回答した男性の指差した方向には、アレンが居た。アレンを除いた一行がじっとアレンを見詰める。
一瞬何のことだか分からなかったアレンだが、男性の指差す方向とパーティーの視線が自分に注がれていることで、ようやく事態を飲み込む。
男性は、アレンが女性だと勘違いしているのだ。
 故郷テルサの町での「前歴」を知っているフィリアは、思わず吹き出してしまう。アレン以外の面々も懸命に笑いを堪えている。忘れていたところに、
よりによって役所という公共施設で自分が女性だと指摘されたアレンは、怒りで身体を震わせる。

「俺はお・・・」
「ああ、そ、そうですね。確かにうちのパーティーに女性剣士が居ます。説明を受けるのに夢中でついうっかり忘れてました。あはははは。」

 男だ、と言いかけたアレンの口を咄嗟にフィリアが塞ぎ、笑って誤魔化す。男性は一度首を傾げたものの、見た目と口調から男性と勘違いされることが
あるのだろう、と思って説明を再開する。

「説明の続きですが・・・、先程お渡しした予選通過証明書は護衛の方がお持ちください。諸手続きも護衛の方に行っていただきます。これを守らないと
手続きに時間がかかったりすることがありますので、注意してください。・・・何かご質問は?」
「遊興費とありましたが、それは何に使うのですか?」
「宿泊施設内には多数の店舗や娯楽施設があります。そこで使ってください。その他ご質問は?」
「いえ、ありません。」
「では、何名で行くのか決めてください。直ちにファオマで首都フィルに連絡してその人数分の部屋を確保しますので。」
「少々待っていただけますか?」
「はい、どうぞ。」

 男性の承諾を得たところで、一行はロビーの片隅で円陣を組む。早速アレンが怒りを剥き出しにする。

「あいつ、俺がお・・・」
「しっ!男だと気付かれたら大変なことになるでしょ?!」

 リーナが唇に人差し指を当てて小声でアレンの言葉を遮るが、その顔は明らかに笑っている。

「それより本題だが・・・、リーナの護衛はアレンでOKだな?」
「・・・。」
「あたしは異議なし。」
「リーナちゃんがOKなら問題ないわね。」
「あたしは反対!」
「俺も反対です!」

 ドルフィンの確認にアレンは沈黙し、リーナとシーナは同意したが、フィリアとイアソンが異議を唱える。勿論小声でだ。

「アレンとリーナを二人きりにさせるなんて許せません!リーナが何をするか分かったもんじゃありません!」
「負け犬にそんなこと言われるとは心外ね。」
「何ですって?!」
「二人共止めんか。」
「俺も反対です。アレンとリーナを二人きりにしたら、アレンが何時妙な気を起こしてリーナを襲うか分かりません。」
「人を獣みたいに言うな!」
「喧嘩は止めろ。兎に角、護衛を誰にするかを決めよう。アレンは決定として・・・、他の護衛の旅費なんかは自前だから、あまり増やすわけにはいかん。」
「私はドルフィンに付き添って中央教会に行ったりするから、悪いけど辞退させてもらうわ。」
「そうですね。シーナさんはドルフィンと文字どおり一心同体だからパス。それじゃ残るは・・・フィリアとイアソンか。」
「あたしが行きます。リーナの監視役としてもアレンのパートナーとしても適任だと思います。」
「負け犬と宿泊施設で一つ部屋なんて、それこそ何時噛みつかれるか分かったもんじゃないわね。」
「あんたねぇ!人をことある毎に負け犬負け犬って・・・!」
「でも、負け犬といえどあたしと同じく女だから、イアソンを連れ込むよりかはまだ安心ね。」
「そ、そんなに信用ないの?俺。」
「レディの下着選びを覗き見しようとした変態を信用出来る筈ないでしょ?」
「トホホ・・・。」
「それじゃ、護衛はアレンとフィリアの二人で良いか?」
「・・・。」
「はいはいはい!」
「まあ、良いんじゃない?」
「・・・仕方ないですね。」
「良いんじゃないかしら。」

