Saint Guardians

Scene 6 Act 1-2 対決-Show down- 勃発した女の闘い

written by Moonstone

 アレン達4人は宿屋に着くと早速、イアソンが決めた部屋割りで割り当てられた自分の部屋に荷物を置いてから、ラウンジに集合した。
宿のカウンターで通貨をデルグからペニーに変換したイアソンが、予め三人にそう告げておいたのだ。

「さて・・・。皆に集まってもらったのは他でもない。」

 イアソンは開口一番、思わせぶりな口調で言う。

「何だよ、改まって。」
「・・・俺達、どうやって暇潰す?」

 突拍子もないイアソンの問いに、アレンとフィリアはずっこけ、リーナは、馬鹿じゃないの、と言いたげな視線をイアソンに向ける。

「何よ一体!あんた、わざわざ人様を呼び出しといて、そんなくだらないこと相談するつもり?!」

 気を取り直したフィリアがイアソンに食って掛かる。所持金の都合上、何かと睨み合いが絶えないリーナとまたしても相部屋になったことによる不機嫌に
拍車をかける格好になってしまっているのだ。

「いや、これは真面目な話。まあ、聞いて頂戴な。」

 イアソンが宥めると、フィリアは渋い表情でひとまず抜いた剣を鞘に納める。

「ドルフィン殿にかけられた呪詛を解除するには、最低1週間はかかる3)と思う。呪詛が複雑だとそれ以上。」
「じゃあ、その間、あたし達は食っちゃ寝、食っちゃ寝してるしかない訳?」
「そういうこと。だから相談を持ちかけたんだって。さらにもう一つ。資金的な問題で、宿に泊まれるのはあと2週間が限度。」
「えーっ?!じゃあ、それ以降は野宿?!」

 フィリアが詰め寄ると、イアソンはこっくりと一回首を縦に振る。
マリスの町を出る時に町長夫妻が厚意で渡航資金を供与してはくれたが、客船の料金で半分近くを費やし、一行のこれまでの所持金を併せても、財政
事情は厳しいと言わざるを得ない状況なのは、金銭の管理を引き受けているイアソンが最もよく分かっている。ことがパーティー全体に関わることとあっては、
流石のフィリアもリーナもうんと考え込まざるを得ない。
 それまで黙っていたアレンが徐に口を開く。

「暇だったら、何処かでバイトでもする?」
「何馬鹿なこと言ってんのよ。ここは外国よ。何処の馬の骨とも分からない人間を雇うところなんて、まともなもんじゃないわよ。」
「そうそう、リーナの言うとおり。おまけにこの国は戸籍制度ががっちり普及してるから、住民だって嘘をついてもすぐばれるし、ばれたら牢屋行き間違いなし。
ま、その場合宿泊費は浮くけどね。」
「くだらない冗談ね。センスが知れるわ。」

 ユーモアを狙ったつもりが、リーナに酷評されたイアソンはしゅんとなる。
頬杖をついたフィリアがぼやくように言う。

「手っ取り早く、しかも楽に稼げることってないかしら?」
「そんなのあったら、誰でもやってるって。」
「確かにそうよねぇ・・・。」

 アレン達は考え込んでしまった。重い沈黙がその場を支配する。
アレンがのっそりと沈黙を破る。

「・・・ドルフィンとシーナさんに相談するしかないか・・・。」
「そうね。あたし達が考えてても埒が明かないわ。」
「じゃあ、ここらで解散という事にしますか。」

 イアソンが解散を宣言した時、若い男性の従業員がやって来た。

「失礼します。お客様。明後日から始まるシルバー・カーニバルのご案内です。是非ご覧ください。」

 従業員はアレン達にチラシを配って、一礼してから立ち去る。
チラシには次のように書かれてある。
『遠路遥々我が国へいらした皆様。銀の魅力に触れてみませんか?シルバー・カーニバル開催のご案内』
『我が国は聖職者の証である銀細工が主要産業であり、その繊細さと美しさは内外で高い評価を受けております。』
『貴方も我が国を訪れた記念に、是非神聖さの象徴である銀細工をお確かめください。』

