Saint Guardians

Scene 5 Act 1-3 希望U-WishU- 記憶を取り戻す鍵を探して

written by Moonstone

 ドルフィンとシーナはザリダ砂漠を東へ進んでいた。とは言っても、シーナの体調を最優先して出来るだけオアシスに立ち寄り休憩を取っていたので、
一直線とはいかないでいた。ザリダ砂漠を熟知しているドルフィンは、オアシスでシーナの水分補給と休憩を十分に取り、目的地のカルーダへ近付いていた。
夜はドルフィンの膝枕でシーナが寝るのが当たり前になっていた。二人の間の障壁は完全に取り除かれたと言って良い。
 モールの町を出てから5日目の昼。この日は砂漠に珍しく朝からの雨で、乾き切った砂は水分を含んで彼方此方で濁流を作り、大地が大小の川で覆われた
ような感じになっていた。勿論、ドルフィンが結界を張り巡らせているので、二人が濡れることはない。大粒の雨が激しい雨音を立て続ける中、二人を乗せた
ドルゴは全速力で疾走していた。
 その途中、ドルフィンははるか前方で戦闘が起こっているのを発見した。その戦闘は人間対魔物ではなく、人間同士の争いのようだ。水ならあり余るほど
空から降ってくるのに争う要因などあるのか−砂漠での人間同士の争いは水を原因とすることが殆どだ−と思ったドルフィンは、ドルゴを戦闘場所へ
近付ける。
近付くにつれて、戦闘の状況がはっきりしてきた。革の鎧とロングソードといういでたちの多数の隊商らしい集団と、黒いローブを纏った一人の老魔術師が
戦闘を繰り広げていたのだ。しかも、状況は魔術師の一方的勝利へ向けて明らかに前進しており、濁流流れる大地には多数の焼け焦げた死体が散乱
していた。

「くそっ!俺達が何をしたって言うんだ!」
「だから言ってるだろう?ドルフィンを見たかどうか、と。」

 雨音の中に会話を聞いたドルフィンは、自分の名があることを耳にしてドルゴを戦闘地域へより接近させる。

「また獲物かい?ちょっと止まって貰うよ!」

 結界を張って男の攻撃を防いでいた老魔術師が、ドルフィン目掛けて魔法を使用する。

「イクスプロージョン!」

 ドルフィンの結界で大爆発が起こるが、爆炎が消えた後には無傷の結界があった。ドルフィンとシーナは勿論無傷である。

「ほほう・・・。多少骨のある相手のようだね。雑魚のお前には消えてもらうよ。」
「何?!」
「サンダー。」

 魔術師が言うと、男の全身を青白い稲妻が包み込み、絶叫を上げる男は黒焦げになってその場に倒れる。その場は夥しい数の死体とドルフィンとシーナ、
そして老魔術師のみとなった。老魔術師はドルフィンの顔を見て、表情を驚きに変え、そして喜んでいるのかニタニタと気味悪い笑いを浮かべる。

「まさか本人に出会えるとはねえ。」
「俺に何の用だ?」
「決まってるさ。あんたを殺すためだよ。あんたが生きているという情報が聞こえてきたもんでねえ。まさかとは思ったが生きていたのは・・・。」
「ドルフィンさん。あの人、誰なんですか?」
「・・・そうか。記憶がないんだったな。奴はゼルゲル。セイント・ガーディアン、ゴルクスの犬だ。」
「セイント・ガーディアン?ゴルクス?・・・何処かで聞いたことがあるような・・・。」
「おや、その声はシーナかい。ゴルクス様を木っ端微塵にした罪、その身体をゴルクス様に捧げることで償ってもらうよ。」
「その前に俺を倒すことだな。」

 ドルフィンはドルゴから降り、左手に愛用の剣を持った隙だらけの体勢で結界を抜けて魔術師に近付く。

「あんた、結界もなしであたしに近付く気かい?」
「貴様如き、結界で身を守るまでもない。」
「相変わらず自信たっぷりだね。だが、私がNecromancerになったってことは知らないだろう?」

