Saint Guardians

Scene 4 Act 2-4 進撃-Advance- 露呈する正体

written by Moonstone

 アレン達を先頭とする改革派一団は、洞窟の更なる奥へ順調に進行していた。
経路は激しく入り組み、足場も天井も凸凹ですんなりとはいかないまでも、幸い魔物の襲撃がないため、一団は躓かないように注意していれば良い。
アレンはチラッとフィリアとリーナの様子を見る。
フィリアとリーナの額には汗の玉が浮き出ている。魔力を相当消耗している証拠だ。
これまでの戦闘で二人共かなりの魔力を使ってきたから無理もないことだが、これ以上魔力を使わせるのは危険だ。
自分は魔力が殆どなく、先程の戦闘で手に入れたオーディンの召還も出来ない状態だが、それに勝るとも劣らない威力を持つ剣がある。
二人の安全を守るためにも、自分が戦闘を仕切るべきだろう、とアレンは思う。
 アレン達と改革派の一団は、やけに狭い通路が口を開けているだだっ広い空間に辿り着いた。
通路の幅は、四つん這いになってやっと潜れるかどうかというかという程度でしかないようだ。
アレンが前に進もうとした時、ミディアスが背後から制する。

「アレン殿!単独で進むのは危険ですぞ!」
「え?」

 アレンが思わず聞き返した時、前方の鍾乳石の壁が生き物のように蠢き始めた。
フィリアとリーナが思わず目を疑う中、壁が徐々に様々な色を帯び、細胞が分裂するかのように幾つもの部分に分かれていく。
そして壁は見る見る間に蝉の幼虫のような魔物に変貌し、一団目掛けて襲い掛かってきた。

「しょ、鍾乳洞が魔物になった?!」
「これは最終防衛線です。鍾乳石に擬態していて、知らずに近付いたものに襲い掛かるように仕込まれているのです。」
「くそっ!」

 アレンは結界を飛び出して魔物に斬りかかる。
アレンが剣を振るうと、魔物は呆気なく寸断されて、ぐちゃっ、という嫌な音を立てて地面に落下する。
どうやらこの魔物の防御力は大したものではなさそうだ。
アレンは次々と襲い掛かってくる魔物目掛けて剣を振り回す。
魔物は次々とアレンの剣で斬られて、真っ二つになって地面に落下していく。
 しかし、魔物が浮かび上がってくる壁は、徐々に後退していくものの一向に先が見えてこない。
アレンは懸命に魔物を迎撃していくものの、圧倒的多数の魔物を相手に決して軽くはない剣を振り回しているせいで、動きが鈍くなってきた。
見かねたフィリアとリーナがそれぞれ魔法の使用や召還を試みる様子を見て、アレンはそれを制する。

「二人は魔力を使うな!この先何があるか分からないんだから!」
「だってアレン!そんな大量の魔物を一人で相手してたら身体がもたないわよ!」
「俺は後で体力を回復してもらえば良いけど、フィリアとリーナはそういうわけにはいかないだろ!」

 アレンはそう叫びつつ、次から次へと襲い掛かる魔物を撃退していく。
アレンの剣の切れ味は冴え渡り、魔物をいとも簡単に寸断していく。
真っ二つになった魔物の死骸が、地面にどんどん降り積もっていく。
懸命に魔物と戦うアレンを、アレンを慕うフィリアは勿論だが、普段はいたってクールなリーナも不安そうに見詰めている。
その背後でミディアスが邪悪な笑みを浮かべているが、戦闘で手がいっぱいのアレンと、アレンの動向が気がかりなフィリアとリーナは気付かない。
 壁はどんどん後退していき、やがて広大な空間が前方に姿を現した。
アレンは力と気力を振り絞って、残る魔物を次々と斬り倒していく。
何十何百倒したのか見当もつかない数の魔物を全て倒したアレンの前に、無残な魔物の死体が累々と散乱し、蓄積している。
魔物が襲い掛かってこなくなったのを確認したことで緊張の糸が切れたアレンは、その場にがっくりと跪き、そのまま前のめりに崩れ落ちる。
それを見たフィリアとリーナは急いでアレンの元に駆け寄る。
フィリアとリーナは周囲の安全を確認して結界を解き、フィリアがアレンを抱き起こしたところでリーナが再び結界を張る。
アレンは息も絶え絶えで、戦闘どころか立つこともままならない様子だ。