「何よこれ、観光客目当ての商売気たっぷりじゃない。敬虔な信者の国が聞いて呆れるわ。」

 リーナが苦虫を噛み潰したような表情で厳しい批判を浴びせる。

「ん?ちょっと待って。続きがあるわよ。」

 フィリアがチラシの続きを読み進める。
『美貌の国としても内外に誉れ高い我が国で花咲く銀の薔薇。第21回シルバーローズ・オーディション参加者募集中!』
『未婚女性で自分の美貌に自信のある方なら国籍問わず。そう、我が国への来訪者である貴方にも栄光へのチャンスが!』
『各町村毎の予選を勝ち抜いた入賞者が首都フィルで行われる本選に出場。女優やモデル、貴族子息との結婚への登竜門です。』
『前日までの申し込みで参加OK!勿論参加費無料!』
『予選上位入賞者には最高1万ペニー、本選上位入賞者には最高100万ペニーの賞金とシルバーローズの称号が授与されます!』
『お申し込み、お問い合わせは各町村の宿泊施設、もしくは役所内のシルバー・カーニバル実行委員会までお気軽にどうぞ!』
 アレン達はじっとチラシを見詰める。今度は別の意味での沈黙がその場を支配する。

「あたし、出る!」

 沈黙を破ってフィリアが立ち上がり、高らかに宣言する。

「これはあたしの美貌を世界に轟かせる絶好の機会。そう、このオーディションはあたしを待っていたのよ!」

 アレンはあえて何も言わないでおくことにした。下手なことを言えば、絞め殺されかねないからだ。

「それにこの賞金の額、結構な額じゃない。あたし達の財政事情を一気に改善出来るわ。まさしく一石二鳥ってとこね。いやぁ、我ながら頭良ーい!」
「・・・一人で言ってて空しくない?」

 一人で盛り上がっていたフィリアに、リーナが鋭い突っ込みを入れる。フィリアの表情が時間を止めたかのように固まってしまった。

「あんたの美貌とやらが世間様に通用するとでも思ってるわけ?恥かかないうちに出ること思い止まっておいた方が身のためなんじゃない?」

 フィリアの表情が徐々に怒りへと変わり、リーナをギロリと睨み付ける。

「だ、黙って聞いてりゃずけずけと・・・言いたい放題言ってくれるわね!」
「悔しい?」

 テーブルの上で組んだ両手に顎を乗せたリーナが、嫌味をたっぷり込めて言う。その笑みもまた嫌味たっぷりだ。
フィリアとリーナの間でまたしても激しい火花が散り始める。アレンとイアソンは巻き添えを恐れて何も言えず、ただ見守るしかない。

「・・・ま、まあ、オーディションに通用しないと自負してるようなあんたに言われる筋合いはないと思うけど。」

 フィリアが額に青筋を浮かべながら無理矢理笑顔を作って言うと、今度はリーナの眉間に深い皺が浮かび上がってくる。

「・・・どういう意味よ。」
「自分がオーディションに通用しないと分かってるから、自分の美貌を試そうとするあたしをなじることしか出来ない。違う?」

 頭の中で何かが音を立てて切れたリーナが勢い良く立ち上がり、フィリアを険しい表情で睨みながら言う。

「じゃあ、あんたとあたし、どっちの美貌が認められるか、勝負しようじゃない。」
「あら、良いの?恥かくだけかもよ。」
「あたしの勝ちが見えてる勝負なんて、本当は興味ないけどね。」

 フィリアとリーナは早くも本番以上の激突を見せている。
普段からのいがみ合いに年頃の女の子としての意地とプライドが重なっているだけに、文字どおり壮絶な死闘になりそうな雰囲気がびりびりと伝わって来る。

「じ、じゃあさ、早速参加申し込みを・・・」
「「言われなくても分かってるわよ!」」

 イアソンが一触即発の雰囲気を和らげようとすると、フィリアとリーナが同時に遮る。
二人はチラシを握って、先を争うようにカウンターに突進して行く。イアソンが机の下で、軽く肘でアレンを突いて小声で尋ねる。

「なあアレン、どっちが勝つと思う?俺はリーナが勝つ方に一票。」
「わ、分かんないよ、そんなこと。」

 アレンもつられるように小声で答える。

「これは二人にとって良い機会だ。一つの目標に向かって切磋琢磨し合う。二人はお互いを良きライバルとして認め合えるさ。」
「・・・そんな馬鹿な・・・。」

 アレンはイアソンらしくない、見通しの甘い思惑に呆れて溜息を吐く。
美貌という、女の意地とプライドが如実に表れるテーマで、ただでさえいがみ合いが絶えない二人がライバルとして認め合える筈がない。
勝敗が入賞か否かではっきりするようなことになれば、勝った方が負けた方を見下し、負けた方が勝った方を妬むことは容易に想像出来る。
アレンは両方の予選落ちを期待する他なかった・・・。
 空の朱色が徐々に消え始めた頃、ドルフィンとシーナが宿に来た。船を降りたときとは違い、ドルフィンはシーナの肩を借りることなく自分一人で立っている。
ドルフィン・アルフレッド完全復帰か、と出迎えたアレン達4人は思ったが、シーナの表情が幾分暗いことが引っ掛かる。

