Saint Guardians

Scene 5 Act 3-2 出発U-Setting outU- 様々な顔を持つ女の献身と指導

written by Moonstone

「おかしいわね・・・。自己再生能力(セルフ・リカバリー)の発動速度を考えれば、もうとっくに塞がっている筈なのに・・・。」

 シーナはドルフィンのほぼ全身を覆う包帯を取り替えながら、困惑した表情で呟く。
セイント・ガーディアンの一人ゴルクスの襲来とゴルクスとの戦闘から、既に1週間が経過している。にも関わらず、ドルフィンの傷は未だ回復していないのだ。
 アレンの例を見れば分かるように、自己再生能力(セルフ・リカバリー)が備わっていれば内臓が潰されても、骨に皹が入っても、本人が生きてさえいれば
時間の経過にしたがって回復するのだ。その速度は傷の回復を撮影した映像を高速再生したものより早い。如何にドルフィンの傷が深かったとはいえ、
シーナの呟きどおり1週間もあればとっくに回復している筈なのだ。なのにドルフィンの傷は一向に回復しない。縫合で言わば傷口を無理矢理くっつけて
いるにも関わらず、自己再生能力(セルフ・リカバリー)の発動を示す白煙が絶えず立ち上っているにも関わらず、傷口からの出血は止まらない。傷口が
塞がっていない証拠だ。特に刺された部分の傷は深いから、流石のドルフィンもその痛みに時折呻き声を上げ−一般人なら絶叫を上げ続けていても不思議
ではない−、シーナが定期的に鎮痛剤を調合して投与していた。
 腹や足を斬られたため立ち上がることすら出来ない−人間は直立姿勢を保つ際、腹筋も使う−ドルフィンの介護のため、シーナはこの1週間あまり殆ど
寝ていない。介護と一言で言ってもすることは多い。時間が経てば血が滲んでくる包帯の取替えや横になる姿勢の変更、薬の投与、食事−専ら調合した
流動食だが−を食べさせること、更には下の世話まですることは山とある。それらをシーナは一人でこなしている。普通なら倒れていてもおかしくない
ところだが、ドルフィンへの強い想いがシーナを突き動かしているのだ。
 朝が訪れたのを窓の輝きの強まりで見ると、シーナはドルフィンのほぼ全身を覆う包帯の取替えを再開する。
ドアがノックされる。シーナが包帯を取り替えながら、どうぞ、と応対するとドアが開き、メイドが食事の乗ったトレイを持って入って来る。ドルフィンは普通の
食事を食べられる状態ではないと伝えてあるため、メイドが運んできたのはシーナの分だけである。

「お嬢様。お食事を運んで参りました。」
「ありがとう。薬草の入っている容器の傍に置いておいてくださいね。」
「かしこまりました。」

 メイドはシーナに言われたとおり、薬草が入っている容器の傍に食事の載ったトレイを置く。

「お嬢様。お身体は大丈夫なのですか?この1週間殆ど寝てらっしゃらないのでは・・・。」
「1週間くらい寝ないことは修行時代にはよくあったことだから、貴方が気に病む必要はないわ。」
「そうですか・・・。では、何か御用がありましたら何時でもお申し付けください。」
「ありがとう。」

 メイドが部屋から出て行くと、シーナは包帯の取替えを終わり、ようやく一息吐く。

「シーナ・・・。寝ないと身体に毒だぞ・・・。」

 既に目を覚ましていたドルフィンが言う。

「私は大丈夫。それよりドルフィンの傷がなかなか塞がらないのが気がかりなのよ。もうとっくに回復していてもおかしくないのに・・・。」
「傷口の具合は・・・観察したのか?」
「ええ。自己再生能力(セルフ・リカバリー)が発動しているのは間違いないんだけど、傷口の塞がりが異様に遅いのよ。縫合で何とか誤魔化している、って
いう感じだわ。この調子だと、傷口が完全に回復するのに2、3ヶ月はかかりそうよ。」
「2、3ヶ月か・・・。お前と生き別れになっていた3年間を思えば・・・短いもんさ。」
「それはそうだけど・・・。ドルフィンが苦痛に苛まれる姿を見るのが辛いのよ。私が無力だったばかりに・・・。」