「早くアレンに回復魔法を!」

 フィリアが改革派の僧侶に叫ぶが、改革派の僧侶達は顔を見合わせあうものの近付いてこようとはしない。
それを見てカッとなったフィリアは、眉を吊り上げて怒鳴る。

「何ぼやぼやしてんのよ!早く回復魔法を使いなさいよ!」

 厳つい男達でも怯むようなフィリアの怒声を受けても、改革派の僧侶達は一向に近付いてこようとしない。

「戦闘は人任せで回復はこれ以上出来ない、っていうんじゃないでしょうね?それだけ頭数揃えてるのに。とっとと来なさい。さもないと・・・。」

 リーナが鋭い視線を向けながら、改革派の僧侶達をびしっと指差す。
応答次第ではレイシャーで数人ぶち抜いてでも回復魔法を使わせようという意思表示だ。
ホワイトリザードを貫き、オーディンをもぐらつかせたリーナの召還魔術を使うぞ、という意思表示を見て、改革派の僧侶達は一様に青ざめる。
 しかし、ここまでしても尚、アレン達に近付いてくるものが表れる気配はない。
リーナがぎりっと歯を軋ませてレイシャーを召還しようとした時、ミディアスが言う。

「御三方。申し訳ありませんが、もはや一般僧侶には回復魔法を使うだけの余力がないのです。」
「何ですって?!」
「改革派に属する一般僧侶は下級の者が殆ど。アレン殿を回復させるだけの回復魔法を持ち合わせていないのです。」

 大声で聞き返したフィリアに、ミディアスが答える。
だがそれで、はいそうですか、と大人しく引き下がるほど、フィリアは人間が出来ていない。

「ふざけんじゃないわよ!ヒール22)くらい使えるでしょうが!それを集団で使えば良いことでしょ?!」
「しかし、それでは今度は彼らの方が進行に支障を来しかねない・・・。」
「回復魔法を使うか否か。答えは二つに一つよ。」

 弁明するミディアスを遮って、リーナが指先を改革派の一団に向ける。
その指先が金色に輝き始める。レイシャーを召還する前兆だ。
リーナの暗黙の脅迫に怯んだ改革派の僧侶達は、顔を見合わせてから十数人の集団で恐る恐るアレン達に近付いてくる。
リーナは指先を引っ込めて結界を解き、改革派の僧侶達にアレンの方に行けと顎をしゃくって合図する。
改革派の僧侶達は浅く速い呼吸を繰り返すアレンに手を翳して、声を揃えて呪文を唱える。

「「「「「メルディス・フル・オルバ・ケンシディ。精霊よ。彼の者に力を分け与えたまえ。ヒール。」」」」」

 アレンの身体が淡い白色に輝き、それが消えると、アレンの呼吸が幾分落ち着きを取り戻す。
アレンは自力で身体を起こすが、全身の疲労感は消えてはいないらしく、額に手をやって首を何度か横に振る。

「アレン、大丈夫?」
「何とか立てると思うけど・・・さっきみたいな激しい戦闘はちょっと無理っぽい。」

 フィリアの心配げな問いかけに、アレンは正直に答える。
隠そうとしたところで疲労感が残る様子は隠せそうにないし、譬え隠してもフィリアには直ぐに見抜かれてしまうと思ったからだ。
リーナは改革派の僧侶達を睨みつける。
その顔に似合わぬ殺意の篭った鋭い視線に、改革派の僧侶達は思わずたじろく。

