Saint Guardians

Scene 3 Act 2-2 共同-Collaboration- 未来を目指す地下会議

written by Moonstone

「お待たせしました。それでは作戦会議を始めます。」

そう切り出したのはリーク本人だった。昨日と同じく、進行役は自ら行おうという姿勢らしい。中央の、それも最高幹部自らこういう地味な役を買って出る
ところは、身代わりまで立てて幹部が逃亡を図った国家特別警察とは性質が根本的に違うのが分かる。

「まずは資料を配布します。ではよろしく。」

 リークが言うと、同じ列の左右に座っていた計4人が、テーブルに置いていた紙の束を持って左右に分かれて配り始める。資料は厚さ0.5セームあるか
ないかくらいの比較的薄いもので、アレンがパラパラと捲ってみると、そこには地図が何枚かあってさらに文章が箇条書きで並んでいる。それでも文字に
あまり慣れていないアレンには多く感じる量だ。資料を配布し終えた面々が自分の席に戻ると、リークは資料を1枚捲る。

「それでは、最初のページを見て下さい。」
 その場にいた全員がほぼ同時にページを1枚捲る。最初に現れたのは地図で、そこにはナルビア周辺の地形と大まかな森林などの他に下方から
ナルビアへ向けてほぼ直進する矢印と、一旦北へ向かって森林を東へ通り、北方からナルビアへ向かう矢印の二つが描かれている。

「今回の作戦は二手に分かれて行いたいと思います。矢印をご覧になればお分かりのとおり、此処からナルビアへ向けて敵の戦線を突破しつつ向かう
コース、そして一旦北から森林に入り、鍾乳洞を経由して城の排水溝から進入するコースの二つです。双方にはそれぞれ重要な役割があります。直進する
コースは城に近い敵の勢力を排除すること、そして森林から入るコースは城内部に潜入して我らの同志と重要人物を救出し、同時に敵勢力を霍乱する
ことです。」
「重要人物って・・・。」
「貴方の父上ともう一人、アルフォン家の令嬢のことですよ。」
 リークがアレンに説明する。
フィリアはアレンの父ジルムが救出対象として含まれているのは勿論嬉しいのだが、アルフォン家令嬢ことリーナまで重要人物扱いされることには納得
しかねるものがある。しかし、それは多分に個人的感情であって、それをこの場では口にするべきでないことくらいは分かるので、フィリアはぐっと堪える。

「現在、敵の戦力はこれまでドルフィン殿の一行が進行して来られたコース上の都市、テルサとミルマの奪還に向かうことはなく、我が『赤い狼』が
最大勢力を誇る都市であるエルスとバードの二都市の攻略に向けられる一方、文字どおり最後の砦であるナルビアの迎撃力整備に向けられています。
念のためもあり、また国家特別警察によって破壊された人民の生活の復興を最優先する立場から、テルサやミルマの支部組織は今回の作戦に合流すること
なく、それぞれの都市で生活基盤の再構築に当たってもらうよう、指示を出しました。」
「ということは、此処中央の人間と俺達だけで今回の作戦を決行するということか。」
「はい。今回の作戦に参加する我々の戦力は総勢約2500。敵勢力はナルビア駐留分で推定5万、マシェンリー川付近に待機中の戦力約1万が合流すれば
計約6万ですから、戦力としてはおよそ28倍の開きがあります。」
「ちょ、ちょっと。28倍の戦力差なんて話にならないじゃないですか?」

