Saint Guardians

Scene 4 Act 1-4 調査-Investigation- 激突、そしてそれぞれの思惑

written by Moonstone

 アレン達一行が聖地ラマンに入地したその日の夕方。
ラマンに到着したとはいえ、アレン達は未だ「敵」である守旧派の衛魔術が施されている神殿に突入してはいない。
高地への長旅で疲れているのもあるし、何よりも肝心要のドルフィンが動く気配をまったく見せないからである。
改革派の主張に理があると思って気が逸るアレンが促しても、「まだ早い」の一言で片付けられてしまった。
 アレンは、ドルフィンは改革派を信用していないようだと改めて実感する。
改革派の最高幹部であるミディアスと面会した時も表情や態度を緩める気配がなかったし、自分とは比べ物にならない数の修羅場を潜り抜けて来ている
ドルフィンが慎重な姿勢を崩さないのは、何か思うところがあるのだろう、とアレンは思い、それ以上ドルフィンを急かすようなことはしないで居た。
それにドルフィンがその気になれば、神殿に施された衛魔術も容易に破れるだろうという思いもある。
早めに運ばれてきた夕食を終えたアレン達は高地の薄く、聖地といわれる所以か洗練されている感のある空気が佇む部屋で休むことにした。
 組んだ両手を枕に寝床に横になって眠っている−目を閉じているだけかもしれないが−ドルフィンと同じく寝床に身体を横たえたアレンと入れ替わる形で
イアソンが外の空気を吸ってくる、と一言残して部屋を出て行く。
イアソンはリーナが居る隣の部屋に向かうのではなく−誘ったところで一蹴されるのがオチだろうが−、建物の外に出る。
その表情は何時になく引き締まっていて、建物の陰から陰に飛び移るように素早く走り、自分達が案内された建物から離れる。
その視線は常に周囲を見回していて、自分の存在を悟られまいとしているように見える。
 改革派の主張や行動に疑問を抱くイアソンは、所謂守旧派、言い換えれば反改革派と接触して、ことの真相を把握しようと考えていたのだ。
しかし、服装がどれも同じで、外に出ている人数自体が少ない僧侶の中から反改革派の僧侶を見つけ出すのは、流石のイアソンでも容易ではない。
『赤い狼』の若き中央幹部として情報戦略活動の先陣を担ってきただけに、人の顔を覚えるのはイアソンにとって癖のようなものだ。
しかし、イアソンはこれまで出くわしたりその場に居合わせた改革派の僧侶の顔は全て覚えているが、流石にそれ以外の僧侶は見分けがつかない。

「相手方から接触してくるのを待つしかないか・・・。」

 イアソンは建物の陰でそう呟くと、それまでとは一転して、それこそ観光客のように周囲を興味深そうに見回しながら人目に付き易いようにする。
恐らく反改革派も自分達がこの地に入ったことを知っているだろう。
今までラマン教入信希望者しか入ることを許されなかった聖地ラマンに一般人が入るのを抑えられない段階に達している以上、反改革派も人の出入りには
何らかの手段で細心の注意を払っている筈だ。
そうなれば、改革派に手を貸そうとしている自分達に接触を図ろうと動いていても何ら不思議ではない。
そう推測したイアソンは、敢えて人目に付き易い形で反改革派からの接触を待つことにしたのだ。
 高い塔の横を通り過ぎ、神殿へ向かって歩を進めていたところで、イアソンは僧侶が自分の方に走って来るのを見つける。
イアソンに駆け寄り、荒れる呼吸を整えながらその僧侶はイアソンに話しかける。

「貴方は、改革派に案内されて入地されたご一行の一人ですね?」
「ええ、そうですが、貴方は改革派が言うところの守旧派の人ですね?」
「はい。折り入ってお話が・・・。」

 反改革派の僧侶が話の本題に入ろうとしたところで、背後から止めろ、という怒声が響く。
イアソンと僧侶がその方向を向くと、同じ服装だが表情では怒りを露にしている僧侶が立っていて、ずかずかとイアソンの方に歩み寄って来る。
その僧侶の顔にイアソンは見覚えがある。ミディアスのの前に案内される際に建物の中ですれ違った僧侶の一人だ。
改革派らしいその僧侶はイアソンと反改革派の僧侶の間に割り込み、表情をより険しくして反改革派の僧侶の方を向く。