「改革だか何だか知らないけど、ヒールを呪文を唱えないと使えない程度なわけ?修行してきたの?あんた達。」
「はい。一応は・・・。」
「ったく、役立たず共が・・・。」

 リーナが苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
アレンは何度も深呼吸をして立ち上がる。一見すると元どおりになったようだが、表情に浮かぶ疲労感は隠せない。

「我々が至らないばかりにアレン殿を完全回復出来なくて、申し訳ありません。」
「これだけよってたかってヒールを使っても完全回復出来ないわけ?他の僧侶達にもヒールくらい使わせなさいよ。」
「生憎彼らも魔力が殆ど底をついておりまして・・・。」
「ったく、だらしないったら・・・。」

 毒づくリーナに、改革派の一団は返す言葉がない。
アレンは剣に付着した魔物の血液らしい、粘着力を帯びた白濁した液体を振り払ってミディアスの方を向く。

「この先に戦闘が必要な場所はあるんですか?」
「いいえ。もうありません。ここまで来たら後はほぼ一直線です。」
「それなら良いや。リーナ。もう彼らを責めるのは止めにしよう。今は秘宝の在り処に辿り着くのが先決だから。」
「・・・当事者が言うんならそうするわ。」

 リーナは不承不承という様子を隠さないものの、ここでもめていては肝心の目的、秘宝を持ち出すということがなおざりになってしまうため、
アレンの言うことに従うことにして、険しい表情のまま立ち上がる。
続いてフィリアが立ち上がり、再びアレン達が先頭になって進入を再開する。
ミディアスが邪悪な笑みを浮かべていることに、アレン達は気付く由もない・・・。
 イアソンを先頭とする反改革派の一団は、真っ二つにされたブルーローパーの死骸を見て呆然となる。

「何と言うことだ・・・。ブルーローパーまで倒していくとは・・・。」
「これを倒すには、相当の力を持つ剣か魔法でないと不可能。魔法反応がないところからすると、剣で倒したと考えるのが妥当。」
「だとすれば、この先の障害も突破している可能性が高いです。先を急ぎましょう!」
「そ、そうですな。皆の者。イアソン殿に続くぞ!」
「「「「「はい!」」」」」

 イアソンと反改革派の一団は、足場が悪い中、出来る限りの速さでアレン達と改革派の僧侶の後を追う。
ことが危険な方向に進んでいるのを、イアソンや反改革派の一団は感じ取っていた。
残された猶予は極めて少ない。秘宝は勿論、アレン達の命も危ない。
イアソンはゴツゴツした足場に注意しながら、先を急ぐ。反改革派の一団もそれに続く。
 アレン達はこれまでよりゆっくりした足取りで、洞窟の奥へ進んでいく。
速度を速めようにも、先頭を進むアレンの体力は完全回復しておらず、フィリアとリーナも魔力を相当消耗しているため、足取りが重くなっているのだ。
ミディアスをはじめとする改革派の一団は、アレン達と少し距離を置いて黙々とその後を追う。
 ここでもしアレン達が冷静であれば、もはや戦闘の可能性がない以上アレン達を逆に先導する形で先に進んでもおかしくないと訝るだろう。
しかし、前に進み、秘宝の在り処に辿り着くことしか頭になく、その上体力や魔力を消耗していているため、そこまで思考が回らないのだ。
ミディアスの笑みが益々邪悪さを帯びてきていることに、アレン達は全く気付かない。
フィリアは体力を消耗して足が重いアレンに肩を貸していて−歩いていくうちに何度も休み休みするようになったからだ−、リーナも歩調を合わせる。
普段のリーナなら勝手にずかずか先に進んでもおかしくないところだが、自分の魔力消耗を気遣って単独で戦闘を繰り広げたアレンに負い目を感じて
いるらしく、アレンに毒づいたりフィリアを挑発するようなこともしない。
 ミディアスの言ったとおり、魔物の壁を突破した先は殆ど一直線で、足場もかなり平坦で歩きやすい。
やがて鍾乳石が大理石に変わり、人工物の気配を漂わせ始めて来た。
秘宝の在り処が近いことを感じたアレン達は、気力を振り絞って歩を進める。
ミディアス達改革派一団は、やはりアレン達と少し距離を置いて、その距離を保ちつつ先へ進む。

