Saint Guardians

Scene 5 Act 4-1 出発V-Setting outV- 魔術大学での再会、要注目の講義

written by Moonstone

 アレン達一行は、カルーダ王立魔術大学の前にやって来た。シーナ以外は約一月ぶりの訪問となるが、クルーシァと共に世界に名を轟かせる魔術研究
開発の総本山である大学を再び前にして、アレン達は緊張を高める。
一行は門を潜り、シーナはドルフィンに肩を貸しながら門の傍にある守衛所へ向かう。窓口に座っていた中年の男性は、巨漢に肩を貸す美人という妙な
組み合わせに訝しげな表情を浮かべる。

「何の御用でしょうか?」
「学長との面会を希望します。私はシーナ・フィラネス。この大学の客員主任教授です。」

 シーナはそう言って右手中指に輝くスターサファイアの指輪を男性に見せる。
スターサファイアの指輪を身に付けられるのはWizardのみ。男性はまさか、という顔で取り出した書類のドローチュアとシーナを見比べ、同一人物と分かると
慌てて席を立って敬礼する。

「よ、ようこそおいでくださいました。シーナ主任教授。」
「学長は居られますか?」
「は、はい。」
「併せてパーティーを中に入れてもよろしいですか?」
「どうぞ、ご遠慮なく。」
「ありがとう。」

 シーナは女神のような微笑みを浮かべて礼を言う。男性は緊張のあまり身体が動かないようだ。

「さ、皆。行きましょう。」
「は、はい。」

 一行はドルフィンとシーナを先頭にして、石畳に沿って真っ直ぐ歩いていく。やがて見えてきた建物こそ、最初に此処を訪れた際にも足を踏み入れた、
上級研究者の居室や大講義室の数々、そして学長室がある建物だ。ドルフィンに肩を貸しながらシーナが悠然と足を踏み入れる一方、残るアレン達は
それに遅れまいと急ぎ足で中に入る。
 優雅にして上品な佇(たたず)まいの建物の中を歩き、階段を上り、廊下を暫し歩くと、豪華な彫刻が施されたドアが見えてくる。「学長室」と書かれた
プレートが掲げられたこのドアの向こうに、この大学の研究者の頂点に君臨する学長が居る。緊張で動きがガクガクしているアレン達とは対照的に、シーナは
普段どおりゆったりした様子でドアをノックする。中からあの少ししわがれた、しかしはっきりした声で「どうぞ」という応答が返って来ると、シーナはドアを開けて
中に入る。

「学長。お久しぶりです。シーナ・フィラネスです。」

 シーナが名乗ると、奥まったところにある豪華絢爛な机の上で書類にペンを走らせていた老女が顔を上げ、驚きに続いて満面の笑みを浮かべる。

「おお!シーナじゃないかね!無事にドルフィンと再会出来たんじゃな?」
「はい。でもドルフィンは私が無力だったがためにゴルクスにやられて、傷の回復を鈍らせ、傷口を開こうとする悪質な呪詛をかけられてしまったんです・・・。」
「何ということじゃ・・・。兎に角そのままではそなたも辛かろう。さ、そこに座りなさい。」
「ありがとうございます。」

 シーナはドルフィンを誘導してソファに座らせ、自分はその左隣に座る。アレン達は緊張のあまり、ドアの前で固まったままだ。
それを見たシーナが手招きしながら言う。

「貴方達も中に入りなさい。」
「ん?おお、ドルフィンの仲間じゃないかね。ささ、遠慮は要らん。中に入って座りなさい。」
「し、失礼します。」

 アレンが緊張で強張った声で挨拶してから中に入る。それに隠れるようにフィリア、リーナ、イアソンが続いて中に入る。
学長は紙にペンで走り書きし、何やら呪文を唱えて紙を消す。恐らく前と同じように茶菓子を準備するよう命令を送ったのだろう。
アレン、フィリア、リーナ、イアソンはシーナの隣に並んで座る。その向かい側に学長が座る。

「アクシデントはあったようじゃが、兎に角ドルフィンと再会出来て良かったの、シーナや。しかし、記憶の封印はどうやって取り除いたのじゃ?」
「ドルフィンの言葉がキーワードになって、ドルフィンとの過去を思い出し、ゴルクスがドルフィンの名を叫んだところで封印が解けました。」
「3年間離れておっても二人の絆は健在だったようじゃな。めでたいことじゃ。」