 フィリアが口を挟む。28倍の戦力差と聞かされては驚いても仕方がない。

「数の上では確かに圧倒的に敵が有利です。しかし、敵勢力は戦略に欠ける面が多く、数で力押しするような感があります。実際、エルスとバードでも
戦力では圧倒的に我々が不利でしたが、現在では敵勢力をほぼ撃退することに成功したくらいです。それに敵勢力の中には数と権威の鎧を剥がせば、
実力的には素人同然の勢力が相当数存在します。」
「ふーん・・・。侵略の軍隊だからもっと強力な戦力を備えてても良さそうなものなのに・・・。そう言えば、テルサも魔術師が居なかったし、いきなり
攻め入って威圧してその勢いのままで町を支配したって感じだったわね。」
「ミルマの場合もほぼ同様です。さらにミルマには国王勢力と密接な関係があるミルマ経済連がありますし、自警団も事実上ミルマ経済連の支配下に
ありましたから、街の支配はむしろテルサより容易だったかもしれません。そんな事情もありますから、今回も数の面では圧倒的に不利でも、この度
ドルフィン殿の御一行との共闘関係を締結できたことで勝機は我々に十分あります。」
「なるほど・・・。」
「そこでドルフィン殿。貴方には直進するコースに加わっていただきたいのです。こちらはマシェンリー川に待機中の戦力など、敵勢力と多く交戦するのが
必至。貴方の力が是非とも必要です。よろしいでしょうか?」
「分かった。」
「ありがとうございます。で、残るお二人は森林から迂回するコースに加わっていただきたいと思います。こちらは情報部隊が中心となって行動します。
勿論、情報部隊も実戦能力を備えていますのでご安心下さい。」

 片や実戦主体、片や隠密行動と二つのコースは性質がかなり異なる。その中で自分とフィリアをドルフィンから引き離す理由がよく見えないのが、
アレンには引っ掛かる。

「あの・・・どうして俺とフィリアをドルフィンと別コースにするんですか?」
「今回作戦に加わるメンバーの大半はアルフォン家令嬢の顔を見たことがありませんし、当方で把握している人相などの情報だけでは判別の決め手に
欠けます。貴方の父上は尚更です。顔を知っている貴方達の少なくともどちらかに加わって戴かないことには救出に手間取る可能性が高くなります。」
「あ、そうか・・・。」
「あいつの顔なんて思い出したくもないけどね・・・。」

 フィリアは眉間に皺を寄せて見るからに不快そうな表情を浮かべる。何せ出会って早々に取っ組み合いの喧嘩をしたくらいだ。感情の歪みはそう簡単には
修正できないだろう。

「それで、森林から入るコースは一旦、森林前で前線基地を作ります。そこから先陣が内部に侵入して重要人物を救出する一方で救出した同志と共に
内部を霍乱、そして一度前線基地へ引き返した後、直進するコースと同時に城へ突入するというのが今回の作戦です。」
「森林からのコースはかなり危険を伴うな。」
「はい。しかし今回の共闘作戦の条件である重要人物2名の救出を行い、且つ我々の行動が囚われの身となっている人民への報復行動になることを
避けるには、今回の作戦が最も適切なものかと思います。」
「俺が加わるコースは道さえ案内して貰えれば人数は少なくても良い。この二人の身の安全を最優先してくれ。」

 ドルフィンがそう言うと室内が俄かにざわめき立つ。ドルフィンの言葉が慢心から来たものと受け止めたのだろう。それは無理もない。情報で幾ら
その名や力を伝えられえていても、実際にその力を見たことがないのだから。情報は名前や人相など表面的なものは比較的容易に伝えることが出来るが、
実力そのものを伝えることは出来ない。ドルフィンの言葉で沸き立った不信と疑問のざわめきの中から、一人の若者が席を立ってドルフィンに向かって
率直な疑問をぶつける。

「失礼ですが・・・ドルフィン殿。私達は貴方の力を知らない。先程の言葉をそのまま受け取って良いんですか?」
「お前達『赤い狼』は、俺の力が欲しいから主義主張の同化を棚上げにしてまで俺達に共闘を申し込んだんじゃないのか?」
「それはあくまで中央本部として下した総合的な判断です。テルサ支部やミルマ支部からの情報で比類なき力と聞き及んではいますが。」

 その若者はその力を証明して見せろと暗にドルフィンに迫っている。フィリアは昨日ドルフィンが言ったとおり、ドルフィンに食って掛かったアレンは
尚のこと、組織の中央が下した判断が即ち組織の構成員全体の意思ではないということを肌身で感じる。
 一気に緊張感が増した雰囲気の中、アレンとフィリアはドルフィンが若者の求めに応ずるのかどうか、固唾を飲んで見守る。しかし、ドルフィンは眉一つ
動かさずに若者の疑問に答える。