 シーナはドルフィンにキスをして、ドルフィンに覆い被さるように身を乗り出して頬を摺り寄せる。

「お前のせいじゃない・・・。全てはゴルクスの奴の仕業だ・・・。それより一度寝ろ。幾ら何でも身体がもたないぞ・・・。」
「私の全てはドルフィンのためにあるの。だからドルフィンは気にしないで・・・。」

 シーナがドルフィンの耳に甘い言葉を流し込んでいると、ドアがノックされる。シーナが身体を起こして、どうぞ、と応対するとドアが開き、アレン達4人が
入って来る。

「おはようございます。どうですか?ドルフィンの具合は。」
「それが・・・未だに傷が回復しないのよ。」

 イアソンの問いにシーナが顔を曇らせる。

「それはおかしいですね・・・。ドルフィン殿には自己再生能力(セルフ・リカバリー)が備わっている。如何にドルフィン殿が負った傷が深くても、もうとっくに
回復していても何ら不思議ではないのですが・・・。」
「今度包帯を取り替える時に傷口の一部を採取して、魔法解析をしてみるわ。もしかすると、ドルフィンを斬った剣に新種の病原菌が付着していたかも
しれないから。生物改造に執着していたゴルクスなら、傷口の回復を妨げる新種の病原菌を開発していた可能性があるわ。」
「ゴルクスが生物改造を?」
「ええ。あれでもゴルクスは私と同じ医師免許を持ってるの。もっともその技術を人のために使った例(ためし)は私が知る限り一度もないけどね。」
「そうですか・・・。」

 イアソンはゴルクスの意外な一面を知って少し驚く。ドルフィンと同じくらいの身長と体格を誇り、その身長と同じくらいの巨大な斧を羽のように軽々と
振り回していた姿からは想像し難い。

「ところでシーナさん。この1週間殆ど寝てないみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「平気よ。クルーシァに居た頃は医師と薬剤師の勉強をしてから魔術研究をする、なんてこともしょっちゅうやってたから。」
「その後で丸1日寝てただろう・・・。こんなことやってたら肌が荒れるぞ。」

 アレンの問いに快活に答えたシーナの背後からドルフィンの声がする。シーナは慌ててドルフィンの口を塞ぎ、アレン達の方を向いて笑顔を作る。
その額には冷や汗が浮かんでいる。

「さ、さっきのは聞かなかったことにして頂戴ね。」
「聞き逃せませんよ、シーナさん。睡眠不足は肌荒れ、生理不順の原因になる女性の天敵ですよ。それに幾ら愛するドルフィンさんのためとは言え、
シーナさんが過労で倒れてしまったら誰がドルフィンさんの面倒見るんですか?私、包帯なんて巻けませんよ。包帯巻いたことないんですから。」
「俺も無理ですよ。俺は医療に関わった経験がありませんから。」
「私も同じです。」
「・・・薬の調合ならある程度出来るけど、包帯の取替えとかは・・・。」

 アレン達が口々に言うと、シーナはドルフィンの口から手を離して、ふう、と溜息を吐く。

「皆ありがとう。でも、鎮痛剤や造血剤を定期的に投与しないといけないし、包帯も定期的に取り替えないと布団を汚しちゃうからね・・・。」
「それはそうですけど・・・。一度は寝ないと本当に身体壊しちゃいますよ。」
「・・・とりあえず、次の包帯取替えまでは私にさせて頂戴。その時に傷口の近傍を採取して魔法解析にかけるから。」
「はあ・・・。」
「その時に皆を呼ぶから、私の説明を聞いて包帯の巻き方を覚えてくれないかしら?」
「それは勿論。シーナさんだけに負担をかけるわけにはいきません。」
「あたしもアレンに同じです。」
「俺も同じです。」
「ありがとう。それから・・・リーナちゃん。」
「・・・はい。」
「鎮痛剤と造血剤の調合方法を教えるから、覚えてくれる?」
「はい。」