 学長はそう言って笑う。その様子はその辺の老女と何ら変わりない。しかし、相手はこの由緒正しき大学の学長。自分から喋り始めることはとても
アレン達には出来ない。

「ところで、ドルフィンにかけられた呪詛はどうするつもりじゃ?」
「ランディブルド王国へ渡り、そこで上級の聖職者に解除してもらう予定です。」

 学長の問いにシーナが答える。学長は顎に手をやり、難しい顔をする。もっとも皺だらけの顔だから見た目にはあまり変化はないのだが。

「ランディブルド王国か・・・。確かにあそこなら、ドルフィンにかけられた呪詛を解除出来るじゃろうな。ラマン教は自らを高めることを主にする宗教故、呪詛の
解除や治癒回復といったことには概して不得手じゃからな。しかし、渡航費用は大丈夫なのかね?」
「幸い、私を娘として庇護してくれたマリスの町の町長夫妻が、資金を拠出してくれました。」
「マリスの町・・・。そなた、そこに居ったのか。2年前のゴルクスとの一騎打ちの反動で何処かに飛ばされたとは思っておったが、カルーダ国内に
居ったとはのう・・・。ドルフィン、そなたも驚いたじゃろ?」
「ええ。シーナが出て来た時、一瞬自分の目を疑いました。」
「で、マリスの町の町長夫妻の娘になっていたということは、旅が終わったらマリスの町に戻って町長の後継者になるのじゃな?」
「はい。父母とはそう約束しました。」
「シーナとドルフィンの二人が国内に居てくれるのは、我が大学にとって心強いことじゃ。たまには此処に来て、後輩の指導にあたっておくれ。」
「はい。」

 シーナと学長が会話をしていると、ドアがノックされる。学長が、どうぞ、と応対すると、失礼します、と言って若い女性二人が入って来る。
一人の手にはサルシアパイが乗った皿が、もう一人の手にはティンルーの香り仄かに漂うポットとカップがたくさん乗ったトレイがある。
サルシアパイの乗った皿がテーブルの中央に、カップが全員の前に置かれ、カップにティンルーが注がれる。久しぶりのティンルーの芳香が一行の鼻を
擽(くすぐ)る。
女性二人が、失礼しました、と言って部屋から退出した後、学長は顔を更に緩める。

「さ、遠慮は要らん。ゆっくり食べて飲んで寛いでおくれ。」
「皆。そんなに緊張しなくても良いのよ。」

 シーナはまだ一言も話していないアレン達の緊張を解きほぐそうと、優しい言葉をかける。

「そうじゃとも。ドルフィンとシーナの仲間であれば尚のこと遠慮は要らん。わしがこの大学の学長ということはこの場では忘れなされ。」
「は、はあ・・・。」

 学長の勧めもあって、アレン達は徐にサルシアパイやティンルーに手を伸ばす。サルシアパイの甘味やティンルーの香ばしさが、少しではあるがアレン達の
緊張を緩める。シーナもサルシアパイを手に取って口に運ぶ。ドルフィンはティンルーを啜る。
学長はティンルーを一口啜ると、シーナに言う。

「今日此処を訪ねたのは、ランディブルド王国へ赴く前の顔見せというところかの?」
「はい。事情があったとは言え、2年間席を空けていたものですから。」
「そうじゃ!この際じゃから、一つ頼まれてくれんかの?」
「何でしょうか?」
「うちの学生に特別講義をして欲しいのじゃ。」

 特別講義、という言葉を聞いて、サルシアパイを齧っていたフィリアの目が大きく見開かれる。
クルーシァと肩を並べる魔法先進国の中核であるこの大学。その客員主任教授の特別講義が聞けるのなら、Wizardを目指すフィリアにはこの上ない機会だ。