「見たいんならその目で見てみることだ。もっとも戦力の配分が許せば、だが。」
「この場で一度お見せいただきたい。我々にとって戦力の把握は重要なことです。」
「止めなさい、バルジェ。我々『赤い狼』はテルサ支部やミルマ支部からの情報だけでなく、我々の目的である王権打倒の達成に最も近付いている現在の
情勢を踏まえた上で、中央本部で検討した結果、ドルフィン殿の一行と共闘関係を締結することを決めたのだ。今この場において議論すべきは共闘作戦の
内容であって、情報の信憑性ではない。」

 ドルフィンとバルジェというその若者との間で激しい火花が散り始めたところで、リークがバルジェを制する。これまで丁寧そのものだったリークの
言葉遣いが変わったことからも、リークの議事進行役としての責任感が窺える。

「しかし代表。信憑性が疑わしい情報を元にした作戦を議論するのは・・・」
「さっきも言った筈だ。情報だけを元に共闘関係を締結したのではない、と。」

 バルジェを見るリークの目が急に鋭さを増す。今更何を言っている、と言っているようなリークの目に気圧されて、バルジェは不満を隠しきれない
如何にも口惜しそうな表情で座る。
 一行から見て、今回初めて一大組織の長という権力が発揮された。国家特別警察の場合と違うのは、それが自分の権力を傘にして言うことを聞くのが
当然という言動か、理論と規律を背景にした言動かということである。

「話を元に戻します。戦力の配分は直進するコースと森林を通過するコースでおよそ6:4の割合で配分します。森林を通過するコースは進軍の途中で
他都市から召集された敵勢力と鉢合わせになる可能性も考えられますので、魔術師や魔道剣士も多めに配備します。」
「配分はそちらで決めてもらえば良い。進軍の順番や日程はどうなってるんだ?」
「それは次のページをご覧下さい。」

 ページを捲ると、今度は「北進コース」と「潜入コース」と大きく書かれ、それぞれに場所と日時が矢印で繋がれた項目が書かれてある。アレンとフィリアは
説明が始まる前に自分達が加わる「潜入コース」の方にひととおり目を通す。

「表記中『北進コース』と書いてある方が、先程まで直進するコースと称していた方です。そして『潜入コース』と書いてある方が森林から入るコースと
称していた方です。で、まず北進コースの方から出発して潜入コースはこの中央本部で待機してもらいます。北進コースは一旦エルスとバードの応援に
向かいます。この状態になった段階で潜入コースに連絡を行いますので、直ちに出発してもらいます。」
「エルスとバードまで所要時間は丸1日か・・・。これは不眠不休で突っ走った場合か?」
「いいえ。途中8ジム程の断続的な休憩を挟みます。そうでないと戦闘に支障をきたす恐れがありますので。」
「そうか。分かった。」
「北進コースはここでエルスとバードで交戦中の我が支部と合流して戦闘を行い、敵勢力を撤退に追い込み、それを追う形で北進します。そして
マシェンリー川を渡り、物資や戦力を補給するために待機中の敵勢力と交戦、さらにこれらを徹底的に追い込み、それを追う形でナルビアの手前まで
進みます。ここで可能な限り敵勢力を削減することが望ましいので、ドルフィン殿のお力を借りたいということです。」
「まあ、テルサ程度の兵力なら軽いもんだが・・・。魔術師や魔道剣士が居ると少々面倒だな。それで所用時間を10日としているわけか。」
「はい。ドルフィン殿のお力は情報で聞き及んではおりますが、敵勢力が向上している可能性も考えられますので、余裕を考えてそのように設定した
次第です。それに加えて、エルスとバードは町そのものも一時戦場になっていましたので、ある程度復興しないと人民の生活基盤が崩壊してしまいます。
北進コースはその方面での救援的役割も担うことになります。」
「それは仮にも国王にとって代わろうというなら当然のことだ。一般人の生活支援も出来ないようじゃ、単なるゲリラ集団と同じだ。」
「おっしゃるとおり、我々はあくまでもある主義主張を元に国を運営しようと考える組織ですから、戦闘のみならず、必要ならば人民の生活基盤を整備、
支援するのは当然のことです。さて・・・潜入コースは北進コースからの連絡を受けて出発します。この連絡の所要時間には北進コースのエルスとバードへの
到着時間である丸1日を想定していますが、北進コースが途中で敵勢力と交戦するなど、諸般の事情で連絡が遅れる可能性があります。北進コースが
出発してから連絡が到着するまでに最大所要時間の2日プラス3日を過ぎた場合、潜入コースはそれ以上連絡を待たずに出発してもらいます。」
「代表。潜入コースは出発から図中にある森林前の前線基地構築までの所要時間を6日と見込んでいますが、もう少し長くした方が良いのでは
ないでしょうか?」