 リーナは短く答えるが、調合方法を教える、というシーナの依頼にだけはシーナの方を向いて返答する。

「皆心配してくれてありがとう。良い子達と一緒に旅が出来て良かったわね、ドルフィン。」
「ああ・・・。まったくだ・・・。」

 部屋に和やかな雰囲気が広がる。
ドルフィンは独りで旅をしていたのではない。ドルフィンは勿論、自分の身をも案じてくれる心優しい仲間と旅をしていたのだ。シーナはそう実感し、
その場の雰囲気に合わせるかのように穏やかな笑みを浮かべる・・・。
 3ジム後、メイドを通じてアレン達に集合がかけられた。シーナは包帯取替えを担当するアレン、フィリア、イアソンの前で包帯の取替えを実演しつつ、
コツや注意点を説明する。

「ドルフィンは腹部にも傷があってそれを縫合してあるから、そこに圧力がかかるような身体の起こし方は禁物。」
「なるべく上体を起こさないようにするということですね?」
「そう。それで上体を支えながら手早く包帯を取って・・・。」

 シーナはアレンと共にドルフィンの身体を支える担当のイアソンの質問に答えた後、ドルフィンの上体を僅かに起こして手早く状態を包む包帯を取り外す。
そして先に言っていたとおり、ドルフィンの傷口付近の皮膚を一部メスで採取して小皿に乗せる。後の魔法解析の材料になる。
 ドルフィンの全身は床から数セム浮いている。シーナがフライの魔法をかけた結果だ。如何にシーナと言えど、一人でドルフィンのほぼ全身を包む包帯を
取り替えることは出来ない。魔法の力を借りていたのだ。

「そして予め置いておいたガーゼで傷口から滲んでいる血を手早く拭って・・・包帯を下の方から巻いていくの。この時、ドルフィンの上体を包帯を外した時と
同じ態勢で支えておくこと。そうじゃないと包帯を巻けないからね。」
「「はい。」」

 アレンとイアソンは真剣な表情で、ドルフィンの身体に手早く的確に包帯を巻いていくシーナの説明に返答する。間違ってもドルフィンの身体を床に
叩きつけるようなことはしてはならない。巨体のドルフィンを支える役割を担う二人は真剣そのものだ。

「包帯を巻く時は傷口に密着させるように、でも締め付けないように注意してね。医療の基本は患者に出来るだけ負担をかけないこと。
この基本に則れば、包帯が傷口からの出血が他に及ぶのを防ぎ、同時に患者の負担にならないように、ということになるでしょ?」
「はい。」

 包帯を巻く担当のフィリアもはっきりした口調で返答する。魔術師としては優秀な部類に入るフィリアも医療に関してはまったくの素人。現役の医師20)である
シーナの説明をしっかり頭に叩き込む。
 ドルフィンの包帯取替えは完了した。シーナが休んでいる間はこの作業を3ジム毎に行わなければならない。そんな作業に加え、薬草の調合と投与、
果ては食事や下の世話まで一人で1週間ずっとこなしてきたのだから、シーナの精神力はただものではない。これもドルフィンを誰よりも強く想うが故の
ものか、とアレン、フィリア、イアソンは思う。

「包帯の取替えはこんな感じ。これからリーナちゃんに鎮痛剤と造血剤の調合方法を教えるから、ドルフィンの身体で実際に感覚を掴んでおいて。私は
魔法を使って身体を浮かしていたけど、貴方達は自分の力でドルフィンの身体を支えなきゃならないから。」
「良いんですか?」
「今は鎮痛剤が効いているから大丈夫。ただし、玩具じゃないってことだけは忘れないでね。」
「は、はいっ!」
「も、勿論です!」