「特別講義・・・ですか?何を題目にすれば良いでしょう?」
「学生に限ったことではないが、此処は魔法の研究開発が主じゃから実務の経験に乏しい。魔術師は魔法を研究開発していれば良いというものではない。
それを社会に還元、表現を替えれば実際に人々の役に立つところまでもっていくことが必要じゃ。」
「仰るとおりですね。」
「そこでじゃ。シーナ、そなたは此処で魔法探査の研究をしておったじゃろ。その中間報告を兼ねて、魔法探査の範囲や対象の特定を飛躍的に改善した
そなたの研究成果を特別講義の題目にして欲しいのじゃ。」
「あれはまだ未完成ですが・・・。」
「他の研究員が数を揃えても成し得なかった研究成果を出し、それを実務レベルに適用出来るようにしたのは間違いないじゃろ?」
「はい。」
「学生の中には魔法探査をしたことがない者さえ居る。研究員なら尚更じゃ。魔法探査がいかに社会に寄与出来るものかを交えながら、そなたの研究成果を
講義という形にして欲しいのじゃ。どうかね?ひとつ頼まれてはくれんかの?」
「学長直々のご依頼とあれば、断る理由はありません。」

 シーナが言うと、学長は目を細める。

「ありがたいことじゃ。では早速、学内に一報を流さんとの。」

 学長は席を立ち、自分の机に戻ってペンで紙に走り書きをして何やら呪文を唱える。今度の呪文は茶菓子を運ばせた時のものとは違う。
紙がポン、と音を立てて消えると、学内に学長の声が響き渡る。

「全学生、全研究員に告ぐ。50ジム後、シーナ・フィラネス客員主任教授による特別講義『魔法探査の発展的改良とその実践』を中央大講義室にて行う。
シーナ客員主任教授は訳あって程なくカルーダを離れる。故にこの機会を積極的に利用することを推奨する。以上。」

 シーナははにかんだ笑みを浮かべる。

「何だか随分大事になりそうですね・・・。」
「主任教授の中でも群を抜いて優秀なそなたの特別講義とあれば、恐らく殆どの学生や研究者が集まるじゃろう。実践的な立場での講義を頼むぞよ。」
「分かりました。やらせていただきます。」

 シーナの表情は穏やかだが、口調は真剣そのものだ。

「わ、私も聞かせていただいて良いですか?」

 フィリアが身を乗り出して尋ねる。Wizardを目指すフィリアにとっては、そのWizardの一人であるシーナの特別講義が実施されるというのだから、是非
聞きたいのだろう。
学長は再び目を細めて、フィリアの方を向く。

「そなた、なかなか勉強熱心じゃの。勿論良いぞよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「ホホホ。礼はわしにではなく、シーナに言うんじゃな。」
「シーナさん!ありがとうございます!」
「改まらなくて良いのよ。フィリアちゃんの参考になるような講義をするつもりだから、期待しててね。」
「は、はい!」

 フィリアの瞳は興味と興奮で輝いている。
魔術には召還魔術しか縁のないアレンだが、フィリアが故郷のテルサの町に居た時代から、魔術学校を卒業した後も研究生として学校に残り、称号を
Phantasmistまで上げて、将来的には学校の講師に着任出来るところまで勉強と研究に励んでいたことを知っている。普段は勝気で直情的なフィリアだが、
こと魔術については人一倍勉強熱心だ。
 アレンは、明確な目標を持っているフィリアが少し羨ましく思う。自分はと言えば、魔術学校を3日で退学し、使える魔術と言えばドルフィンから譲り受けた
召還魔術のドルゴと、聖地ラマンの洞窟で手に入れたオーディンだけ。しかも自身の魔力からして、オーディンを使えば魔力を多大に消費し、生命の危機に
陥るだろう。あの時は呪文の丸暗記が嫌で逃げるように魔術学校を退学したが、少しくらいはそれに耐えて魔術を取得して魔力を上げる24)べきだったか、と
アレンは思う。

「あの・・・。私も聞かせていただけないでしょうか?」

 フィリアに続いて名乗りをあげたのはイアソンだった。
イアソンは魔道剣士。それに「赤い狼」の若き幹部、情報部第一小隊隊長を務めていた経歴から考えるに、魔法探査を遣った経験があるのだろう。それに
魔術師の最高峰であるWizardの特別講義が聞けるというのだから、イアソンにとってもまたとない絶好の機会に違いない。
学長は細めた目をイアソンに向ける。