 アレン以外の全員が賛成したことで、ドルフィンは頷く。

「よし。それじゃ本選出場者のリーナは、アレンとフィリアと一緒に窓口へ行って来い。」
「うん、分かった。アレン、フィリア。行くわよ。」
「・・・はいはい。」
「・・・ったく、偉そうに・・・。」

 アレンは暗い表情で、フィリアは不機嫌な表情で、いたって涼しい表情のリーナと共に窓口へ向かう。

「あたしの護衛はこの二人に決まったわ。」
「三名ですね?ではファオマを首都フィルに飛ばして部屋を確保させます。こちらは二名分の旅費、遊興費、そして護衛の方への謝礼金になります。」

 男性が3つの皮袋をカウンターに並べる。どれもかなり大きく、表面には金貨の輪郭が彼方此方に浮かんでいる。アレンが2つ、フィリアが1つを手にした
ところで−リーナは手を出そうともしなかった−、男性が言う。

「本選でのご健闘をお祈りします。」
「どうも。それじゃ行くわよ、二人共。」

 すっかりお嬢様気分の−元々お嬢様だが−リーナの背後で、フィリアは歯をギリギリ軋ませている。怒り爆発寸前という表現が相応しい。何かの度に
負け犬と罵られる上に召使い同様の扱いをされては、プライドの高いフィリアが怒りを募らせるのも至極当然だ。
暗い表情だったアレンの頭の中に、一つの疑問が浮かぶ。だが、此処でそれを口にすると疑惑を持たれ、最悪の事態も想定されるので一先ず黙っておく
ことにした。
 アレン、フィリア、リーナの3人は、待っていたドルフィン、イアソン、シーナの3人と合流して役所を出る。役所を出て少し歩いたところで、アレンが
仕舞っておいた疑問を口にする。

「あのさ・・・。俺がリーナの護衛になるのはさておき、宿泊施設で女かどうかチェックされるんだろ?それはどうするわけ?」
「ああ、その点なら大丈夫。」
「シーナさん・・・。幾ら俺が女に勘違いされる容姿だからって、このままじゃチェックは通過出来ませんよ?」

 妙に楽しそうなシーナにアレンが重要な問題をぶつけるが、シーナはにこりと微笑む。

「だから大丈夫。アレン君には本当に女の子になってもらうから。」
「・・・え?」
「実はね、クルーシァに居た時に薬と魔法を融合させた性転換の薬を開発したのよ。」
「「「「ええ?!」」」」

 アレンは勿論、フィリア、リーナ、イアソンも驚きの声を上げる。

「性同一性障害の治療のために開発したんだけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったわ。」
「シーナ。あれは確か・・・。」
「ええ。一日しか効力がないのが欠点なんだけど、作り置き出来るから大丈夫よ。リーナちゃん。薬作り手伝ってね。」
「はい。アレンが女になるとどうなるのか見てみたいですから。」
「・・・楽しむなよ。」

 アレンのぼやきがパーティーの耳に届くことはなかった・・・。
 一行は宿に戻ると、シーナがドルフィンの包帯を取り替えて薬を飲ませた後−口移しだった−、荷物を纏めて早速パンの町を出た。ドルフィンにかけられた
呪詛を解除出来る可能性があるのは首都にある中央教会だけだということもあるし、首都フィルまでの行程を−地図は宿で購入した−考慮すると少しでも
早く出発した方が妥当だ、という意見で全員が一致したためだ。
 ドルゴで休みなく飛ばした一行は、夕暮れ時に最寄の町であるラフォルに到着した。こちらもシルバーカーニバルの真っ最中ということで、夕暮れ時だと
いうのに待ちはお祭りムード一色に染まっている。プラカード・インフォメーションで最も料金が安い宿の名前と略地図を把握した一行は、こういうことが
得意なイアソンを先頭にして宿へ向かう。
 宿の窓口でアレンが予選通過証明書を広げて見せると−パンの町を出る前にリーナから手渡されていた−、窓口の中年の女性は感心した様子を示し、
従業員を呼んで一行を部屋に案内させる。部屋の割り振りは、宿泊費その他が全て無料のリーナとその「正式」な護衛のアレンのために1つ、その他の
メンバーのために4人部屋1つとなった。勿論、実際に就寝する時はアレンとフィリアが入れ替わる。フィリアとイアソンが声を揃えて要求したためだ。
 従業員から部屋の鍵を受け取って食堂と水場の利用時間や場所などの説明を受けた一行は、4人部屋に集合する。シーナはリーナを助手にして、早速
テーブルの上に器具を並べて性転換の薬とやらを作り始めた。他のメンバーはベッドに腰掛けて見物だ。その様子を眺めながら、イアソンはドルフィンに
尋ねる。