 先程ドルフィンの実力に疑義を唱えたバルジェとは別の若者が質問する。今度は共闘関係に関係する問題ではないだけに、リークはそれを咎めようとは
せずに逆に問い掛ける。

「その理由は?」
「距離としてはこちらの方が長いですし、他都市から召集された援軍と交戦状態になる可能性もあります。戦力を等価に配分したとしても、前線基地を
構築する期間を含めた所要時間を最低15日は見込んでおくべきではないかと思います。」
「ふむ・・・。しかし、15日は長過ぎるのではないか?あまり遅いと北進コースが足止めを食らうことになって、さらに戦闘が行われることになる。そうなると、
囚人や非戦闘員が戦闘に駆り立てられたり、みすみす増援を待つことになりかねない。」
「え?ということは、国王勢力は囚人や一般の人を徴収したものじゃなかったんですか?」

 アレンは確認の念を込めてリークに問う。するとリークは頷いて答える。

「ええ。敵勢力は国外から派遣されてきた兵士を従来の国軍の配下にしているそうです。」
「それは何処からの情報なんですか?」
「これまでの戦闘結果と捕虜にした国家特別警察の兵士から得た情報です。国家特別警察の構成は従来の国軍の下士官クラスを各都市の支部長官や
幹部クラスと定め、その配下に従来の国軍の一部と多数の派遣されてきた兵士を置いているということが判明しています。その為か捕虜にした兵士達は
一様に国王に対する忠誠心が希薄で、中には国王の名前すら知らない者もいるほどです。」
「そんな兵士を一体何処から大勢・・・。」
「アレン。今は作戦についてのことだけに考えを集中するんだ。特に今はお前が加わるコースに関することを議論してる。話を終えてから推測しても
遅くない。」

 ドルフィンがアレンの思考を遮る。先程リークがバルジェを咎めたのと同じだ。この場は作戦をどう進めるか、内容に問題はないかを議論するのが
第一であり、それ以外は俎上に乗せるべきではない。それは議論を停滞させるばかりか、時に議論の本筋から逸脱させて思わぬ混乱を招くことになる。
リークもそれを十分承知しているからこそ、敢えて憎まれ役を買って出るようなことを言ったのだろう。

「よろしいですかな?」
「は、はい。リークさん、すみませんでした。」
「いやいや。では本題に戻して・・・この件に関して他に意見はありますか?」
「代表。15日は長いとしても、前線基地構築の場所が敵の航空部隊に発見されたりしないよう森林内部に構築するとして、その分の手間を考えて10日
ぐらいは見込んでおくべきだと思います。」
「私も同感です。倍の12日くらいが適当かと思います。」
「しかし、迅速性も要求される今回の作戦では、そもそも北進コースの10日というのも長すぎるような気がする・・・。」
「潜入コースの場所までは余裕を持っても4日で到着する距離だ。我々の技量なら2、3日あれば十分前線基地を構築できる筈だ。」
「潜入コースは先陣が続いて敵本陣である城内に突入するんだから、体力回復の時間を考慮して7日か8日は見込むべきじゃないか?」
「北進コースも戦闘が続く。それで余裕を持って10日としているとのことだから、潜入コースは出発までのロスを除いてももっと多めに見込んでおいた方が
良いと思うぞ。」