 ゼルゲルというその老魔術師は、そう言うと呪文を唱え始める。

「サー・ブント・エルヘルメスト・アンダルオン。光弾よ、嵐となってかのものに降り注げ。レイ・ストーム5)!」

 すると、空から雨に混じって大量の光弾がドルフィン目掛けて降り注ぐ。だが、ドルフィンは結界で防禦しようともしない。ドルフィンの身体が、光弾の
衝突による閃光と爆発音に包まれて見えなくなる。

「ドルフィンさん!!」

 シーナが悲痛な声を上げる。しかし、閃光が消えたところには、ドルフィンが仁王立ちしていた。その身体には傷一つついていない。

「うっ、レイ・ストームが効かぬとは・・・。ならば・・・」
「お遊びに付き合ってる暇はない。」

 ドルフィンの剣の柄と右手が一瞬消えた次の瞬間、ゼルゲルの両腕がポロリと斬れて落ち、切り口から鮮血を噴出す。ゼルゲルは絶叫を上げてその場に
倒れ、激痛にのた打ち回る。
ドルフィンはそんなゼルゲルの結界を素手で引き裂くように破り、ゼルゲルの頭を踏みつけて冷酷な目で見下ろす。

「ゴルクスは復活したんだな?」
「ぐああああーっ!!そ、そうだー!!ゴルクス様は復活なさったわー!!」
「シーナの魔法で粉微塵にされたんだ。復活に数ヶ月はかかっただろう?それでお前ら犬が血眼になって捜していたというわけか。」
「そ、そうだー!!」
「生憎だがシーナの居所を知られるわけにはいかん。貴様にはこの場で死んでもらう。あの世で貴様が殺した奴らに土下座して来い。」
「そ、そんなのやだー!!」

 ゼルゲルの必死の叫びは、次の瞬間、ドルフィンの踏みつけの圧力によって顔面がひしゃげることで強制的に終止符が打たれた。
ドルフィンは濁流に鮮血をぶちまける見るに耐えないゼルゲルの死体を放り出し、シーナの周りを覆っていた結界を一旦解除し、ドルゴに跨ると再び結界を
張り巡らせる。そして何事もなかったかのように死体の山を後にする。

「ドルフィンさん…。ゴルクスって人は私にとって何なんですか?」
「お前に横恋慕して、その地位と謀略でお前を我が物にしようとしてる奴さ。」
「してる奴って・・・木っ端微塵にされたって・・・。」
「ああ。だが、ゴルクスを覆っているセイント・ガーディアンの鎧は最大級の自己回復能力(セルフ・リカバリー)を発揮する。譬え木っ端微塵にされても
時間はかかるが復活する。鎧がゴルクスから離れない限り、奴は事実上不死身だ。これはゴルクスだけでなく、セイント・ガーディアン全員に言えることだが。」
「そ、そんな・・・。」
「驚くのも無理はない。だが、ゴルクスが復活してお前を探していることが分かった以上、ぐずぐずしていられない。急ぐぞ。」

 ドルフィンはドルゴの手綱を叩く。ドルゴは更にスピードを上げて、雨の砂漠を疾走する・・・。
 更に3日後。強烈な陽射しが照り付ける中、ドルフィンとシーナは目的地のカルーダに到着した。
カルーダに入ったドルフィンは、シーナを連れてまず宿を目指す。ドルフィンに連れられて大通りを歩くシーナは既視感を感じるものの、どうしても
思い出すことが出来ない。
 ドルフィンはアレン達を連れて訪れた際に使用した宿を取ることに決めていた。イアソンが価格調査をして決定した宿であるし、実際の使い心地も悪く
なかったからだ。
人で混み合う大通りを暫く歩いて、ようやく二人は目的の宿に辿り着いた。ドルフィンはシーナと共に中に入り、受付の中年の女性に言う。