「ドルフィン殿はシーナさんの薬を使ったことがあるんですか?」
「一度、な。シーナと一緒に飲んだ。実験台ということで。」
「結果は?」
「想像してみろ。」

 ドルフィンは渋い表情で言う。思い出したくない様子だ。
アレン、フィリア、イアソンの3人は、ドルフィンとシーナが性転換した場合を想像する。シーナは線の細い美形になりそうだが、ドルフィンはお世辞にも
美人とは言えない女性になりそうだ。その認識は共通らしく、3人は揃って渋い表情で首を傾げる。
 1ジムほどで、直径1セームくらいの白い物体が皿の上で小高い山を作る。そこにシーナが両手を翳し、発音も難しい意味不明の呪文を唱える。
すると、物体の色が徐々に茶褐色を帯びていき、シーナが呪文の詠唱を終えた後には完全に茶色になった。

「ふう。完成ね。リーナちゃん、お疲れ様。」
「薬と魔法を融合させるんですか・・・。前に見た国際薬剤師会の会報に、その概念みたいなことが論文として掲載されてましたけど。」
「薬だけじゃ不可能なことを魔法の力を借りることで実現出来ること自体は、前々から理論的には解明されていたの。でも、設計5)が難しいからなかなか
手を出す人が居ないのよ。それに魔術を使える薬剤師の絶対数が少ないから、研究もなかなか進んでないの。だから理論解説に留まっているのが現状ね。」
「あたしも魔術を使えるようにした方が良いですね・・・。」
「リーナちゃんは薬剤師の卵なんだから、知識に貪欲になると良い栄養が行き渡って立派な雛がかえるわよ。時間が出来たら覚えると良いわね。」
「頑張ります。」
「さて・・・、早速だけどアレン君。飲んでみて頂戴。」
「・・・飲むんですかぁ?」
「アレン。」

 見るからに嫌そうな顔のアレンの肩に、ドルフィンがポンと手を置く。

「諦めろ。」
「ひ、他人事だと思って・・・。」
「これも名実共にリーナの護衛になるためだ。」

 そういうドルフィンの顔には明らかに期待の色が浮かんでいるため、アレンは力なく溜息を吐くしかない。ドルフィンだけではない。アレン以外の全員が
期待に胸を膨らませているのが、顔を見れば容易に分かる。それを見たアレンは一度深い溜息を吐くと重々しくベッドから立ち上がり、テーブルに歩み寄る。
 シーナはコップに汲んだ水と共に完成した薬を1錠アレンに手渡す。アレンは覚悟を決めて薬を喉に流し込む。するとアレンの身長が少し小さくなる。
ほぼフィリアの身長と変わらない。だが、それ以外に明確な変化がないことに、シーナは首を傾げる。

「あら?おかしいわね・・・。生成方法は間違ってない筈だけど・・・。」
「シーナさんでも失敗することってあるんですか?」

 アレンの声はこれまでよりやや高くなっている。よく見ると、顔つきが僅かに変わってより少女的になっている。
アレンはズボンがずり落ちそうになったのに気付いて、慌ててベルトを締め直す。ウエストが細くなったようだ。
それらを見たシーナは、アレンの胸に注目する。当初は全体像に気を取られて気付かなかったが、そこにははち切れそうな盛り上がりが生じている。
アレンが顔を顰め始める。呼吸がかなり速い。息苦しい様子だ。