「勿論じゃとも。勉学に勤しむ者は歓迎するぞよ。」
「学長殿、シーナ殿。ありがとうございます。」
「イアソン君も聞いてくれるの?益々責任重大ね。」

 笑みを浮かべたシーナは、ふと自分の服装を見る。

「幾ら着慣れた服装とは言え・・・、大勢の前に出て講義をする服装じゃないわね、これ。」
「それなら正装に着替えるが良いぞ。まだ時間もあることじゃし。」
「残していただいているんですか?」
「勿論じゃ。教授以上の正装は定期的に新品と交換することになっておることは、そなたも承知の筈じゃろ?」
「そうですが・・・。2年も席を空けていた私のために、と思うと何だが勿体ないような気がして・・・。」
「気にするでないぞよ。そなたは紛れもなくこの大学の客員主任教授。それに相応しい待遇を保障するのは当然のことじゃ。」
「ありがとうございます。」

 シーナは学長に一礼する。この大学の主任教授の正装とはどんなものか。講義や魔術とは無縁のアレンとリーナもそれが気になる。

「あの・・・。俺は魔術を使えないんですが、参考までに聞かせてもらっても良いでしょうか?」
「あたしも聞かせてもらいたいんですが。」
「おうおう、勿論良いぞよ。」

 学長は目を細めるが、フィリアは別の意味で目を細めて両隣のアレンとリーナを睨む。

「アレン。リーナ。あんた達もしかして・・・シーナさんの正装見たさに講義を聞こうっていうんじゃないでしょうね?」
「ま、まさか。俺も将来魔術を取得したいな、と思って。」
「素行不良のあんたに疑われたくないわね。」
「だ、誰が素行不良ですって?!」
「二人共、場所を考えろ。」

 ドルフィンに窘められて、フィリアとリーナは睨み合いを止める。
曲りなりにも此処はカルーダ王立魔術大学の学長室。どう考えても喧嘩をする場所ではない。

「ホホホ。若い者は元気があって良いのう。」
「血の気が多いと言った方が良いかもしれません。学長。」

 ドルフィンにチクリと突かれて、フィリアとリーナは小さくなる。
サルシアパイを食べ、ティンルーを飲み干したシーナがすっと立ち上がる。

「少し早いですが、これから着替えてきます。」
「おお、そうかね。」
「アレン君達を中央大講義室に案内する必要がありますから。」
「それなら使いの者を呼べば良いことじゃろう。」
「アレン君達は、私とドルフィンの仲間ですから。」

 シーナのはっきりした口調の前に、学長は何度も頷く。

「そなたの分け隔てのない優しさは変わっておらんな。ドルフィン。そなた、良い女性と巡り会えたの。」
「ええ、仰るとおりです。」
「ドルフィンたら・・・。」

 シーナはほんのりと頬を赤く染める。

「ドルフィンは此処に居てね。講義が終わったら戻って来るから。」
「ああ、分かった。学長と話でもしている。・・・しっかりな。」
「ええ。」

 シーナは優美な足取りで退出していく。主任教授の正装に着替えてくるというシーナがどんな姿で再び現れるのか、アレン達は興味を抱く。

 約20ミム後、ドアがノックされる。学長が、どうぞ、と応対すると、ドアがゆっくり開いてシーナが姿を現す。それを見たアレン達は、あまりの変貌ぶりに
驚きで目を見張る。
純白の布地の彼方此方に金の刺繍が施されている、ドレスを思わせるローブは、シーナの客員主任教授という肩書きに相応しいものだ。