「二人だ。部屋は・・・。」

 ドルフィンがシーナの方を向くと、シーナは小さく頷く。

「二人部屋だ。暫く宿泊するから料金は後払いにしてくれ。」
「分かりました。お部屋の鍵はこちらになります。ごゆっくりどうぞ。」

 受付の女性は宿帳に何やら記録してから、鍵と共にドルフィンに差し出す。ドルフィンは羽ペンでさらさらと「シャーク・ミシェルン」と記入する。
万が一カルーダにゴルクスの息がかかった調査団が入り、宿をチェックされた際に所在がばれないようにするための処置である。
宿帳を受付の女性に返したドルフィンは、シーナの手を引いて鍵に記入された部屋の番号を探して建物内を歩き回る。少しして部屋は見つかった。
1階の115号室。中はこじんまりとしているが整然としていて狭いという印象は感じさせない。

「此処を拠点にして医師や魔術師に診て貰って、お前の記憶喪失の原因と対策を探る。・・・俺について来い。」
「はい。」

 部屋の隅に荷物を置いたドルフィンとシーナは、自然に手を取り合って部屋を出て行く。シーナはドルフィンと手を取り合うことに、もう何ら抵抗や
躊躇いを感じない。
この人となら何処までも一緒に居たい。何処までもついて行きたい。シーナは言葉にしないまでも、強くそう思っていた…。

 宿を出たドルフィンは、シーナを連れて大通りを歩いて入り口付近まで戻っていく。一体どうしたのか、とシーナが怪訝に思う中、ドルフィンはプラカード・
インフォメーションを少しの間じっと見詰めて、再び来た道を引き返していく。医師と魔術師の所在地を調べ、記憶したのだ。
記載されていた医師と魔術師の数は優に30を越える。しかし、ドルフィンはその名前と所在地を完全に記憶している。手始めに近いところにある医師の元を
訪ねるべく、ドルフィンはシーナを連れて通りを歩いていく。
 大通りから外れ、やや閑散とした住宅街の一角に医師の診療所が建っていた。ドルフィンはシーナを見て少し寂しそうな表情を浮かべて言う。

「本来なら、医師のお前が医師にかかる必要はないんだがな。」
「私・・・医師なんですか?」
「ああ。記憶が戻ったら此処の医学会本部へ行こう。紛失しただろう医師免許を再発行してもらいにな。まずは此処だ。」

 ドルフィンはシーナを連れて診療所の入り口を潜る。中は割と空いていて、ドルフィンは受付を済ませ、シーナに問診票に記入させた後、空いている椅子に
座らせて順番を待つ。ドルフィンはシーナの傍に立ち、常に万が一の自体に備える。ゴルクスの配下の者が実際にうろついている以上、何時襲撃されるか
分からない。そうなったら自分がシーナを守らなければならない。ドルフィンは順番を気にしつつも常に周囲に睨みを効かせて、シーナに近付こうとする者を
寄せ付けない。
 2ジムほど経過した後、シーナの名が呼ばれた。とは言っても勿論偽名である。これも自分達の痕跡を残さないための対策である。
一瞬誰のことかと戸惑ったシーナだが、ドルフィンに言われて偽名を使ったことを思い出し、慌てて返事をして立ち上がる。他の客がくすくす笑う中、
シーナは恥ずかしそうに頬を赤くしてドルフィンに連れられて診察室に入る。中には初老の白衣姿の男性一人と同じく白衣姿の若い女性二人が居た。
男性の方が医師で女性は医療助手6)だろう。

「ミール・シェングラントさんですね?どうぞお座りください。」
「お願いします。」

 ミール・シェングラントがシーナの偽名である。
シーナは初老の男性−医師だ−の前にある木の椅子に案内されて腰を下ろす。ドルフィンはその背後から様子を見守る。医師は医療助手の一人から
受け取った問診票に目を通してから、シーナの顔に手を伸ばす。反射的にシーナは迫ってくる手から遠ざかる。医師は苦笑いして言う。