「貴様のような守旧派が民衆からラマン教を遠ざけ、自分達の利益に固執するに成り下がったという事実を弁えての狼藉か!」
「ラマン教の本質を捻じ曲げ、誤った形で開放改革を喧伝する貴殿ら改革派に指図される謂れはない!」

 反改革派の僧侶も負けじと表情を険しくして言い返す。
反改革派の僧侶にしてみれば、ようやく入地してきた一行の一人に接触できたところを邪魔されたのだから、簡単に引き下がれないのだろう。
イアソンは周囲を意識しておろおろした様子を装いつつ、対立する二人の言葉を慎重に聞き分ける。

「本質を捻じ曲げているのはどっちだ!ラマン教を閉鎖集団に仕立て上げ、自分達の利益に固執する体質に堕落させた指導部の犬めが!」
「指導部は自分達の利益に固執しているのではない!ラマン教が興って以来の秘宝をみだりに公開することは危険だと経典が語っているではないか!」
「秘宝秘匿と言ってラマン教を民衆から遠ざけ、高潔を装う指導部の犬が何を偉そうに言うか!彼は我ら改革派に共鳴して接触してきた剣士殿の一員だ!
貴様らのような秘匿隠蔽の殻に閉じこもっている連中の相手をするべき立場ではない!立ち去れ!」
「断る!ラマン教の秘宝がみだりに世に出て、愚かな者に悪用されることを防ぐのが我々の使命だ!引き下がるわけにはいかない!」
「ええい、しつこい奴だ!もはや貴様との問答は不要!さあ、剣士殿!こちらへ!」

 改革派の僧侶がイアソンの腕を取ったが、イアソンはそれを振り払って改革派の僧侶に言う。

「外の散策は自由と言われました。その過程で誰の話を聞こうが私の自由ではないですか?」
「何を仰る!そやつは守旧派の一人ですぞ!話を聞くのは不要な筈!」
「聞く分には別に支障はない筈。もし一旦許可された散策を妨害するというのなら、リーダーに報告しますよ。私の行動はリーダーの許可を得てのもの。
それを妨害するようであれば、約束違反としてこの地を去ることにならざるを得ないことになると思いますが、それでもよろしいですか?」

 イアソンの言葉に、改革派の僧侶はイアソンを強引に連れ去るのに二の足を踏む。
勿論、散策はアレンやドルフィンの許可を得てのものではない。イアソンのハッタリである。
 しかし、ドルフィンが改革派の主張に疑問を抱いているのは事実である。
それに改革派が目をつけたのはドルフィンの力量である。
改革派も体格的にも目立つドルフィンがリーダーであると思っているから、そのドルフィンにイアソンの行動妨害の件が耳に入れば、改革派の最高幹部で
あるミディアスの前で改革派に疑念を示したドルフィンが、踵を返してラマンを出ると判断する可能性は高い。
そんなことになったら、自分はこのラマンから追放されかねない。
そう思った改革派の僧侶は苦渋に満ちた表情でイアソンに言う。

「・・・分かりました。ご自由になさって結構です。しかし、そやつの口車に乗せられてはなりませんぞ。」
「・・・ええ。」

 改革派の僧侶が口惜しそうに立ち去ったのを見計らって、イアソンは反改革派の僧侶に向き直る。

「私は反改革派からの接触を待っていました。ことの真相をきちんと把握するには、反改革派からの情報が不可欠ですからね。」
「ありがとうございます。貴方はなかなか知恵が回るお方とお見受けしました。」
「まあ、口が達者なのは癖みたいなものですから。それより、私に話があるとは一体何ですか?」
「その件なんですが・・・、率直に申し上げますと、改革派と手を切っていただきたい、否、切っていただかないと大変なことになりかねないということです。」
「それだけではことの真相は分かりかねます。私の方から窺いますが、ラマン教の秘宝とは具体的に何なのですか?」