「ねえ。あれじゃない?」

 暫く進んだところでリーナが前方を指差す。
アレンとフィリアが前方を見ると、淡い白色に輝く祭壇のような荘厳さを漂わせる建造物が見える。
鍾乳石にしては形が整い過ぎている。明らかに人工の建造物だ。
目的の場所が近いことを目の当たりにして、アレン達は歩を速める。ミディアス達改革派の一団は、やはり距離を保ちつつ先を急ぐ。
 近付いてくると、その建造物が明らかに人工のもので、しかも細かい彫刻が施された見事な祭壇であることが明らかになって来る。
その中央部分に、透明な長方形の物体で覆われた何かがあるのが見える。恐らくあれが秘宝なのだろう。
アレン達は息を切らしながら祭壇に近付く。
大理石で出来たその祭壇は実に見事な造りで、周囲も同じく大理石が敷き詰められているところを見ると、荘厳さと神聖さを感じずには居られない。
アレン達が秘宝らしい物体−分厚い書物だ−が納められている透明の物体に手を伸ばそうとした時、背後からミディアスが制する。

「お待ちください!今の状態で直接触れるのは危険です!」
「何か仕掛けでもあるの?」
「はい。秘宝を納めたその物体には、ラマン教に代々伝わる特殊な魔法が施されています。不用意に触れると、全ての体力と魔力を奪われてしまいますぞ。」

 フィリアが尋ねると、ミディアスが答える。そしてアレン達の前に進み出る。

「今から私が魔法を解除します。これには相当の時間を要します。暫くお待ちください。」
「分かりました。」

 アレン達はミディアスの邪魔にならないように、下がって成り行きを見守る。
ミディアスは両手を物体の前に翳して、何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。
静まり返ったこの場で、ミディアスの呪文は音量が小さいにもかかわらずよく聞こえるが、何を言っているのかアレン達には全く分からない。
ミディアスがひたすら呪文を詠唱する時間がゆっくりと流れていく。
 15ミム程経ったところでミディアスが両手を下ろし、がっくりとその場に片膝をつく。
驚いたアレン達はミディアスの元に駆け寄る。
ミディアスの顔には濃い疲労の色が浮かんでいるが、アレン達を心配さ狭いとしているのか、笑みを浮かべている。

「だ、大丈夫ですか?!」
「し、心配は無用です。施された魔法を解除するには私のような指導部に属する高僧のみが知る、やはりラマン教に代々伝わる特別な魔法が必要なのです。
私は下がります故、ここまでの活路を切り開いてくださった皆さんで秘宝を手に取ってください。」
「良いんですか?」
「ええ。構いません。物体は押し上げれば開きます。少々重いですから、三人で力を合わせるのが適切かと。」
「そうですね。分かりました。」

 ミディアスが下がると、アレン達は顔を見合わせて頷き、秘宝を覆う物体に手を触れる。
その瞬間、赤い光がアレン達を包み、アレン達の身体から急速に力が抜き取られていく。
アレン達が慌てて手を引っ込めると三人を包んでいた赤い光は消えるが、アレン達は崩れるようにバタバタとその場に倒れ伏す。
身体を起こすどころか、指を動かすのもままならないほど体力を喪失してしまっているのを感じる。

「く、くそ・・・。何だ?一体・・・。」
「魔法を・・・解除したんじゃなかったの?」
「・・・や、やられたわね・・・。」

 リーナが口惜しげにやっとの思いで言うと、それまで蹲っていたミディアスがすくっと立ち上がる。その顔に疲労の色は微塵もない。
その口元に邪悪な笑みが浮かび、やがて高笑いへと代わる。