 シーナの優しい口調の裏に隠された言葉を感じ取ったアレンとイアソンは、身体をびくっと振るわせて返答する。そんなアレンとイアソンを見てくすっと
笑ったシーナは、ドルフィンにかけていたフライの魔法を解除して、身体をそっと床に横たえさせる。そして立ち上がると、複数の薬草が区分けされた容器と
数々の調合器具の傍に座っているリーナのところへ向かう。
 アレン、フィリア、イアソンがドルフィンの身体で包帯を取り替える感覚を掴んでいるのを振り返って見たシーナは、リーナと向き合う。リーナは憧れの
存在、現役の薬剤師であると同時に、決して敵わぬ恋敵でもあるシーナを前にしてどういう表情をして良いのか分からないで居る。視線を彼方此方
彷徨わせるリーナに、シーナは微笑みを浮かべて話し掛ける。

「さ、始めましょうか。リーナちゃん。」
「・・・はい。」

 リーナはシーナから視線を逸らしたまま、呟くような声で返答する。フィリアが目にしたら頭を沸騰させかねない態度だが、シーナは何ら気にする様子は
なく、穏やかな口調で話し始める。

「まずは鎮痛剤の調合方法から教えるわね。リーナちゃん。一つ聞きたいんだけど、薬剤師の実験実習はどの辺まで進んでる?」
「・・・基本調合、基本化合とその抽出、変質を伴う化合の基本まで。」
「そう。じゃあ初心者じゃないわけね。それなら安心だわ。今回教える鎮痛剤と造血剤は、基本化合とその抽出が出来れば簡単に理解出来るから。」
「あたしにも・・・出来るんですか?」
「ええ。貴方になら安心して教えられるわ。自信を持って。」
「・・・はい。」

 微笑みを絶やさないシーナの温かい励ましに、リーナはそれまで硬かった表情をようやく緩めて返答する。

「それじゃ早速だけど、鎮痛剤の調合方法から教えるわね。薬草は区分けしてもらったけど、間違うと大変なことになるから注意してね。」
「はい。」
「鎮痛剤はパルセルとピーガス、それからレシペルから作るの。まずは2つの擂鉢(すりばち)を用意して、パルセルとピーガスを1つの擂り鉢に、レシペルを
もう1つの擂鉢でそれぞれ等量粉末にするの。やってみて。」
「はい。」

 リーナは重ねて置いてあった小型の擂鉢を2つ自分の前に置き、それぞれに言われたとおり等量の薬草を入れて、擂粉木(すりこぎ)で粉末にする。薬剤師と
しての基本を身につけているリーナにとって、この程度のことは基本中の基本であり、楽な作業である。2つの粉末が出来上がったところで、シーナが
説明を再開する。

「それじゃ次に、パルセルとピーガスの粉末を小皿に移して、煙が出るまで熱するの。匂いがしないから、煙が出たのを見逃さないようにね。パルセルと
ピーガスの混合物を長時間加熱していくと・・・どうなるんだっけ?」
「え・・・、ディルゴという化合物になります。毒性がある・・・。」
「そのとおり。だから加熱のし過ぎにはくれぐれも注意して、混合物の様子をよく観察していてね。じゃあ、やってみて。」
「はい。」

 リーナはパルセルとピーガスの粉末を小皿に移し、鉄製の小型の三脚の上に乗せて、下から小型ランプの炎で熱する。すると3ミム程で白い煙が上がり
始める。リーナはランプを退け、熱せられた小皿を専用の器具で取って床に置く。

「次はその化合物とピーガスの粉末を混ぜ合わせて擂鉢で粉末にしつつ混ぜ合わせるの。」
「化合物は見たところ粉末ですけど・・・。」
「実は乾燥させた薬草のような状態になってるの。だからもう一度粉末にする必要があるの。それと、ピーガスの粉末と混ぜ合わせることで、目には見えない、
匂いも煙もないレベルの化学反応が起こって、目的の鎮痛剤が完成するってわけ。やってみて。」
「はい。」

 リーナは言われたとおりに、化合物をピーガスの粉末が入っている擂鉢に入れて粉末にする。シーナの言ったとおり化合物は固形物と化しており、
擂粉木で擂ると簡単に粉々になっていく。完全に粉末になったのを確認して、リーナは擂粉木を動かす手を止める。