 イアソンの問いに、反改革派の僧侶は口を噤(つぐ)んで首を捻る。
その様子から推測するに、言えないのではなく知らないのだろうとイアソンは思う。
イアソンがアレンと共にラマンの町で情報収集をした際に出会った反改革派の僧侶は、秘宝やラマン教の歴史についてそれなりに話した。
この僧侶はまだ称号か役職かが必要なレベルに達していなくて、反改革派が多勢を占める指導部から秘宝について知らされていないと考えられる。
イアソンは秘宝についてそれ以上追求するのを止め、別の疑問を投げかける。

「秘宝についてはご存知ないようですので聞きません。奴ら・・・改革派の背後に何者かが居るといったような噂を聞いたことはありませんか?」
「それは頻繁です。3年ほど前から分派活動が始まったのも、秘宝の噂を聞いた何者かが内乱に乗じて秘宝奪取を目論んでいるためでは、というのが
我々の間では定説になっています。ラマン教には秘宝があるという噂は、修行に耐えられず脱走した修行僧崩れが、ラマンの町でずっと前から
盛んに喧伝していましたから・・・。」
「あくまで噂と推測の域を出ない、というわけですか・・・。」
「はい。申し訳ありませんが、私のような駆け出しの僧侶が知るのはその程度です。」

 イアソンは、肝心の反改革派から詳しい情報が聞き出せないことに焦りを感じる。
既にアレンは改革派に同調しているし、フィリアも昼間に改革派の改革開放という言葉を聞くうちに心が改革派の方に傾いている様子だ。
リーナは態度を明らかにしていないが、改革派が口癖のように言う改革開放という言葉に耳を傾けているところを目にしている。
このままではアレンが先頭になって神殿に突入しかねない。
 アレンの剣の腕前は決して並レベルということはないし、剣そのものの威力はナルビア侵入の際の戦闘でイアソン自身が目の当たりにしている。
もしかしたら、アレンの剣でも秘宝に通じる神殿に張られた衛魔術を破ってしまうかもしれない。
アレンはなまじ純粋であるだけに、何時改革派に扇動されて実力行使に出るか分からない。アレンを慕うフィリアも同調するのは目に見えている。
それまでに秘宝の正体と改革派の背景を掴み、正確な判断材料を提供しなければならないのだが、反改革派がこの様では話にならない。

「指導部の方にお会いすることは出来ないのですか?会うことが出来ないなら伝言という形でも構わないのですが。」
「指導部に面会出来るのは、修行を積んで称号を高めた僧侶に限定されます。そのような僧侶も多数が改革派の方に走りましたし、指導部も秘宝の
秘匿を守るために口を閉ざすと思います。」

 イアソンは、改革派が一般僧侶の中で多数を占めるに至った理由がわかったような気がする。
指導部が一部高僧としか面会を許さず、更にこの期に及んで秘匿を優先するようでは、厳しい修行と戒律に嫌気が差してきた一般僧侶に改革派が
改革開放を吹きこんで抱き込むのは容易なことだ。
イアソン自身、レクス王国の圧制を打倒するため、と宣伝を重ねて『赤い狼』の構成員や支持者を増やして来た経験があるので、改革派の手法は
皮肉なことだが的を得たものだと言わざるを得ない。
言い換えれば、反改革派は自分で分を悪くしているようなものだ。
イアソンは焦りを抑えながら僧侶に言う。

「今は秘匿云々を言っている場合ではありません。それは指導部も承知の筈。何とか指導部に詳細な説明を行ってもらうように頼んでください。」
「分かりました。必ず伝えます。それでは・・・。」

 反改革派の僧侶は胸の前で両手を合わせて去っていく。
イアソンは一行の部屋がある建物に戻りながら、少しずつではあるが確実に改革派の思惑どおりにことが進んでいることに危険を感じる。
 改革開放という言葉は、かつて自分が『赤い狼』で活動していた時にも口にした言葉だ。
しかし、王族や一部富裕層が私服を肥やすために一般市民に圧政を敷くのと、古代から愚かな者や無知な者が触れてはならないと言われてきた
秘宝を秘匿するのとは根本的に性質が違う。
ミルマ支部からの報告で、ハーデード山脈での遺跡発掘が、古代文明の負の遺産を入手しようという野望の元で行われていたという事実も知っている。
もしラマン教の秘宝がハーデード山脈の古代遺跡同様、古代文明の負の遺産であるなら、絶対に外部に流出させてはならない。
限られた今の条件で出来ることは、ドルフィンを除くアレン達が改革派に扇動されて実力行使に踏み切らないように思いとどまらせることだ。
イアソンはそう思いながら建物に入る。
そこでイアソンは、歓声とも悲鳴ともつかない複数の声を聞く。それは上層の方から流れて来る。
何事かと思って見上げていると、一人の僧侶が走り寄って来る。