 日程を巡って出席者から幾つもの意見が出され、会議は混迷の様相を呈し始める。このままでは会議の進行どころではなくなってしまう、と思われた時、
前で頻りにメモを取っていたリークが左隣の中年の男−恐らく幹部クラスだろう−と小声で何か相談した後、手をパンパンと2回大きく叩く。
 ざわめきが喧騒へと変わり始めていた会議の場が徐々に落ち着きを取り戻していく。完全に場が静まったのを確認して、リークは隣の男からメモを
受け取って言う。

「日程に関して出された意見は大別して二つ。一つは今回提案したもので良いというもの、もう一つは、潜入コースは出発までのロスや体力回復、
前線基地構築の時間を多めに見込むべきだというものです。他に意見はありますか?」
「・・・。」
「意見がないようですので、それらに関して順番に意見を主張してもらって、最終的に多数決で日程の案を決定することにします。まず、日程は現状どおりで
良いと思う人は挙手してそれを支持する理由を述べてください。」

 リークが議場に向かって投げかけると、最初にドルフィンが挙手する。意外な人物の挙手に会場は少しざわめくが、ドルフィンはざわめきが収まるのを
待って口を開く。

「今回は事態が急を要する。相手が今まで実力や忠誠心に乏しい傭兵で組織されてきたとはいえ、新たに投入される部隊が必ずそうであるという保証は
何処にもない。相手である国王勢力に補給や援軍の時間を与えることは賢明じゃない。北進コースは早め早めに敵を叩いてナルビアまで追い込み、遠距離
攻撃が可能ならそれで潜入コースの到着や連絡を待たずに極力ナルビアの戦力を削っておく。そうすれば潜入コースが進軍し、前線基地を構築する余裕も
生じる。」
「今回こうして二つのコースに分けたのは陽動作戦の意味もあってのことですが、ドルフィン殿はその意味をさらに強めようということですか?」
「そうだ。北進コースで国王勢力を撤退させるのに10日というのも、俺に言わせればむしろ長過ぎるくらいだ。戦闘だけでそれが殺し合いも辞さないと
いうのであれば、2日3日あれば十分だ。市民生活の復旧に時間をかけたいといっても、それは最低限に留めるかその町の支部を復旧活動に専念させるなり
して、本隊はあくまでナルビアを目指した方が良い。」
「殺し合いも辞さない・・・それは、今までの戦闘でもそうでした。我々とて無意味に死傷者を出したくはありませんが、自己防衛や人民の生活を圧政から
救うために、敵兵を相当数殺害しています。無論、我々の側でも死傷者は出ています。」
「戦争で出た死傷者に無意味も何もない。戦争は殺し合いなんだから死傷者が出るのは当然だ。違うのはその数が多いか少ないかでしかない。それに
死傷者の位置付けや戦争の目的なんてのは前でも後でもどうにでも付け足せる。国王勢力がお前達を殺すのは国家のため、治安維持のため、と言って、
その過程で出た死傷者は国家のため、治安維持のために戦って傷つき、或いは死んだのだと賞賛するのと同じだ。立場が違えば死傷者の位置付けも相手を
殺す目的も違う。戦争ってのはそういうもんだ。」

 ドルフィンの言葉に会場の雰囲気がぴんと張り詰めたものに変わる。
これからの戦闘では30倍近い戦力とぶつかることになる。当然数多くの死傷者が出るだろう。如何に自己防衛のため、人民のため、といってもその過程で
生じる人殺しという結果は人殺しであることに変わりはない。ドルフィンはこの作戦の過程で避けられない人殺しという事実を背負えるだけの覚悟が
あるのか、と言っているのだろう。それは以前、テルサの国家特別警察の本部に突入する前にドルフィンがアレンとフィリアに諭したことと同一である。

「・・・では、潜入コースの日程の方はどうでしょう?」
「同時に出発しても差し支えはないんじゃないか?『赤い狼』は情報伝達手段に関しては奴等より上手のようだし、それを使えば北進コースと潜入コースが
どんな場所に居ても状況や指示のやり取りができるだろう。・・・俺が今言いたいのはそれだけだ。」