「若いと正装も一段と映えるのう。」
「この正装のお陰ですよ。さ、皆、中央大講義室へ案内するからついて来て。」
「「「「は、はい。」」」」

 驚きで呆然としていたアレン達は我に帰って声を揃えて返事をし、立ち上がってシーナに駆け寄る。シーナはドルフィンと学長の方を向いて言う。

「それじゃ、行って来ます。」
「ああ、しっかりな。」
「宜しく頼むぞよ。」

 ドルフィンと学長の励ましの言葉に見送られて、シーナは学長室を後にする。アレン達はシーナに続く。続くといっても、正装に着替えたシーナからは
安易に近寄り難いオーラを感じ、アレン達は人一人分距離を置く。
廊下の途中の交差点で、走って来る老若男女入り混じった、ローブの色も様々25)な人達と出くわす。その度に彼ら、或いは彼女らはシーナに向かって
深々と頭を下げて挨拶をした後、皆同じ方向に走り去っていく。恐らく彼ら、或いは彼女らはシーナの特別講義を聞くべく中央大講義室へ向かう途中
だったのだろう。
 長い廊下を歩いていくと、人で出入り口がごった返している様子が見えてくる。階段状に上っていく廊下に面している出入り口は見えるだけで5つある。
大学の学生数は3000人を超える。そこに研究員が加わるのだからそれだけの人数が一つの部屋に殺到すれば自ずとこういう光景になる。余程シーナの
講義に興味があるのだろう。早く入れ、とか、混雑してるんだ、とかいう怒号まで聞こえてくる。これではとてもアレン達の入る余地はない。どうしようかと
考え始めたところでシーナがよく通る声で出入り口付近に固まっている人達に言う。

「慌てないで順序良く中に入りなさい。押すな押すなじゃ余計に入り辛くなるわよ。」

 決して怒鳴ったわけではないのにシーナが言うと、出入り口付近でごった返していた人達がシーナの方を見てぴたりと騒動を静め、整然と中に入っていく。
シーナという人物の威厳がここでも発揮された格好だ。
人々が続々とドアの中に入っていくのを見たシーナは、後ろを振り向く。その顔は至って穏やかだ。

「この混雑じゃ、多分相当奥に行かないと・・・。ううん、研究員の人達も来るとなると、座れない可能性の方が高いと考えた方が良さそうね。
皆、申し訳ないけど、座れなかったら壁に凭れたり階段に座ったりして聞いててね。誰も文句は言わないだろうから心配しないで。」
「俺達、ローブを着てないんですけど、大丈夫ですか?」
「もし何か言われたら、私が許可した、とでも言っておいて。念のために講義の前にそれに関して一言言うから。」

 アレンが尋ねると、シーナはそう言ってウインクする。とても様になっているシーナのウインクにアレンとイアソンは勿論、同性のフィリアとリーナも思わず
見とれてしまう。

「上に行くほど奥になっていく構造なの。奥の方は2階席に通じてるわ。そっちを目指した方が座れる可能性が高いと思うわ。」
「じゃあ、俺達は奥の方へ行きます。・・・声、聞こえますか?」
「アレン。ラウドネス26)っていう声を大きくする魔法があるから心配要らないわよ。」

 アレンの問いに答えたのはフィリアだった。Wizardのシーナが答えるまでもない、という意思表示も兼ねているのだろう。

「出来るだけ退屈しないような講義にするつもりだけど、退屈だったら寝ちゃっても良いから。」
「は、はあ・・・。」
「そんな勿体無いこと、出来ませんよ!」

 曖昧な返事を返したアレンとは対照的に、フィリアはきっぱりと言い切る。魔術師の戒律や階級に厳格なフィリアならではと言える。
そうこうしているうちに、最も近い出入り口から混雑が消えた。シーナが近くに居るということで、早めに入らなければ迷惑になる、と思ったからだろう。

「おい、一番近くの出入り口が空いたぞ。」
「あそこから入ろう。座れなくてもシーナさんが近くに居れば何かと安心だし。」

 最も近い出入り口を指差して言ったイアソンに、アレンが言う。するとフィリアは眉間に深い皺を寄せてアレンの耳を抓る。

「痛い、痛い、痛い!」
「どういう意味よ、アレン。」
「別に深い意味はないって!」
「あんたの彼氏でも何でもないのに、勝手にやきもち妬いてるんじゃないわよ。」
「うっさいわね!一人身のウエストのない女に言われたくないわ!」
「・・・言ったわね、胸なし女。」
「二人共止めろ。此処が何処だか分かってるのか?」

 イアソンが嗜めると、またしても睨み合いを始めてしまったフィリアとリーナは一先ず矛先を収め、フィリアはアレンの耳から手を離す。シーナは口元を
押さえてくすくす笑っている。

「フィリアちゃんとリーナちゃんって、本当に元気があって良いわね。」
「も、申し訳ありません。」
「・・・すみません。」
「とりあえずこれから暫くは私の講義を聞いててね。喧嘩は建物の外に出てから思う存分して頂戴。」