「それで完成。あとはそれを水と合わせてドルフィンに飲ませれば良いのよ。」
「これで・・・完成ですか?」
「そう。呆気ないでしょ?」
「私が読んだ本にはもっと難しい方法が書いてあったんですけど・・・。」
「この調合方法は私が4年前に考案したものなの。だからそれ以前に発行された学会誌や本には掲載されてないわ。この方が簡単で手軽でしょ?」
「はい・・・。」

 リーナは、独自に簡単な調合方法を考案するところまで知識と技術を備えているシーナに素直に感嘆する。
父フィーグも、多忙な合間を縫って独自に考案した調合方法を何度も考案して、論文に纏めて学会に送付していたし、自分もそれが掲載された学会誌を
読んだことがあるが、フィーグは薬剤師歴20年以上の大ベテランである。見た目自分とそれほど歳が離れているとは思えない若い薬剤師が、従来の方式を
根本から覆すような方式を編み出しているのは、稀に見る逸材の証だ。

「シーナ・・・さん。歳って・・・幾つですか?」
「私?20歳よ。でもドルフィンと半月遅れで同じ年に生まれたから、あと・・・二月で21歳になるわ。」

 リーナの口を思わず突いて出た質問に、シーナは微笑みながら答える。
21歳として、4年前に考案したということは、少なくとも17歳で薬品の調合方法を独自に考案出来るレベルに達していたということになる。ベテランの
薬剤師でも難しいと言われる既存の薬品の抜本的な調合方法の開発を17歳で考案出来るレベルに達していたという事実は、薬剤師になることや薬草の
調合の難しさを知るリーナを驚かせるには十分過ぎるものだ。

「リーナちゃんは幾つ?」
「あ、え・・・っと、15です。あと一月ほどで16になります。」
「そう。私もその頃は必死で勉強したものよ。だからリーナちゃんも勉強すればきっと一人前の魔術師になれるわ。頑張ってね。」
「はい。」

 リーナがいかにも嬉しそうな笑みを浮かべて返答したのを受けて、シーナは目を細める。ちょっとしたきっかけでリーナが素直に他人に歩み寄ることが
出来たという、今までのリーナを知る者なら目を疑うような奇跡的瞬間である。

「さて、その鎮痛剤だけど・・・、1回に飲ませる量はその量の半分くらいってところね。空気中に置いておくと酸化して効力が激減するから、作り溜めは
出来ない、と思ってもらった方が良いわ。面倒だけど必要量を1回1回調合して頂戴ね。」
「分かりました。これはこのままにしておいて良いんですか?」
「造血剤を作ってもらってから直ぐにドルフィンに飲んでもらうから、それくらいまでは十分効力は保持出来るわ。安心して。」
「はい。」
「それじゃ次は造血剤の調合方法を教えるわね。これはちょっとややこしいからしっかり覚えてね。もし分からなくなったら遠慮なく言って頂戴ね。」
「はい。」

 リーナの返答がはきはきしたものになってくる。まさかこんな旅先で現役の薬剤師から調合方法を教わるとは思わなかったこともあるし、シーナに対する
敵愾心が消滅したのもある。

「造血剤はヘシデン、パーケスス、チラチナ、そしてミンダオから作るの。まずはそれぞれを等量粉末にすることからね。」
「やります。」

 リーナは擂粉木に付着している薬草の粉を専用の道具で丁寧に取り除くと、小型の擂鉢を4つ並べて、指定された薬草を入れて粉末にする。幾ら簡単で
楽な作業とは言え、4回も同じ作業をするのはそれなりに大変なことだ。だが、シーナに代わってドルフィンに定期的に薬を投与するという重大任務を
背負うことになった以上、手と神経を抜くわけにはいかない。自分も何れは必ず薬剤師になり、父フィーグの後を継ぐ。今回は絶好かつ重要な修行の
機会だ。リーナは心の中でそう強く念じながら、作業を手際良く進める。
 4つの擂鉢に薬草の粉末が現れたところで、シーナが説明を再開する。