 ドルフィンが発言を締めくくると、暫く誰も挙手しないし発言もない。それだけドルフィンの言葉が重く圧し掛かったのだろう。
圧政に苦しむ人民のため、弊害の多い国王による絶対政治に取って代わる主権在民の政治体制構築のため、と思ってこれまで取ってきた自分達の行動も
見方を変えれば単なる殺し合いであり、政権の椅子を巡る血で血を洗う戦いでしかないということを思い知らされたのだろう。
 それは作戦の日程をどうするか以前の問題であり、あまりにも重く、深い問題である。人間相手の戦闘に慣れている筈の彼らでさえこうして悩むのだ。
慣れていないアレンやフィリアが戸惑うのも当然だろう。逆に人殺しが何の迷いもなく実行できるような段階では、既に通常の判断能力はなくなって
いると言える。

「・・・他に、現在の日程に関して支持する理由のある人は。」

 リークが滞った空気を破って問いかけけるが、ドルフィンの言葉があまりにも重く圧し掛かったせいか、他に挙手する者はなかなか出てこない。
次の提案に移ろうかとした時、ようやく挙手する者が現れた。それは何とドルフィンの実力に疑義を唱えたバルジェである。

「・・・私もドルフィン殿と同じく、日程的には原案を支持します。北進コースにはドルフィン殿が加わるということですし、敵勢力の撃退にさほど時間を
要しないと思います。市民生活の復旧はエルスとバードの支部に任せることにして、我々はあくまで敵の本陣であるナルビアへ後退する敵勢力を追うことに
専念すべきだと思います。」

 バルジェもドルフィンの力の程を情報として知っているが、勿論それを確認してはいない。先程疑義を唱えたのに加えて今回原案に賛成の立場を
とったのは、ある意味ドルフィンに実戦でその力を証明して見せろ、と仄めかしているのだろう。リークはバルジェがドルフィンと同じ立場をとったことに
その意味を漠然と感じ取るが、敢えてそれを咎めずにさらにその内容を問う。

「潜入コースの日程に関しては?」
「出発までの待ち時間の3日というのは長いと思います。ドルフィン殿も言ったように、むしろ同日に出発して一刻も早く作戦の実行に当たるべきだと思います。
日程としてはナルビアやミルマ以東の他都市10)からの追撃隊との交戦を考えると、これで丁度良いくらいではないでしょうか?」
「ミルマ以西から応援が通過してくると厄介なことになるぞ。現在までにミルマに他都市からの応援が通過しようとしたなどという情報は届いているのか?」

 その質問に、それまで押し黙っていたイアソンが挙手した後答える。

「ミルマ支部からの情報では、他都市やナルビアから国家特別警察が派遣されたということはないということです。また、テルサからもつい先日情報が入り、
現在は支部の建て直しと同時に町の防衛力整備に協力しており、他都市からの敵勢力の襲撃は今のところないそうです。」

 テルサ出身のアレンとフィリアは、テルサが現在まで無事であるというイアソンの説明に内心安堵する。
レクス王国の秘境と言われるほどの辺境に位置し、人口や自警団の絶対数も他の町より少ないテルサが国王勢力の『報復』を受けていないかどうか、口には
出さないまでも今まで何度も脳裏に浮かんできた懸案事項だったのだ。
 ドルフィンは逆にその情報を訝る。普通なら一都市の、それもテルサのような小規模の都市のみならずこの国最大の町であるミルマまで仲間の戦力が
壊滅したとあれば、他都市にもその影響が波及しかねないから奪還へ向けて徹底的に動くのが、こういう場合に権力の側が執る常套手段である。
自分がテルサで報酬を辞退してその分を防衛力の整備に回すように言ったのはそういう推測に基づいてのものであるが、国王勢力には自分や『赤い狼』が
持っているような戦略の常識がまったく備わっていないようだ。
 或いはそれこそ昨日イアソンが言ったように、町の占領や支配、そしてそれの崩壊などどうでも良くて国王勢力の、否、それを裏で操る謎の黒幕の目的は
別のところにあると見た方が、筋が通る。だとしたらその目的は何なのか、ドルフィンとしてはそちらの方が気になる。