 シーナが愉快そうに言うと、フィリアは顔を真っ赤にして俯く。リーナはそこまでいかないものの、ばつが悪そうに視線を逸らす。
赤くなった耳を痛そうに擦っていたアレンは、耳から手を離すと徐に歩き始める。フィリア、リーナ、イアソンもそれに続く。シーナはアレン達からある程度
距離を置いてから歩き始める。
 アレン達は人気が途絶えた最も近い出入り口から中に入る。そこから見た光景は圧巻そのものだ。
六角形の形を成した講義室はとてつもなく巨大で、1階席は既に人でぎっしり埋まっていて、見上げて見える2階席も殆ど人でいっぱいだ。奥に見える1階の
壁には、座れなかったらしい人が壁を覆い尽くすように立っている。更に階段にも人がちらほら座っている。アレン達は怪訝な視線が自分達に集中するのを
感じながら、偶然空いていた、教壇から見てやや左側の階段に固まって座る。ざわめいている講義室の中、アレン達は勿論、詰め掛けた学生や研究員は、シーナの登場を今か今かと待つ。
 10ミム程して純白のローブ姿の若い女性が、教壇に最も近い、アレン達が入った出入り口から入ってくる。それを受けてざわめきが大きくなる。主任教授と
言えば殆どが老人。なのに入って来たのは長い金髪が特徴的な若い美女。あの若さで主任教授か、という思いなのだろう。
シーナは教壇の前に立つと、ラウドネス、と小さく呟き、途端に表情を引き締めて第一声を発する。

「皆さん、ようこそお集まりくださいました。私、この大学の客員主任教授を務めておりますシーナ・フィラネスと申します。今回は学長のご進言を受け、
『魔法探査の発展的改良とその実践』という題目で特別講義をさせていただく運びになりました。最後までご静聴くだされば幸いです。」

 アレン達は、それまで女神を思わせる穏やかそのものだったシーナが漂わせる凛とした雰囲気に身が引き締まる思いがする。
ざわめいていた講義室は一瞬にして静まり返った。シーナの声は大きくこそなってはいるものの、怒鳴ったわけでも、静まれ、と言ったわけでもないのに
こうも態度を豹変させるとは、やはり客員主任教授という名誉ある肩書きと、シーナが漂わせる魔術師の最高峰Wizardとしての威厳を感じたからだろう。

「尚、今回の講義には私と私の夫が行動を共にする仲間が聴講に加わっております。ローブを着ていないのは彼らが専任の魔術師でないからであり、
譬え魔術師でないからといっても今回の講義に関心を持って聴講に加わったのですから、その点は兎角魔術師が陥りがちな特権意識を排する上でも
極めて注目に値する行動です。皆さんも余計な特権意識を捨て、社会に貢献する職業としての魔術師の意識を持っていただきたいと思います。」

 シーナの言葉で、「部外者」であるアレン達の聴講が完璧に認められた。
アレン達の近くに居る魔術師達の視線が一旦アレン達に集中するが、直ぐにそれはシーナの方に向けられる。なるほど、彼らがシーナ主任教授の仲間
なのか、と納得したのだろう。或いは、シーナ主任教授が仲間と言う人物だからそれなりの人物なのだろう、と思ったのかもしれない。

「前置きはこのくらいにして、早速講義を始めたいと思います。」

 シーナが言うと、講義室全体の空気が一気に張りつめたものになる。

「まず皆さんに伺いますが、魔法探査を実際に行ったことがある人は居ますか?行ったことのある人は手を挙げてください。」

 鮨詰めの講義室から上がる手はちらほらで、フィリアとイアソンも手を挙げるが、割としっかり手を挙げたイアソンとは対照的にフィリアは恐る恐るといった
感じだ。というのも、イアソンは「赤い狼」在籍中に敵や魔物の探査に使ったという実績があるが、フィリアは探し物のために使ったという私用のレベル
だからだ。フィリアの魔法探査使用の「実績」を知っているアレンは、口を押さえて吹き出す。