「ここからが大事。よく聞いてて頂戴ね。」
「はい。」
「まずはヘシデンを小皿に移して、そこに等量の水を入れるの。そして沸騰するまで加熱。やってみて。」
「はい。」

 リーナは小型の三脚に小皿を乗せ、そこにヘシデンの粉末を入れ、更にそれと同量の水を注ぎ込み、退けておいた小型のランプで下から加熱する。
すると次第に底に泡が生まれ、やがて水蒸気を発しながらブクブクと水面で弾け始める。リーナはそこで素早くランプを退け、専用の器具で小皿を床に移す。
ヘシデンは青褐色から茶褐色の液体になった。

「次はパーケススを小皿に移して赤く色付くまで加熱。そしてチラチナは小皿に移して等量の水と混合。ミンダオはそのまま。やってみて。」
「はい。」

 リーナは別の小皿にパーケススの粉末を入れ、小型の三脚に乗せると小型のランプで加熱する。すると黄褐色のパーケススの粉末が側面から徐々に赤く
なっていき、やがて全体が赤くなる。不思議と匂いや煙は発しない。
 リーナはランプを退けてから専用の器具で小皿を床に移す。続いてチラチナの粉末を別の小皿に移し、そこに同量の水を加えて薬指でよく掻き混ぜる21)。深い緑色の液体が出来上がる。
4種類全てが揃ったところでシーナが説明を再開する。

「出来たわね。それじゃ次は、ヘシデンを加熱した液体とチラチナと水との混合物を混合して、水分がなくなるまで加熱するの。シューシューっていう独特の
音を立てるから音に注意してね。加熱し過ぎるとアラクラーゼっていう強い毒性を持つ物質になるから、音がし始めたら加熱は止めること。」
「はい。」
「それが完了したら、パーケススを加熱したものとミンダオの粉末と一緒に擂鉢に入れて粉末にするの。そうすると鎮痛剤の時と同じように目にも見えないし
匂いも煙も発しないレベルでの化学反応が起こって、造血剤が出来るの。・・・やってみて。」
「はい。」

 リーナはシーナの説明どおりに、ヘシデンを加熱して出来た液体とチラチナと水との混合物を小皿の上で作り、それを小型の三脚に乗せてランプで
加熱する。水分は次第に水蒸気を上げ始め、やがてブクブクと沸騰し、どんどん水かさを減らしていく。水が沸騰する時のブクブクという音が止んでも尚
加熱していくと、シューシューという音が鳴り始める。
 リーナはランプを退かして専用の器具で小皿を取り、別の擂鉢にそれを投入し、そこへパーケススを過熱したものとミンダオの粉末を入れ、擂粉木で
念入りに粉末にする。加熱して出来た物体は固形化しており、擂鉢と擂粉木で粉末にしないといけないのだ。リーナが粉末化の作業を終えると、シーナは
満足そうに頷いて言う。

「これで完成よ。あとは鎮痛剤と同じように水と合わせてドルフィンに飲ませて頂戴ね。これも空気中に放置すると酸化して効力が減少するから、1回1回
調合してね。量はこのくらいで良いから。」
「分かりました。」
「もし分からなくなったら遠慮なく言ってね。事故があってからじゃ手遅れだから。」
「大丈夫です。シーナさんの説明をしっかり頭に入れましたから。」
「じゃあ、ドルフィンのこと、お願いするわね。今回作った薬は早速今から投与してあげて。」
「はい。」

 リーナがはっきりした口調で返答して頷くと、シーナは緊張感を一気に緩めるような穏やかな微笑みを浮かべ、立ち上がる。そしてドルフィンの傍に
座っているアレン、フィリア、イアソンのところに歩み寄る。

「ドルフィンの流動食は調合して瓶詰めにしてあるから、大体5ジムくらいの間隔で飲ませてあげて。1回につきスプーン10杯で良いから。」
「「「はい。」」」
「下の世話だけど・・・食事が流動食で量も少ないから排泄物は少ないけど、ドルフィンがもよおしたら誰かが世話をしてあげてくれないかしら?」
「俺がやります。」