「おお!何処に行っておられたんですか?探していたんですよ!」
「何をやっているんですか?」
「今、ミディアス様が直々に説法会をされているのです。お仲間の皆さんも既に会場に行っておられます。さあ、貴方も早く!」
「ちょっと待った。仲間って具体的に誰のことです?」
「髪の色で言いますと、赤い方と亜麻色の方と黒色の方です。」
「!リーナも?!」

 イアソンは耳を疑う。
アレンとフィリアは別にしても、人の誘いに容易に乗らないリーナがろくに顔も知らない人間が多数集う場に赴くとは考え辛い。
逆に考えれば、リーナも改革派の方に心が傾いているということになる。
焦りというより危険を感じるイアソンの手を、僧侶が取ってぐいと引っ張る。

「ぐずぐずしていると説法会が終わってしまいますぞ!」
「ちょ、ちょっと・・・。」
「さあ、早く行きましょう!私は貴方を探すよう命じられて説法会を中座したのですから!」
「ド、ドルフィン殿は?」
「あの方は睡眠妨害するな、の一言で誘いの者を追い出してしまわれました。」

 ドルフィン殿らしいな、と思ったイアソンの手を、僧侶は強引に引っ張っていく。
イアソンは下手に断って疑いをかけられると後々の行動に支障を来すと判断し、やむなく僧侶に連れられてミディアスの説法会に参加することにした。

「あんた、何処ほっつき歩いてたのよ。」

 説法会の会場である広大な板間の部屋につれて来られたイアソンに、リーナが発した第一声がこれである。

「ちょっと外の空気を吸いにね。じっとしてられない性分だからさ、はは。」
「あんたも聞きなさいよ。なかなかスカッとすること言うわよ、あの髭のじいさん。」

 そう言って再び前を向いたリーナの横顔は、イアソンが今まで一度も見たことがない輝きを放っていた。
これは完全に説法とやらに魅入られてしまっている。イアソンは益々危険を感じる。
自分が声をかけた時は膝蹴り、往復ビンタ、足蹴の連打を浴びせたのに−イアソンのやり方が拙かったというのもあるだろうが−、来てまだ一日も
経っていない場で恐らく初体験の、それも未知の宗教の説法会に聞き入ってしまうというのは、リーナではまず考えられないことだ。
 イアソンがチラッと横を見ると、リーナの横にはアレンとフィリアが座っている。
その視線は興奮と歓喜に満ちた表情と目で前を見ている。その様子からするに、説法会を出ようという声には聞く耳を持ちそうにない。
イアソンはアレンとフィリアが完全に改革派に心酔してしまっていると察する。
このままでは自分が止めても逆に自分を蹴散らしてでも改革派と共に神殿へ向かうだろう。
しかし、周囲には僧侶が何人もいて、出口も完全に塞がれている。
イアソンはアレン達を伴っての脱出を諦め、一先ず説法会とやらを聴いてみることにする。
イアソンがリーナの横に座って前を見ると、ミディアスがオーバーなほどの身振り手振りを交えながら力説している。

「諸君!選民思想で神々の前に人はみな平等であるというラマン教の教義を踏みにじり、一部特権階級しか秘法を見せないというのは、もはや指導部が
自分たちの継承した既得権益を固守する為の集団でしかないことは、誰の目にも明らかなことではないか!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」
「その指導部に洗脳された守旧派の僧侶共は、ラマンの町に降りて自分たちの正当性を訴え、道理と真理に則った我々改革派の行動を阻止しようと
躍起になっている!しかし!もはや一般僧侶の多数は私をはじめとする改革派の主張に共鳴し、ラマンの町の民衆も我々改革派を支援している!
この事実からしても、我々改革派に道理と心理があることが裏付けられていると言えないだろうか!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」