「お帰りなさい。どうでした?」

 アレンが尋ねると、シーナが少し沈んだ表情で答える。

「診てもらったんだけど・・・予想以上に強い呪詛で、此処では完全に解除することは出来ない、って。」
「え?それじゃあ・・・。」
「ある程度緩和することは出来るけど、解除は首都の中央教会でないと出来ないだろう、って。で、緩和するだけはしてもらったのよ。」
「緩和されただけでも上等だ。手足の傷は完全に塞がったし、包帯の取替えや薬の投与も1日1回で済むレベルになった。これでもうシーナに重労働をさせる
必要はない。」

 ドルフィンはシーナを励ますように言う。

「首都の中央教会への紹介状を貰った。それに、呪詛が大幅に緩和されたお陰で、少なくとも食事以外の日常生活には支障はなくなった。」
「じゃあ、首都へ行く目標がまた一つ増えたってことになりますね。」
「目標?何の話?」

 シーナが怪訝そうに尋ねると、アレンがチラシを見せる。シーナは少しチラシを読んで、小さく数回頷く。

「ああ、シルバーローズ・オーディションのことね。ドルフィンも私も知ってるわ。」
「どうして知ってるんですか?」
「クルーシァには修行の一環で外に出る機会が度々あってね、この国にも一度来たことがあるのよ。その時話を聞いたの。」

 アレンの疑問にシーナが答える。
クルーシァの頑強な秘密主義を聞いているアレン達は、てっきり修行も内に篭りっきりのものだとばかり思っていたので、シーナの話を意外に思う。

「で、誰が出場するの?」

 シーナの問いに、フィリアとリーナがさっと手を挙げる。

「あら、二人が出るの?頑張ってね。」
「はいっ。任せて下さい。」

 フィリアが元気良く言う。予選で勝つのは自分だ、という自負が全身から噴出している。そんなフィリアを、リーナは冷たい目で見ている。

「そうだ。シーナさんも出たらどうですか?」
「私は遠慮するわ。あんまり興味ないし。」

 イアソンが出場を勧めると、シーナはやんわりと拒否する。すると、アレンが顔の前で虫を掃うように手を振って言う。

「駄目駄目。シーナさんは参加出来ないって。」
「どうして?」

 フィリアが尋ねると、アレンがドルフィンとシーナを見ながらこれ見よがしに言う。

「だって・・・参加条件は『未婚女性』ってなってるだろ?シーナさんは事実上人妻なんだから、参加条件を満たしてないよ。」
「あ、そうか。そう言われてみれば確かにそうよねぇ。」
「シーナさんは、愛しのドルフィンだけの女神さまなんだものね。」
「なるほど・・・。これは迂闊だった。ドルフィン殿、申し訳ありません。」

 アレン達4人は、ドルフィンとシーナを見てそれぞれの感情が篭った笑みを浮かべる。

「いやねぇ、皆ったら。婚約はしてるけど正式な結婚はまだよぉ・・・。」
「でも、マリスの町の町長は、ドルフィンをシーナさんの婿と認める、って言ってましたよ。もうドルフィンとシーナさんが結婚してるってことは既成事実ですよ。」
「そう言われれば、確かにそうとも言えるわね。」

 頬をほんのり赤く染めて、いかにも嬉しそうに言うシーナとは対照的に、ドルフィンは耳まで赤くなって俯いて呟くように言う。

「な、何でそう、事ある毎にそっちの方に話を振るんだ・・・?」
「とか何とか言いながら・・・、本当は言って欲しいんでしょ?」

 アレンに突かれて、ドルフィンは黙りこくる。その顔は極限まで赤く染まり、普段の冷静沈着な言動からは想像も出来ない程動揺している様子が窺える。

「でも、どうしてシルバーローズ・オーディションに出ることにしたの?この国に来た記念に、って考え?」
「いえ、実は切実な背景があるんですよ。このパーティー全員に関わる財政の問題です。」

 シーナが尋ねると、イアソンが一転して真剣な表情で答える。

「・・・資金不足が現実のものになってきたってことか。」

 ドルフィンがやや上ずった声で言う。

「何せ6人だ。乗船料金は結構な額だったし、これからの宿泊費や途中の食費も馬鹿にならん筈だ。」
「そうです。で、その打開策として二人がオーディションに出るということに・・・。」
「そして、あたしの美貌を証明することで、誰かさんに身の程ってやつを思い知って戴こうと思いまして。」