「な、何がおかしい・・・。」
「ファーッハッハッハ。馬鹿な小僧共め。まんまと罠にかかったな。」
「何?!」
「先程私が施した魔法は、体力と魔力を根こそぎ奪う魔法だ。お前達は途中で手を引っ込めたから口を利くくらいの体力は残っているようだが、
もはや立つことは出来まい。勿論魔法などもっての他というところだろう。ファハハハハハ。」
「だ、騙したわね・・・。汚いわよ。僧侶の分際で・・・。」

 フィリアが悔しげに言うと、ミディアスは鼻で笑って言う。

「騙す方が悪いと言いたいだろうが、騙される方が悪い。お前達がまんまと我々に同調してくれたお陰で、守旧派の連中を全員軟禁出来た上に、
あの厄介なドルフィンとの分断にも成功した。」
「全ては計算ずくだったってわけね・・・。なかなかずる賢いじゃない。」
「ファハハハハハ。お前達のお陰で厄介な障害物を突破出来た。それだけは礼を言っておいてやろう。小僧。その剣は戴くぞ。」
「さ、させるか・・・。」
「無駄無駄無駄。今のお前達は口を聞くのがやっとというところだろう。」

 指さえ満足に動かせず、握力など完全に喪失したアレンの手から、ミディアスが剣を奪い取る。
アレンの剣を両手に持ってしげしげと眺めると、ミディアスは邪悪そのものの笑みを浮かべる。

「ククク・・・。思わぬ収穫だ。ゴルクス様もさぞかしお喜びになるだろう。」
「ゴルクス?誰だ、そいつは・・・。」
「お前達は知らなくて良いこと。この場で死ぬのだからな。祭壇の前で死ねることをありがたく思え。」

 ミディアスが顎で合図すると、改革派の僧侶達が手に持った槍を構えて、倒れたアレン達を包囲する。
恐らく一斉に槍で串刺しにするつもりなのだろう。
アレン達は何とか逃げ出そうとするが、身体に全く力が入らない。
アレン達はドルフィンの判断も仰がずに改革派に同調した自分達の浅はかさと、イアソンを敵扱いしたことを後悔する。
 その時、改革派の僧侶達目掛けて幾つもの火の玉が飛んできて、彼らの背中や頭を強打する。
不意打ちを食らった改革派の僧侶達は火の玉をまともに食らい、周囲の僧侶を巻き込んでその場に倒れ込む。
ミディアスが後ろを振り返ると、ドルゴに跨った剣士が突っ込んできて、ミディアスに斬りつける。
腕を斬られたミディアスは、絶叫を上げて腕から地を迸らせると共にアレンの剣を手放す。
ドルゴに跨った剣士−イアソンは素早くアレンの剣を拾い上げると、背後から駆け寄ってきた集団−反改革派の僧侶達に命じる。

「今だ!油を奴ら目掛けて投げかけて下さい!」
「承知!」

 全速力で駆け寄ってきた反改革派の僧侶達は、ミディアスや改革派の僧侶達に向けて、壷に入った油をばら撒く。
ミディアスや改革派の僧侶達は防禦魔法でそれを防ごうとしたものの、ミディアスは斬りつけられた痛みで、改革派は態勢が整っていないために、
全員まともに油を被ってしまう。
ミディアスや改革派の僧侶達は反撃を試みるが、油で濡れた大理石の床で滑って全身を強打する。
 そこにイアソンが火の玉−ファイア・ボール23)を放つ。
当然の如く、ミディアスや改革派僧侶達は炎に包まれ、熱さで叫び声を上げながらのた打ち回る。
混乱する改革派僧侶達に斬りつけて改革派僧侶を退散させ−火で焼かれているので退散させるのは容易だ−、イアソンは倒れて動けないまま
火に焼かれるアレン達を一人一人安全な場所に引き出してから、フラッド24)で消火する。