「だとすると、ミルマ以西からの敵勢力の進入の可能性は非常に低くなりますから、エルスとバードの攻略に大きな戦力を割いている敵の情勢から考えても、
この日程で妥当ではないかと思います。以上です。」
「分かりました。他に支持理由を述べる人は居ますか?」

 会場を見回しても新たに手を挙げる者は居ない。リークは全ての意見が出たものと判断する。

「では次に、所要時間を大目に見込むべきだという人は挙手して支持理由を述べてください。」
 これには同時に3人が挙手する。何れも先程その意見を述べた者だ。

「所要時間は大目に見込むべきだと思います。潜入コースはドルフィン殿が居ない為、一旦交戦状態に突入すると長引く可能性があります。その体力回復や
体勢の建て直し、そして森林内の前線基地構築という困難な状況を踏まえると、所要時間は10日では少ないと考えます。以上です。」
「私も同じです。我々の戦力を代表が先程述べたように配分すると潜入コースの方が少なく、交戦時には非常に不利です。出来るだけ安全なルートを
辿ると必然的に遠回りを余儀なくされます。その上前線基地の構築がありますから、所要時間は多く見込むべきだと思います。終わります。」
「私も潜入コースの所要時間を多く見込むべきだと思います。やはり戦力そのものが敵勢力より圧倒的に少ない上にそれを2コースに配分するわけですから、
余程強力な精鋭でも揃えない限り厳しい戦いは避けられません。今のところ安全が保証されているミルマ寄りに大きく迂回することや前線基地構築を
考えて、原案より多めに所要時間を見込むべきだと考えます。以上です。」

 この立場をとる意見は、何れも戦力不足とそれに伴う迂回や前線基地構築に時間が必要と考えてのもののようだ。それがドルフィンの戦力を考えての
ものかどうかはそれぞれで異なるようだが。
見渡して挙手して意見を陳述した三人以外に挙手する様子がないと見ると、リークは議事を進める。

「以上で二つの案の支持理由が述べられました。これ以外に質問や意見などはありませんか?」

 見渡してやはり挙手する様子はない。これで全ての案とその支持理由が出揃ったと言える。

「ではまず肝心の、潜入コースの日程がこれで良いかどうかの採決を行います。これまで述べられた意見を踏まえて各自判断して挙手してください。
過半数が挙手した案を採択し、必要なら続いて日程について議論します。」

 リークは背後にある、自分達『赤い狼』の端の右隣に掛けられた柱時計を見て再び議場に向き直る。

「今から10ミムほど間をおきますので、休息がてらその間に判断してください。」

 リークの宣言に合わせて周囲がざわめき始める。近くの人間と討論しているのだろう。アレンとフィリアは半ば眠気を感じていたところに採決すると
言われて戸惑う。フィリアは、テルサに居た頃よく教会に通っていたので長時間話を聞くことにまだ慣れている方だが、教会にはフィリアに誘われて
毎週の礼拝に赴くくらいしか縁のなかったアレンには、幾ら自分達に関わることとはいえ、どうしてもこういう会議の場では疲労を感じてしまう。
一方、ドルフィンは腕組みしたままの姿勢で敵と対峙する時と同じ鋭い表情をしている。その様子から退屈や疲労感はまったく感じられない。
 アレンとフィリアは採決が始まるまでにと急いで考えを巡らせる。自分達が加わるコースのことだから真剣に考えなければならないのは勿論だが、
テルサから出るのは今回が初めての二人には地理も満足に掴めないし、今回の作戦では今までのように降りかかる敵をドルフィンが軽々と粉砕してくれる
わけではない。自分達の力量と同行する『赤い狼』の戦力、そして予想される敵との遭遇とその戦力、不眠不休で突っ走るわけではないだろうから
最短コースを走る場合と迂回する場合の所要時間の違い、そしてドルフィンが加わる北進コースとの兼ね合い・・・と、考慮しなければならない事項は数多い。
 考えれば考えるほど、二人にはどちらの案が適切なのか分からなくなってくる。しかし、採決の瞬間は刻一刻と近付いて来る。思いあぐんだ二人は
ドルフィンに意見を求める。