「シーナさん・・・。胸が苦しいんですけど・・・。」
「ちょっと待って。」

 シーナはそう言うや否や、アレンの胸を両手で鷲掴みにする。

「ひゃっ?!」
「・・・リーナちゃん。貴方の部屋の鍵を貸して頂戴。それから宿の人に頼んでパラク6)を借りてきて頂戴。」
「は、はい。」

 リーナは服の胸ポケットから部屋の鍵を取り出してシーナに手渡すと、部屋を飛び出していく。

「アレン君。ちょっと私と一緒に来て頂戴。皆は此処で待ってて。ドルフィンとイアソン君は絶対に来ちゃ駄目よ。」
「分かった。」
「分かりました。」

 シーナはアレンの手を引いて部屋から出て行く。何時になく真剣な、それでいて興味津々といった表情のシーナを見て、その場に残されたフィリアと
イアソンは首を傾げる。

「何かあったのかしら?シーナさんに限って失敗なんてないと思うけど・・・。」
「後ろから見ただけだけど、身長は多少低くなって、声はやや高くなってた。あとウエストが細くなってたな。でも、それ以外に変化はなかったような・・・。」
「・・・まさか・・・。」

 ドルフィンの頭にある予測が浮かぶ。

「皆、お待たせ。」

 10ミム程してドアが開き、ショックを受けたような表情のリーナと、顔を赤くしたアレンの手を引いたシーナが入って来る。真剣とも厳しいとも言えるシーナの
表情を見たドルフィンが尋ねる。

「どうだったんだ?」
「驚いたわ・・・。アレン君、ちゃんと女の子になってる。」
「「ええ?!」」
「それで、か?」

 フィリアとイアソンが驚愕の声を上げ、ドルフィンと共に改めてアレンに注目する。一見したところ、アレンには胸に盛り上がりが生じていることと
ウエストが細くなっていること以外の明確な変化は見受けられない。
シーナはそのままの表情で言葉を続ける。

「で、胸のサイズを測ってみたんだけど・・・、胸が苦しくて当然だわ。106セム7)のDカップだもの。」
「う、嘘ぉ?!」
「おいおい・・・。」
「す、凄い・・・。」

 フィリアはまたも驚愕の声を上げ、ドルフィンは苦笑し、イアソンはアレンをまじまじと見詰める。そう、リーナがショックを受けたような表情なのは、アレンの
胸のサイズが自分のそれより大きかったからなのだ。
当のアレンは真っ赤な顔で俯き、視線を脇に逸らしている。

『あ、あたしより胸が大きい。夢のDカップ。しかも・・・可愛い。これじゃ、あたしの立場はどうなるの?!』
『どうして女が本職のあたしより、しかもオーディション本選出場者のあたしより立派な胸なわけ?それに・・・可愛いし。』
『よ、良かったわ・・・。負けてなくて。アレン君、元々顔立ちが中性的だけど、まさかこんな可愛い女の子になるなんてね・・・。』

 女性陣の思いは非常に複雑だ。特に胸のサイズが悩みの種のフィリアと、オーディション本選出場者のリーナの思いは複雑極まりない。薬の力による
一時的なものとは言え、アレンが何処から見ても可愛らしくスタイル抜群の美少女になったことによるパーティーへの衝撃は非常に大きい。

「で、私から提案なんだけど・・・。」

 一転して明るい、否、楽しそうな表情になったシーナが言う。

「明日、アレン君のために服と下着を合わせてあげようと思うんだけど、皆はどう?」
「「「「異議なし。」」」」

 アレン以外の全員が声を揃えてシーナの提案に同意する。

「ちゃんと下着着けてないと型崩れしちゃいますからね。」
「ついでだ。化粧もさせてみろ。」
「アレンは髪が短いから、リボンは要らないか。でも、着けるとより可愛くなるかも。」
「ズボンとスカート、どちらが似合いますかね。」
「アレン君の身長で胸が苦しくないサイズの服ってあるかしら。」

 早速着せ替え談義で盛り上がるパーティーの中で、アレンだけが無言でやり場のない怒りに身体を震わせていた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

5)設計:実際の化学合成においても、意図的にある効力を持たせようとすれば化学式の考案や反応予測が必要なように、新薬を作るには様々な合成や
     その結果を厳密に計算する必要がある。ましてそこに魔術も組み合わせるとなると、それがより一層複雑になることはお分かりいただけるだろう。


6)パラク:この世界における巻尺の呼称。3メール程度まで測れるものが広く流通している。

7)106セム:1メールが0.8m、100セムで1メールだから、約87cmに相当する。

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