「大丈夫か?!リーナ!アレン!フィリア!」
「う、動けない・・・。」
「動けない?」
「た、体力を殆ど奪われたんだ・・・。罠に嵌って・・・。」
「そうか。それなら高僧に強い回復魔法を使ってもらおう。」

 イアソンはアレン達の安全を確保したことを確認して、のた打ち回るミディアスや改革派僧侶を包む炎をフラッドで消す。
そこに間髪入れずに反改革派の僧侶達が飛び掛り、自分達がやられたように両手を後ろで縛って、さらに猿轡(さるぐつわ)をする。
魔法で反撃されるのを防ぐためだ。
ミディアスをはじめとする改革派の僧侶達は成す術もなく、全員が拘束されてしまった。
 指導部に属する高僧の一人がイアソンに駆け寄って来る。
その表情には明らかに焦りの色が浮かんでいる。秘宝が改革派の手に渡らなかったかどうかが気がかりなのだろう。

「イアソン殿!秘宝はどうなりました?!」
「私には何処に秘宝があるのか分かりませんが・・・、あそこに見える、透明な物体に覆われた本みたいなものは無事のようですよ。」

 イアソンが秘宝を指差すと、高僧は秘宝が無事なのを確認しに行き、直ぐに戻ってくる。今度は安堵の色が浮かんでいる。

「ありがとうございます。秘宝は無事でした。」
「そうですか。それなら彼らに回復魔法をかけてやって下さい。罠に嵌って体力を殆ど奪われたそうですから。」
「し、しかし彼らは・・・。」
「彼らも罠に嵌って道理がどちらにあるか悟った筈。私から改めてお願いします。」
「・・・分かりました。」

 高僧は止むを得ないといった表情で、アレン達に手を翳して呪文を唱える。

「エディエント・アルガス・ファン・デールベ。大いなる聖霊よ。その聖なる力を彼の者に分け与えたまえ。ハイ・キュア25)。」

 アレン達が黄金色の光で包まれ、それが消えると、アレン達は身体が動くようになったのを感じて立ち上がる。
立ち上がったアレン達は一様に申し訳なさそうに俯き、イアソンと視線を合わせようとしない。

「・・・イアソン。俺達は謝らなきゃならない。許してくれとは言わないけど・・・。」

 アレンが済まなさそうに言うと、イアソンは笑みを浮かべて言う。

「なあに。先の見えない旅の道中、こういう間違いもたまにはあるさ。それよりこれで分かっただろ?どちらに道理があるかってことが。」
「・・・ああ。」
「秘宝も無事だったことだし、そんなに気にすんなよ。それより間に合って良かった。障害物がなかったお陰でスムーズに来れた。」
「イアソン殿。あれは障害物などではなく・・・。」
「分かっています。しかし、いちいちそれらを相手にしていてはそこで足止めを食ってしまって、恐らく間に合わなかったでしょう。」
「それは確かに・・・。」
「彼らを責めないであげて下さい。彼らは改革派の口車に乗せられて良いように利用された被害者。秘宝が無事だっただけ良しということで。」
「イアソン殿がそこまで仰るなら・・・。」

 高僧が渋々といった様子でアレン達を非難する手を引っ込める。アレン達は高僧に向かって頭を下げる。

「済みませんでした。お詫びします。」
「あたし達のしたことを許してください。」
「・・・御免なさい。」
「イアソン殿の仰るとおり、貴方方も被害者と言えばそのとおりですし、イアソン殿のお口添えもありましたから、もう責任は問いません。しかし、これで
分かったでしょう?改革派の目的が秘宝を持ち出すことで、決してラマン教の改革開放ではないということが。」
「・・・はい。」
「改革開放を唱える側が必ず正しいとは限りません。両者の言い分を良く聞いて、道理がどちらにあるかをしっかり見極める目を持って下さい。」
「はい。済みませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
「・・・御免なさい。」