「皆さんは此処で魔術の学習や研究に携わっているわけですが、それを自分の殻に閉じ込めてしまうのでは、先程も言ったように社会に貢献する職業と
しての魔術師という観点からすれば問題があると言わなければなりません。魔術の学習や研究で得た知識や発見は良い形で社会に還元させるべきであり、
つまりは魔術師のみが行える技術である魔術の使用、魔法解析、そして今回お話する魔法探査は人々の役に立つものとして使われるべきでは
ないでしょうか。」
「「「「「・・・。」」」」」
「手を下ろしてくださって結構です。私はこれまで方向が直線的で、しかも探査距離が魔法と名が付く割には短い、余程近付かないと対象の形状の詳細な
特定が困難だったという魔法探査の欠点を改善することに成功しました。まだ研究段階ではありますが、皆さんにとって良い刺激となれば幸いです。」

 シーナの講義は続く。
シーナは魔法が使えないアレンとリーナや魔法探査をしたことがない多くの聴講者を意識してか、まず魔法探査とはどういうものかというレベルから説明を
始める。その説明は魔法に関する知識が殆どないアレンとリーナにも感覚的に、ああなるほどそういうものか、と理解出来るもので、魔術が使えるフィリアと
イアソンにとっては非常に分かりやすいものだ。

「−魔法探査の基礎はこのようなものですが、この場合、魔法探査のために放射する魔力が微量であるため、ジェルバンの法則27)によって魔力が放射から
対象での反射、そして帰還までの過程で弱まってしまうため、距離が短い、対象の形状の詳細な特定が困難だったわけです。しかし、だからと言って
単純に魔力を強めると、使用者の負担が大きくなるという別の問題が生じます。そこで魔力を強める手段を私や皆さんの左手に埋め込まれている賢者の石に
求めることを考案しました。」

 シーナの解説に講義室が俄かにざわめく。魔術を使えるアイテムである賢者の石を魔力増幅に使うことなど、考えもしなかったのだろう。
アレン達は一様に自分達の左手に埋め込まれた賢者の石を見る。単に魔術を使えるアイテムとしか認識していなかったこの賢者の石が、魔力増幅の効力
まで持っているとは想像し難い。

「賢者の石による魔力の増幅は結論から言えば可能です。その理論の詳細は今回の講義では時間の関係上省略させていただきますが、私が実践した
ところ、賢者の石による魔力増幅は安全に行えることが判明しています。賢者の石に魔力を放射することにより、左手を貫通する形で魔力がおよそ1万倍に
増幅出来ます。この賢者の石によって増幅した魔力は放射状に広がることも明らかになりました。故に従来の魔法探査の弱点であった、距離が短いことは
勿論、直線的であるという問題も克服出来たのです。」

 講義室が大きくどよめく。魔法探査のまさに革命的な、同時にヘンダルの卵28)的な発見と言えるシーナの研究発表に素直に驚いているのだ。
それはフィリアとイアソンは勿論、魔法が使えないアレンとリーナも、凄いことだ、と思わざるを得ないものだ。

「では続いて、この放射状に増幅された魔力を用いてどのように対象の形状の詳細な特定を行うのかを説明していきたいと思います。」

 ざわめきがぴたりと収まった広大な講義室に、シーナの声が響く・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

24)魔術を取得して魔力を上げる:Scene2 Act3-3の会話で出て来たとおり、魔力(精神力とも言う)は「精神集中が容易に行える、非常に安定した状態」を
指すので、魔法を取得することで必然的に精神集中の機会や回数が増える、即ち魔力の上昇に繋がるのである。


25)ローブの色も様々:カルーダ王立魔術大学では学生と研究員の階級に応じて着てよいローブの色が決まっている。学生は研究員の色以外なら何でも
良い。白のローブを着ることが許されるのは主任教授のみである。


26)ラウドネス:文中にあるとおり、声を大きくする魔法。力魔術の一つで風の属性を持つ。簡単なのでNovice Wizardから使用可能。

27)ジェルバンの法則:微量な魔力は距離の2乗に比例して弱まっていくという魔術の基礎法則。このため、魔法探査は対象までの距離の影響を受けやすい。

28)ヘンダルの卵:昔、ジュエリ島(ドワーフという種族だけが生活する稀少な宝石の産地)を発見したヘンダルという冒険家が、自分を妬んだ人達に「ゆで卵を
立てる方法は?」と問い、先を潰すことで立て、人がやったものを簡単だと思うのは簡単だが、実際に実行するのは難しいと説いた逸話。我々の世界で
言うところの「コロンブスの卵」と同じ話。


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