 イアソンは、ミディアスの説法が事実を歪曲していると感じる。
ラマンの町で情報収集をしていた時、改革派の僧侶の説法には民衆が歓声や拍手を送っていたが、彼らが言うところの守旧派の僧侶の説法を改革派の
僧侶が先頭になって民衆を抱きこんで妨害しているところを目の当たりにしている。
しかし、ミディアスはそのようなことには一切触れず、ただ自分達に正当性があるかのように主張している。
 イアソンが『赤い狼』のエルス支部で活動していた時、機関紙「カージェ」の読者や支持者、それに構成員になるよう勧誘する時には、必ず現在の圧政の
仕組みを語り、議会が形式的なものでしかなく、一般市民の代表が出られないような仕組みになっているから、数と力で打開する以外に道はない、という
感じで説いて、それが時に諦めや『赤い狼』のせいで度々弾圧されるという見方にぶち当たった時には、民主主義と主権在民という『赤い狼』が目指す
斬新な−議会制民主主義の国家はサクシアル共和国9)しかない−政治システムを丁寧に語り、そんな経緯を踏まえてどちらに正当性があるかは、その人の
判断に委ねることにしていた。
そのように活動するように先輩活動家や中央本部から派遣されてきた組織部小隊から指導を受けていたし、自分の頭で判断したものでなければ、支持者や
読者、或いは構成員になっても長続きせず、あろうことか一方的に離脱して『赤い狼』の恐怖、などと喧伝することになることを自分の目で見て来ている。
それは、自分の頭で考え、判断したものでなければ、ただでさえ縁遠い民主主義や主権在民などということを理解したことにならないからだ。
 しかし、ミディアスの説法にはそういう意識がまったく感じられない。
陰にある妨害工作などの、それこそ道理のないことには目を向けず、ただ自分達に有利なことだけ取り上げてそれを誇張して説いている。
これでは、ラマン教の教義をきちんと理解している者や自分の目と耳で事実を見た者でなければ、改革派のほうに理があると感じるのは必然的だ。
イアソンは、改革派が一般僧侶で多数を占めるに至った理由がまた一つ分かった。

「我々改革派の道理と真理は神々に通じた!我々の元に非常に腕の立つ剣士殿の一行が加わることになった!」

 ミディアスが言うと、おお、というどよめきの声があがり、続いて「アン・ベールガ」の唱和が乱雑に響く。
非常に腕の立つ剣士殿の一行とは、他ならぬアレン達のことだ。
だが、ミディアスは身体的にも雰囲気的にもドルフィンの方が主格だと認識していることには変わりないらしい。
イアソンはそう察して少し安堵する。
アレンがパーティーの決定権を持っていることが分かれば、今すぐにでもアレンを説き伏せて早速神殿へ突撃させるだろう。
ここは改革派の「誤解」に任せるのが賢明だ、とイアソンは思う。

「しかし、肝心の剣士殿はまだ我々改革派に力を貸そうという気にはなっておられない。それはまだ我々改革派の誠意が足りないからだ。」
「「「「「・・・。」」」」」
「剣士殿は今回の説法会にも参加しておられない。しかし、千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。神殿の入り口を封印している衛魔術を打ち破るには、
どうしても剣士殿の力が必要だ。」
「「「「「・・・。」」」」」
「故に!剣士殿には我々の誠意を伝える努力と共に、剣士殿にとって聞き捨てならない情報を提供する必要がある!」