 アレン達三人が改めて頭を下げると、高僧も納得したようで表情を穏やかにする。

「しかし、彼らは何故、秘宝に目をつけたのでしょう?」
「・・・あれは、人間をはじめとする動物の身体を構成するための、目に見えない情報を記してある書物なのです。」

 高僧はイアソンの問いに重い口を開く。

「かつて栄えた人間の文明は、その情報を操作することで様々なことを行ってきました。しかし、それが悪用され、悪魔を生み出すことになり、世界は存亡の
危機に追い込まれたのです。ラマン教はその情報が記された書物を全ての人間が正しく利用出来るだけの得と叡智を身につけるまで秘宝として隠し、
守ることを目的として、開祖ラマンが興された宗教なのです。以後、厳しい修行に耐え、得と叡智を身につけた者のみがその正体を知ることと閲覧を
許されるとされてきたのです。ミディアスめはそれを流出させようとしたのです。」
「成る程・・・。」
「ミディアスめも指導部に属するほどに厳しい修行に耐え、得と叡智を身につけた筈の者。にも関わらず秘宝を持ち出そうとするとは・・・。」
「背後に何者かが居ると考えるのが適切ですね。」

 イアソンの言葉で、アレンはミディアスが口にした人物の名前を思い出す。

「・・・ゴルクス・・・。」
「何?」
「ゴルクスが喜ぶって言ってたんだ。俺の剣を奪ったミディアスが。」
「ゴルクス・・・。聞いたことがない名前だな。高僧殿。ご存知ですか?」
「いや、私には心当たりがありません・・・。」
「そうですか。ミディアスの魔法を封じた上で吐かせれば良いでしょう。」

 イアソンが言うと、アレン達はもう一つ大切なことを思い出す。

「イアソン!ドルフィンの方が!」
「ドルフィン殿がどうした?そう言えば改革派の僧侶が言っていたな。『関門を突破したところで、待ち受けているのは地獄だ』って・・・。」
「ミディアスは、俺達とドルフィンを分断するのが目的の一つだったんだよ!」
「何だって?!」

 イアソンの表情が俄かに厳しくなる。

「高僧殿!我々は先に試練の塔とやらへ向かいます!場所を教えてください!」
「この聖地ラマンの敷地内にある、高い塔のことです。」

 イアソンは高僧に向き直って言うと、その迫力に気圧された高僧が答える。
イアソンはアレンに剣を差し出す。アレンは即座にそれを受け取って鞘に収める。

「ドルフィン殿が危ない!俺達は試練の塔へ向かおう!高僧殿!改革派の背景などについては頼みましたぞ!」
「しょ、承知しました。お気をつけて。」
「皆、行くぞ!」
「うん!」
「分かったわ!」
「了解!」

 アレンとリーナがドルゴを召還し、アレンの後ろにフィリアが跨ると、イアソンを先頭にして一行は手綱を叩き、全速力でその場を去る。
一行の顔に焦りと不安の色が浮かぶ。
待ち受けているのは地獄、という改革派の僧侶が口にした言葉が、一行の頭の中でガンガン響き渡る・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

22)ヒール:かかとや悪役ではない。衛魔術の一つで回復系魔術に属する。体力(肉体疲労)を少し回復する。キャミール教では僧侶
(ここでは称号を指す)以上に相当する聖職者が使用出来る。


23)ファイア・ボール:力魔術の一つで炎系魔術に属する。文字どおり火の玉を作り出して対象に放射する。簡単なのでNovice Wizardから使用可能。
称号が上がると連発能力が備わり、威力も増す。


24)フラッド:力魔術の一つで水系魔術に属する。水流を作り出して対象に放射する。効力はあまりないが、炎系の魔物には大きな威力を発揮する。
制御が少々難しいのでInitiate(魔術師の2番目の称号)から使用可能。


25)ハイ・キュア:衛魔術の一つで回復系魔術に属する。体力(肉体疲労)を大幅に回復する。さらに魔力回復の効力も含む。キャミール教で大主教以上に
相当する聖職者が使用出来る。


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