「大丈夫ですよ。少し頭の具合を見させてもらうだけですから。」
「は、はい。」

 シーナは姿勢を整え、医師の手を受け入れる。医師はシーナのこめかみあたりに手を添え、シーナの頭を診る。

「外傷は・・・ないようですな。」

 医師は再び問診票を手に取って呟くように言う。

「問診票では高熱を出して、熱が引いた後自分の名前以外思い出せなくなった、とありますね。強度の打撲で記憶喪失になることがあるんですが、
外傷がないところからすると、その高熱が原因かもしれませんなぁ。」
「高熱の原因は?」
「それはこれから診察しましょう。君、注射器を。」
「はい。」

 医療助手の一人が注射器を棚から取り出して持ってくる。医師はシーナの左腕を取って肘の裏側を軽く擦って血管を浮き立たせる。

「少しチクっとしますよ。」
「はい。」

 医療助手がシーナの白い腕に注射針をそっと突き刺す。そしてピストンを静かに上げていくと、注射器の中に赤い血液が溜まっていく。
十分血液が溜まったところで、医療助手が注射器を静かに抜き、直ちに傷口にアルコールの匂いがする脱脂綿を当てる。

「5ミム程強く押さえていて下さい。止血しますので。」
「はい。」
「君。サーミスとレスコンシル、そしてミルオンザルを適量。」
「はい。」

 医師の指示を受けて、医療助手が棚から薬剤を持ってくる。医師はドルフィンとシーナに背を向けて、机の上で何やら作業を始める。
シーナから採血した血液に薬剤を投入して、その反応で病原体の抗体を見極めようというのだ。
試験管に分割したシーナの血液に、医師は薬剤を投入する。すると色が左から緑、青、白に変化する。医師はしかし、渋い表情で唸った後、カルテに結果を
記入する。そして再びドルフィンとシーナの方を向く。

「高熱の原因として考えられる病原体の抗体を調べてみたんですが、どれにも反応がないですねぇ。これは病気が原因ではないかもしれません。」
「というと?」
「私は専門外ですので断言は出来ませんが、特別な魔法によるものではないかと思うんです。」

 シーナの問いに医師が答える。ドルフィンはもしそうだとすると、これは医師ではなく魔術師に診せた方が適切だと思う。

「何れにせよ、医学的には異常は見られません。薬も必要ないですね。魔術師をあたってみることをお勧めします。」
「分かりました。ありがとうございました。」
「どうぞ、お大事に。」

 シーナが礼を言うと、医師は優しい言葉をかけてカルテを医療助手に手渡す。ドルフィンとシーナは診察室を出る。途端にシーナは不安げな表情になり、
ドルフィンの服の袖をぎゅっと掴む。

「安心しろ。医学的な可能性が消えただけのことだ。魔術によるものという可能性が新たに浮上した。そちらに治療の期待を託せば良い。」
「・・・そうですね。」

 ドルフィンの言葉でシーナの表情が少し明るくなる。ドルフィンは次の患者の邪魔にならないように、シーナの肩を抱いて診察室に通じるドアから離れて、
再び名前が呼ばれるのを待つ。
不安なのはドルフィンも同じだ。原因がいまだ不明なのだから。だが、ここで自分がうろたえては話にならない。シーナの心理的不安を少しでも軽くし、
診察に臨む気構えを持たせることが今の自分の使命だ、とドルフィンは思う。
 シーナを椅子に座らせたドルフィンは、此処から一番近い魔術師の場所を思い出し、次に期待を託す。シーナは左腕の脱脂綿を押さえたまま、不安げに
俯く…。
 再び名前を呼ばれて診察券を貰ったシーナは、診察代を支払ったドルフィンと共に診療所を出る。ドルフィンは左腕の脱脂綿を押さえているシーナの肩を
抱いて、此処から一番近い魔術師の事務所を目指す。
 魔術師は何も魔法を使って敵や魔物を撃退することだけが特技ではない。
Phantasmist以上になると古代魔術系が使用出来るということは先に紹介したが、その古代魔術系の中には、かけられている魔法の種類を識別したり、
その「対策」となる魔法を使用して魔法を解除する7)といったものもある。そういった特技を商売の道具にして独立している魔術師も居る。
ドルフィンとシーナが目指すのはそういう魔術師の事務所である。Illusionistのドルフィンがやっても良いのだが、専門家は独自に手早く魔術を識別したりする
手段を構築しているため、効率がはるかに違う。餅は餅屋、という格言は魔術の世界でも存在するものなのだ。
 住宅街を暫く歩いていくと、「魔術よろず」という看板が見えてくる。重複するが、魔術師と言うと我々では怪しいイメージが先行するが、この世界では
人々の生活に溶け込んで様々な貢献をする社会的地位の高い職業である。魔術師の事務所が住宅街の真っ只中にあっても何ら不思議でも奇妙でもない。