 会場が俄かにざわめき始める。アレンとフィリア、それにリーナは顔を見合わせて何やら話をして首を傾げている。
イアソンも聞き捨てならない情報、というミディアスの言葉が妙に引っ掛かる。
それはアレン達が推測を並べる情報が何かということより、何故剣士殿、即ちドルフィンが聞き捨てならない情報を知っているのか、そしてそもそも
ドルフィンが聞き捨てならないと断言するだけの根拠が何処にあるのかというところにある。
 イアソンは、ここでもきな臭さを感じずには居られない。
ドルフィンが聞き捨てならない情報を手にしているということは、ドルフィンの存在を知っていて、更にドルフィンが何を求めているかということまで知っていると
いうことを意味する。
改革派と反改革派に二分して内紛真っ盛りの、それもどちらかと言えば世間から隔絶されたところに身を置いている感のあるラマン教が、何時訪れるかも
しれない人間の存在やそれに関する情報を入手している暇があるとは考え辛い。
イアソンは外で出会った反改革派の僧侶の言ったことを思い出す。
秘宝の噂を聞きつけた何者かが改革派に肩入れしているのではないか、という噂のことだ。
ドルフィンの姿形やその力が世界のどの辺りまで知れ渡っているかは分からないが、反改革派はその背後に居る人物から情報を仕入れたのではないか?
そしてドルフィンをその情報で突き動かそうと企んでいるのではないか?
 しかし、秘宝の在り処に通じる神殿に張られた衛魔術を打ち破ることと情報との関連性が見えてこない。
秘宝はごく限られた高僧しか見ることを許されないものだという。となれば、当然そこは普段は完全に封鎖されている筈だ。
ドルフィンが宝捜しをしていると聞いてはいないし、ドルフィンを突き動かすことに関連する情報というものの推測が出来ない。
ドルフィンをキーパーソンとして見ているなら、それこそミディアスが言うようにドルフィンに改革派の主張を刷り込むのが一番手っ取り早い。
改革派の伸長の理由は充分過ぎるほど分かったが、ドルフィンが欲する情報という新たな謎が生まれた。
イアソンが考えている間に−勿論、説法を聞いているふりは怠らない−ミディアスの説法は続く。

「その情報を提供すれば剣士殿は必ずや動いてくれる筈。しかし、剣士殿が我々に顔を向けてくれない限り、情報を提供しても嘘の一言で片付けられて
しまうのが関の山だろう。」
「「「「「・・・。」」」」」
「しかし諸君!諦めてはならぬ!項垂れてはならぬ!時間はある!剣士殿は我々の近くにいらっしゃる!守旧派には我々を止める力はない!我々は
自分自身の中で道理と真理を更に確固たるものにし、それらと誠意をもって剣士殿との対話に臨もうではないか!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」
「道理と真理は我々改革派にあり!我々改革派は自信と修練を積み重ね、ラマン教開放のために身を投じようではないか!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」
「道理と真理がある側にことは動く!現に神々は我々に味方してくださっている!ここに確信を深め、ラマン教開放へ向けて戦おう!アン・ベールガ!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」

 部屋を震わせるほどの唱和の後、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
ミディアスは額の汗を拭って両手を挙げ、ゆっくりと同時に下ろす。
その動きに合わせて拍手は収束していく。

「これにて本日の説法会は終了する。各自、各々の修練やなすべきことに務めよ。」

 部屋いっぱいに座っていた僧侶達が続々と立ち上がり、部屋を出て行く。
その顔はどれも興奮と歓喜に溢れている。完全にミディアスの話術に嵌っていることが分かる。

「あー、スカッとしたなぁ。」

 立ち上がったアレンが言う。その顔は爽やかそのものだ。

「ラマン教改革開放は道理と真理ある我々がなすべき大事業。何だかこう、身体の底からやる気が湧きあがってくるって感じ。」
「私も。道理と真理が改革派の方にあるっていうのにも、きちんと筋が通ってたしね。」
「あんな迫力ある説法会は、キャミール教じゃまずお目にかかれないわね。結構スカッとしたわ。」

 アレン、フィリア、リーナはそれぞれ感想を話す。どの目も輝いている。
完全にミディアスの話術に嵌ってしまっている。イアソンは危機感を募らせる。

「イアソン。あんたも外ほっつき歩いてないで、最初から聞いてれば良かったのに。そのちょろちょろ動く癖、そろそろ直しなさいよ。」
「何だ。イアソン、外に居たのか。探したんだよ。」
「折角の良い機会だったのに途中参加なんて、勿体無いことしたわねぇ。」
「ま、まあ、俺はじっとしてられない性分なんでね。ははは・・・。」

 イアソンは笑って誤魔化すが、内心は危機感が今にも溢れんばかりに満ち溢れている。
仮にドルフィンが改革派の主張に耳を傾けてしまったら、アレン達は迷わず神殿へ突入することを決意するだろう。
今はドルフィン殿が改革派に背を向け続けてもらうのを祈るしかない。
イアソンはその場に合わせた表情の裏で、情勢の深刻さをひしひしと感じていた。
 部屋に戻ったアレン達は床に就いて眠り始めた。
説法会の迫力に飲み込まれて興奮し、それで張り詰めた心が一気に緩んだせいだろう。
イアソンは、アレンが寝入ったのを見計らって、組んだ両手を枕にして目を閉じているドルフィンの元に歩み寄り、声量を落として話し掛ける。