 イアソンを遮るように、フィリアが嫌みたっぷりに言う。

「・・・あたしとしては、自分が勝つことが分かっている勝負なんて興味ないんですけど、一人ぼっちで生き恥を晒すのは可哀相なんで付き合って
あげるんです。」

 リーナも負けじと精一杯の嫌みを込めて言い返す。ジロリと互いを睨み合ったフィリアとリーナの間で、またしても激しい火花が飛び散る。

「・・・女の勝負って訳ね。」

 シーナは二人の様子から事情を飲み込んで、苦笑いする。シーナも二人が何かといがみ合っていることを知っているだけに、単なる勝負では済みそうに
ない、と思う。

「でも、入賞すれば確かにパーティーの財政が大助かりなのは間違いないわ。二人とも頑張ってね。」
「「はいっ。頑張りますっ。」」

 フィリアとリーナは同時に返事をする。二人の頭には、自分が予選に勝つことしか頭にない・・・。
 翌日、朝食を終えたアレン達4人−正確にはフィリアとリーナの二人−は、早速オーディション出場に向けての準備に取り掛かった。
ドルフィンは一見完治したように見えるもののまだ食事が摂れる状態ではないため、部屋でシーナの作った流動食を摂って安静にしている。
シーナはアレン達4人と朝食を食べ終えると、直ぐにドルフィンと共に−朝食の間、ドルフィンは周囲に目を光らせていた−部屋に戻ってしまった。
 フィリアとリーナは水場の鏡の前で髪形を整えていた。
リーナはポニーテールを解いておろした自慢の黒髪に、念入りに櫛を通す。リーナのように髪と瞳が黒というのは非常に稀で、ブラック・オニキスと称される
こともあるだけに、リーナが有利であることは否定出来ない。
 アレンとイアソンは後ろの壁に凭れて、フィリアとリーナの様子を見ていた。イアソンはお目当てのリーナが黒髪を梳く姿をぽわんとした顔で眺めている。

「良いなあ・・・。あの流れるような黒髪・・・。艶やかな絹糸という表現がぴったり・・・。」

 イアソンが呟くと、アレンが呆れて言う。

「締まりのない顔だなぁ。もうちょっとしゃきっとしろよ。」
「ああ、あの黒髪をそっと撫でて、頬擦りしてみたい・・・。」

 イアソンは、アレンの言うことなどまるで聞いていない。完全に妄想の世界に浸かってしまっている。アレンは呆れて顔を右手で被って下を向く。
念入りに櫛を通すと、リーナは黒髪をリボンで束ねてポニーテールに戻し、化粧に取り掛かる。髪が肩にかかる程度のフィリアはリーナよりも髪の手入れが
楽なせいか、リーナより先に化粧に取り掛かっていた。ちなみに化粧品は、フィリアとリーナが昨夜閉店間際の雑貨屋に駆け込んで買い漁ったものである。
 しかし、二人共どうもうまくいかないらしい。口紅を塗っては拭き取り、アイシャドゥを入れては消したりと、如何にも苦戦している様子だ。
普段化粧をする機会や余裕もない上に、二人共元来あまり器用でないのもあって、全く終わる気配が見えない。

「あーっ、止めた止めた!」

 先にリーナが根を上げて、口紅を放り出した。放り出された口紅が軽やかな音を立てて床を跳ねる。

「あたしは素が良いから、化粧なんて要らないのよ!」

 全く上手くいかなくて自棄になったらしく、リーナはそう言いながら顔を激しく洗う。

「まあまあ。そう言わないで、ここは一つ俺に任してみないか?」

 イアソンが、今がチャンスとばかりに話を持ちかける。リーナはタオルで顔を軽く拭いて怪訝な表情でイアソンを見る。

「あんたが?化粧なんて出来るの?」
「ここは1つ、任せてみてよ。口紅だけでも結構変わるし、時間もそんなに取らないからさ。」
「・・・良いわ。やってみて。」

 リーナは駄目で元々、と思ったのか、意外にあっさり承諾した。イアソンの器用さはリーナも知るところであるし、少なくとも自分よりはまともに出来ると
踏んだのだろう。
イアソンは床に転がる口紅を拾って埃を掃ってから、本当に嬉しそうにリーナに駆け寄る。

「ちょっと上の方向いて。」

 リーナは黙って顔を上げる。
イアソンは間近でリーナの顔を見て、ドキドキして手が細かく震える。何も知らない第三者が見れば、今にもキスをしようとするカップルに見えなくもない
位置関係にある。