「あそこだな。」
「ドルフィンさん。魔術師の人に診てもらうって・・・。」
「魔力で身体にかかっている魔法の種類の識別やその対策をしてくれる。魔力でやるから痛くも痒くもない。」

 魔術師に診てもらうということに不安そうなシーナに、ドルフィンが解説して元気付ける。どうやらシーナは、今の生活をするようになってから一度も
魔術師とまともに接触したことがないらしい。お前は魔術師の最高峰Wizardなんだぞ、とドルフィンは言いかけたがそれを飲む込む。今のシーナには
戸惑いや不安を与える材料にしかならないからだ。
 二人は事務所の前に辿り着く。一見普通の住宅と何ら変わりはない。尚も不安げなシーナに代わってドルフィンが事務所のドアを開けて、シーナと共に
中に入る。

「いらっしゃいませ。」

 称号の低い−指輪を見れば分かる−若い男性見習魔術師が出てきて二人を出迎える。中は幸いというか、誰も客が居ない。待合室らしいこの部屋は
椅子が並んでいて薬などを渡す窓口があり、先程の診療所と大差ない。

「どんな御用ですか?」
「彼女の記憶喪失の原因が魔法によるものだという可能性を医師に指摘された。それで解析を依頼しにきた。」
「承知しました。それでは奥へどうぞ。」

 見習い魔術師の案内で、ドルフィンとシーナは奥の部屋へ案内される。そこでは、ローブを纏った一人の初老の男性−彼がこの事務所の主である
魔術師−が机の前に座っている。この部屋も一般家庭の居間と大差なく、シーナの不安は徐々に消えていく。

「先生。お客様です。」
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。」

 魔術師は笑顔で二人を出迎える。
見習い魔術師が魔術師の傍に向かい、依頼内容を伝える。魔術師は何度か頷いた後、シーナの方を向く。

「記憶喪失の原因が魔法によるものではないか、と医師に指摘されたそうですが。」
「はい。記憶喪失の原因になりそうな病原体の抗体は見つからなくて、外傷もないことから魔法によるものではないか、と・・・。」
「なるほど。ではそちらのソファに横になってください。」

 シーナは魔術師に言われたとおりに、部屋の壁際にあるソファに横になる。ソファは固過ぎず柔らか過ぎず、丁度良い具合だ。
魔術師は見習い魔術師が用意した椅子に腰掛け、シーナに言う。

「今から魔法による原因究明を行います。目を閉じてリラックスしてください。安心してください。手は一切触れませんので。」
「はい。」

 ドルフィンが見守る中、目を閉じたシーナの上で魔術師がぶつぶつと呪文を唱え始める。するとシーナの上空で白いもやのようなものが発生し、それが
全身に及ぶ。
更に魔術師が呪文を唱えていくと、白いもやのようなものが彼方此方で渦を巻き始める。次第に頭部の渦は複雑な模様を描いていく。
 尚も魔術師は呪文を唱える。頭部の渦が更に複雑な模様を描いていく。魔術師の額に汗が滲んでくる。見習魔術師がタオルでそれを拭う。魔術師は尚も
呪文を唱えるが、頭部の渦が描いた複雑な模様はそれ以上変化する気配がない。魔術師は呪文の詠唱を止める。すると、それまでシーナの上空にあった
白いもやのようなものがすっとかき消すように消えてしまう。