「ドルフィン殿。折り入ってお話が・・・。」
「改革派の動向か。」

 ドルフィンは小さい声でそう言って目を開ける。やはり眠ってはいなかったのだ。

「はい。アレン達は完全に改革派の主張に心酔しています。ドルフィン殿の動き次第では、間違いなく神殿に突入するでしょう。」
「そうか・・・。説法会に行かなくて正解だったようだな。」
「で、その説法会で気になったことが一つありまして・・・。」
「何だ?」
「改革派はドルフィン殿が聞き捨てならない情報とやらを握っているそうです。」

 イアソンの言葉に、ドルフィンの顔が俄かに厳しくなる。

「俺が聞き捨てならない情報・・・?」
「プライベートに関ることに踏み込むことを承知でお尋ねしますが、ドルフィン殿にはその手の情報に関する心当たりはありますか?」

 イアソンが尋ねると、ドルフィンは天井を向いたまま、厳しかった表情を緩めて、何処か切なげに答える。

「・・・ないといえば嘘になる。」
「!」
「だが、それと改革派の主張との接点が見当たらん。」

 ドルフィンの答えはイアソンにとって衝撃的だったが、改革派の主張との接点がないという補足の言葉に安堵する。
もし接点があったら、それこそ改革派の思惑どおりにことが運ぶことになってしまうだけに、イアソンはドルフィンの回答が自分の思考と一致したことで、
とりあえず危機の予感が現実のものになることが回避されたと思う。

「ドルフィン殿。出来るだけ時間を稼いでください。アレン達は事実上洗脳されてしまっているといっても過言ではありません。何とか冷静になって
思い止まるよう説得を試みます故。」
「アレン達が冷静になるとは考え辛い。特にアレンは純粋故にこれと決めたものには目を逸らすことなく突っ走るタイプだからな。
フィリアはアレンに同調することが目に見えているし、リーナも自分の意志で説法会に参加したくらいだ。改革派の主張に共鳴してしまっていると
推測するには充分過ぎる条件が揃っている。」
「では、どうされるつもりなんですか?」
「今は俺が沈黙を保つ以外にあるまい。奴等が欲しがっているのは俺の力だ。だが、パーティーの決定権はアレンにある。俺がその気を見せれば、アレンは
迷わず神殿突入を決意するだろう。それを止めるには俺が沈黙を保つ以外にない。」
「しかし、改革派が何時までも手を拱いているとは・・・。」
「奴等が握っている情報とやらが何かは分からんが、兎に角イアソン。お前はアレン達を抑えてくれ。特にアレンには、ラマンの町で目にした反改革派への
妨害行為の卑劣さを思い出させて、冷静に考え直すよう説得するんだ。」
「分かりました。」

 イアソンは了承して自分の寝床に戻って横になる。
ドルフィンは再び目を閉じて、イアソンが言った、自分が聞き捨てならない情報のことを考える。
ドルフィンには思い当たることがある。今のパーティーでそれに関することを知っているのはリーナだけだ。
だが、それは個人的なこと。あくまで自分が動く本質は、拉致された父親を救出するためのアレンの旅に同行し、援助すること。
ドルフィンはそう思い、思考を停止して眠りに落ちる。
 ラマンにある、天に届かんばかりの高い塔の最上階に、一つの影が鎮座していた。
窓から差し込む月明かりで鮮やかに煌く長い金髪を湛えたその人影は、椅子に座ったまま石像のように微動だにしない。
その人影の、形の良く何処か妖艶な雰囲気を漂わせる唇が微かに動く。

「ドルフィン・・・。」

 人影が放った人物の名は、直ぐに闇に解けてしまった・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

9)サクシアル共和国:ナワル大陸東部にある島国。王制がなく、議会制民主主義が根付いている世界でも類を見ない国。義務教育や社会保障制度が
整備され、世界各国の反政府勢力が視察や学習に訪れる。それ故、他の国家体制からは疎んじられ、事実上「村八分」状態にあり、自給自足体制で経済や
産業を維持している。


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