 シーナの依頼に、アレンが真っ先に名乗りをあげる。その青い瞳には何ら迷いの色はない。

「ドルフィンは俺のために今まで一緒に旅を続けてくれたんです。少しでもそのお礼になれるのなら喜んでやります。」
「ありがとう。じゃあ、アレン君にお願いするわね。尿瓶(しびん)はあれだから。」

 シーナはドルフィンの足元に置かれている、蓋付きの小さな壷を指差す。
アレンがそれを見て頷いたのを見ると、シーナはドルフィンに鎮痛剤と造血剤の投与を始めたリーナを含めた4人全員に言う。

「それじゃ私は一休みさせてもらうから・・・。でも、何かあったら直ぐに起こしてね。特にリーナちゃんは。」
「はい。」
「あとはお願いね。お休みなさい・・・。」

 シーナはそう言うと、ドルフィンの隣で自分の左腕を枕にして、アレン達の方を向いた形で横になる。そして間もなく目を閉じ、スースーと軽やかな寝息を
立て始める。

「・・・やっぱり、相当疲れてたんだな。」
「そりゃそうよ。あたし達が3人がかりでする包帯の取替え、それに加えてリーナがやってる薬の投与、更に食事に下の世話までぜーんぶ一人で、それも
1週間殆ど寝ないでやってたんだもの。倒れなかった方が不思議だわ。」
「シーナさんが休んでいる間、俺達が力を合わせてしっかりドルフィン殿の面倒を見ないといけないな。」
「徹夜の連続の後で寝たのを起こすなんて、幾らあたしでもしたくないわ・・・。イアソンの言うとおり、あたし達がしっかりしないとね。」

 アレン達4人は顔を向き合わせ、同時に頷く。その表情は真剣そのものだ。

「すまないな・・・。俺が無様なばかりに・・・。」

 ドルフィンが自嘲混じりに言うと、アレン達が口々に「反論」する。

「何言ってるんだよ、ドルフィン。今まで色々助けてもらったんだから、今度は俺達が助ける番だよ。」
「そうですよ。あたし達は旅を共にするパーティーなんですから、協力し合って当然です。」
「ドルフィンは、今は自分が治ることだけ考えてれば良いのよ。気にしないで。」
「困った時はお互い様、ですよ。ドルフィン殿。」
「・・・ありがとう。」

 ドルフィンは急速に目頭が熱くなってきたのを感じて目を閉じる。薬の投与を続けていたリーナは、困った様子でドルフィンに言う。

「ちょっとドルフィン。目を開けててくれてなきゃ、薬を飲ませられないじゃないの。」
「あ、悪いな。」
「リーナ。あんた口の利き方なってないわよ。」
「構わん。さっきお前自身が言っただろ?俺達は旅を共にするパーティーだ、ってな・・・。パーティーに協力関係は必要でも上下関係は不要だ・・・。」
「そ、それは仰るとおりですけど・・・。」

 フィリアは何か言いたげな表情で、ドルフィンに薬を投与するリーナを見る。魔術師の戒律に厳格なフィリアは、自身が尊敬して止まない存在の一人である
Illusionistのドルフィンに、兄のように気楽に接するリーナの態度がどうしても腑に落ちないのだ。

「フィリア、静かに。シーナさんを起こしてしまう。」
「大丈夫だ・・・。1週間寝ないで俺の世話をしてきたんだ。そう簡単に目覚めやしないさ・・・。昔からそうだった・・・。」

 無声音でフィリアを嗜めたイアソンに、ドルフィンが言う。パーティーの喧騒を他所に、シーナは愛するドルフィンの隣で静かな寝息を立てている・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

20)現役の医師:医師は医療助手の技術や知識も有している。そのため、僻地の診療所などでは医師一人で全ての作業を行うこともある。

21)薬指でよく掻き混ぜる:薬草や薬品の混合は薬指で行うのが基本。万が一の事故で喪失しても日常生活にさほど支障を来さないためというのが理由。

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