「これは・・・確かに魔法によるものですな。」
「やはり。」

 見習魔術師に額の汗を拭われながら、魔術師が言う。

「頭部で渦が複雑な模様を描いたでしょう?あれは頭部に何らかの魔法がかかっていて、それが記憶を封じているという証拠です。」
「では、魔術の種類や対策は?」
「申し訳ありませんが・・・Sorcererの私では手に負えないほど強力な魔術で、全容を把握することすら拒絶されました。模様があれ以上変化しなかったのは
それが理由です。ですので、対策のしようがありません。」

 ドルフィンの質問に、魔術師は申し訳なさそうに答える。
ドルフィンの表情に暗い陰が浮かぶ。記憶喪失の原因が魔法によるものだということは分かった。だが、その全容すら分からないのではどうにも手の
打ちようがない。
シーナが目を開けて身体を起こすと、ドルフィンがその両肩を抱く。

「此処では手に負えませんが、王立魔術大学の付属病院なら何とかなるかもしれません。紹介状を書きましょう。」
「お願いします。」

 魔術師は最初居た机に戻り、引出しから紙を取り出して羽ペンを走らせる。そしてそれを丁寧に折り畳み、封筒に入れてドルフィンに差し出す。

「これを付属病院の受付に提出してください。一般の受付より早く診察を行ってもらえます。」
「ありがとう。」
「お役に立てなくて申し訳ありません。お大事になさって下さい。」

 魔術師は丁寧に二人に向かって頭を下げる。ドルフィンは診察代と紹介状の執筆料金を払うと、シーナを連れて事務所を出る。
二人の表情はやや暗いが、まったく希望がないわけではない。記憶喪失の原因が魔術によるものだということが明らかになった。そしてそれは相当強力な
魔術であるということも分かった。これだけでも大きな一歩だ。
 更に「北のカルーダ、南のクルーシァ」と言われるほど魔術研究、開発が盛んなカルーダの王立魔術大学の付属病院への紹介状を書いてもらった。
あそこの付属病院ならWizardが居る筈だし、Wizardなら魔法の全容を掴み、その対策を講じることが出来るだろう。
 二人は住宅街を抜け、再び人で賑わう大通りに出て魔術大学を目指す。暫く歩いて通りを左に折れ、更に歩くと魔術大学の正門が見えてくる。
自宅とは比較にならない大きさの建物を見たシーナは、驚きで目を丸くする。

「凄い建物ですね。」
「そうだな。ここでならきっと、お前にかけられている邪魔な魔法を解除出来る筈だ。気を取り直していこう。」

 ドルフィンはシーナの手を握り直して門を潜り、門の傍の守衛所に向かう。

「これはこれはドルフィン様。今日は何の御用で?」
「付属病院で診察を希望したい。これが紹介状だ。」

 ドルフィンが紹介状を窓口に提出する。窓口の女性は封筒の中の紹介状に目を通して、再び折り畳んで封筒の中に仕舞う。

「確かに確認させていただきました。どうぞお進み下さい。」

 ドルフィンはシーナの手を引いて、講義棟に隣接する白い煉瓦造りの建物を目指す。シーナの記憶の封印が解かれることを願って、ドルフィンは付属
病院の正面入り口を潜る・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

5)レイ・ストーム:力魔術の一つで破壊系魔術に属する。魔法の光弾を天空から大量に投下し、目標を粉砕する。Sorcerer以上で使用可能。

6)医療助手:医師の診察やカルテ作成などの手伝いや事務処理などを行う職種。看護師に相当する。これも医学会の試験をパスすることが必要。

7)魔法を解除する:魔法名はディスペルで古代魔術系に属する。触媒は不要(厳密にはかかっている魔法)。Phantasmist以上で使用可能。しかし、呪詛は
魔法とは系統が違うのでディスペルでは解除出来ない。聖職者の衛魔術浄化系魔法が必要。


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