「何してんの?早くしてよ。」
「あ、はいはい。それじゃ・・・。」

 リーナに言われてイアソンは慌てて動揺を隠し、リーナの顎に左手をそっと添える。その瞬間、リーナは表情を変えてイアソンの手を払い除ける。

「何しようとしてんのよ!」
「ち、違う違う。顔を固定してないと手元がぶれるからだって。」

 イアソンは誤解されたことを悟って、慌てて弁解する。ここでリーナの感情を害するようなことになれば、折角のチャンスを水の泡にしてしまうどころか、
レイシャーで頭をぶち抜かれかねない。

「・・・まあ良いわ。でも、ちょっとでも変なことしたら、オークの餌にしてやるからね。」
「わ、分かってますって。」

 イアソンはリーナの顎に左手をそっと添えて、口紅を塗り始める。慎重に口紅を動かしていくと、それに併せてリーナの唇が弾みながら色を変えていく。

『ああ、出来るものなら、この柔らかそうな唇に・・・。』

 後ろで見ているアレンには、イアソンが何を考えているかは容易に想像出来る。
口紅を塗るのは呆気ないほど直ぐに終わった。

「はい、おしまい。鏡見てみなよ。」

 イアソンに言われて、リーナは特別な期待も抱かずに鏡の方を向く。
鏡に映ったリーナは、どことなく成熟した女性の色気を漂わせている。リーナは何度か角度を変えて鏡に映った自分を見て、感心したらしい表情を浮かべる。

「・・・へえ・・・。口紅一つでここまで変わるのね・・・。」
「だろ?まあ、素が良いってことが大きいんだけどね。」

 流石イアソン。タイミング良く相手を持ち上げることには抜け目がない。リーナも今の自分を誉められてまんざらでもないらしく、表情が微かに緩む。

「イアソン。あんた、なかなかやるじゃない。ちょっと見直したわよ。」
「いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ。」

 イアソンはリーナから好感触を得て、すっかり舞い上がってしまう。好きな相手、しかもなかなか好感触が得られない相手からその腕を認められて、
嬉しくない筈がない。
 一方、フィリアは口紅と未だに悪戦苦闘していた。塗ることはどうにか出来るものの、いまいち自分のイメージと合わないのが気に入らないので、何度も
拭ってやり直している。
見かねたアレンがフィリアに歩み寄る。

「フィリア。俺がやってやるよ。これじゃ、いつまで経っても埒が明かないって。」
「え?!やってくれるの?!」

 フィリアは思いがけないアレンの持ち掛けに、驚きと嬉しさが入り混じった表情で振り向く。

「貸してよ。」
「はい。お願い、上手くやってね。」

 アレンはフィリアから口紅を受け取って慎重に塗り始める。
フィリアは何かを期待するかのようにじっと目を閉じていたが、アレンはあえて気にしないようにする。

「はい、完了。」

 フィリアは期待に胸を膨らませて鏡の方を向く。フィリアの抱いていたイメージにぐっと近付き、大人の女性の雰囲気が滲み出ている。

「流石アレン。あたしが何度やっても上手く出来なかったのに。」
「フィリアはとにかく全部均一に塗ろうとしてたからさ。色が引き立つ程度に薄めにすれば塗り易いし、雰囲気も良くなるんだ。」

 鏡を見て喜ぶフィリアに、リーナが話し掛ける。

「フィリア。あたし達よりも男衆の方が器用なのは明らかよね。」
「え?そ、そうだけど・・・。」

 普段リーナは何かと挑発的な言葉ばかり飛ばしてくるだけに、フィリアは戸惑ってしまう。

「ねえ。いっそ、予選出場までの専属スタイリストとして、あたしはイアソンを、あんたはアレンを使うってのはどう?」
「専属スタイリスト・・・かあ。良いわねえ。」
「で、予選落ちした方のスタイリストは、予選突破した方のスタイリストになる。両方突破か予選落ちの場合は何もなし・・・って、これはまずないだろうけど。」

 やはり、リーナは挑発的な言動を忘れていない。フィリアはそれを敏感に感じ取って言い返す。

「モデル気分は今のうちだけよ。せいぜい楽しんでおくことね。」
「あーら、あんたこそまたとない機会なんだから、しっかり味わっておくべきじゃない?」

 二人の間にまたもや激しい火花が散り始める。
普段からのいがみ合いに女の意地まで加わった争いに、アレンとイアソンは否応無しに巻き込まれる羽目になってしまった。
もっとも、専属スタイリストとしてリーナに接近出来る機会が増えるであろうということでイアソンは嬉しそうだが、到底良きライバルにはなりそうもない
二人の争いに巻き込まれたアレンは、うんざりした様子だ・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

3)呪詛を解除するには、最低1週間はかかる:呪詛の緩和は1日2日で出来るが、解除には呪詛そのものを取り除く関係上、相当の手間がかかるのだ。

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