「ねえ。ドルフィンはどっちの案が良いと思う?」
 アレンが尋ねると、ドルフィンは首だけ二人の方を向けて短く答える。

「自分達に関係することなんだから、自分の頭で考えることだ。」

 考えても分からないから意見を求めているのに、とアレンは少しむっとするが、確かにドルフィンの言うことはもっともである。コースが分かれることは
もはや確定したことであり、これまで進んできたときのようにドルフィンの力の背後に隠れているわけにはいかない。ハーデード山脈内部の古代遺跡に
突入したときのように、自分達の力で切り抜けなければならないのだ。フィリアは小声でアレンに話し掛ける。

「アレンはどっちが良いと思う?」
「さっきから考えてるんだけど・・・地図を見ると距離的にはこの紙に書いてある案で十分だと思うけど・・・敵と鉢合わせになったりそれを避けるために
出来るだけ迂回することとか考えると、大目に見込んでおいたような良いような気がするし・・・迷うんだよなぁ・・・。」
「アレンも迷ってるのかぁ・・・。私も人のこと言えないけど・・・。」

 二人はうん、と考え込んでしまう。しかし、時の流れの体感速度はこういうときに限って早くなるものである。

「では、時間がきましたので採決を行います。」

 リークの宣言を聞いて二人は早過ぎないか、と思わず時計を見るが、確かに時計の針はリークの前の宣言から10ミムを過ぎている。二人は必死で自分の
中で考えを纏め、ぎりぎりのところでそれぞれの結論に達する。

「まず、原案どおりで問題ないとする人は挙手して下さい。」

 ドルフィンとバルジェの他、意外に多くの出席者が挙手する。その中にはあのイアソンも含まれている。リークは挙げられた手の数を素早く数えて、
右隣の男性にその数を小声で伝える。続いてリークの両脇以外の、リークと同じ列に座る人々がそれぞれ数を数えて、その数をリークの右隣の男性に
伝える。その数の確認を済ませた後、リークは議場に向き直って言う。

「次に、日程の変更をすべきだという人は挙手して下さい。」

 これには先程挙手しなかった面々に加えてアレンとフィリアが挙手する。ドルフィンの力無しに挑んだハーデード山脈の古代遺跡内の戦闘での経験を
踏まえると、やはり大幅に迂回するなどして出来るだけ安全なコースを通るべきであり、そのために日程の延長は避けられないと判断したためだ。
リークは挙げられた手の数を素早く数えて、再び右隣の男性にその数を小声で伝える。さらにリークの両脇以外の、リークと同列に並ぶ人々も挙手の数を
数えてリークの右隣の男性に伝える。リークは前より男性の記録を長く見ている。数に過不足がないかどうかを確認しているのだろう。
それを終えると、リークは議場に向き直って宣言する。

「採決の結果、私と私の横に並ぶ副代表、書記長、書記委員4名の計7名を除く有効票数80のうち、原案支持が47、日程変更案の支持が43。よって原案を
採用するものとします。」

 採決の結果は実に4票差という僅差だが、過半数を獲得したのは原案の日程である。意見が色々と出された段階では日程を変更する案が優勢のようにも
思えたが、ドルフィンのこれまでの発言内容やその自信溢れる態度から、ドルフィンの加勢によって北進コースの陽動作戦がその有効性を増すため、
潜入コースの日程の延長などは必要ないという方向に傾いたのだろう。その中にはバルジェのように、ドルフィンに対して言ったことを実戦で証明して
もらおうという意図を持つ者も少なくない。やはり幾ら情報でドルフィンの力が凄まじいものだと聞き及んではいても、いまいち「部外者」の言うことは
信用ならないのだ。

「では潜入コースの日程は原案どおりとして、次の議題は潜入コースの出発時期です。これに関しては、原案どおり北進コースの出発から最長5日後に
出発するか、ドルフィン殿が言われたように北進コースと同時に出発するかの二案が現在までに出ています。それ以外に意見はありませんか?」

 リークが問い掛けるが、挙手する様子は見えない。考えられるのは北進コースが敵勢力を撃退したと連絡が入ってから潜入コースが出発するという
案などがあるが、ドルフィンが加わることで北進コースの作戦実行の成否を待つ必要はないと判断したのだろう。

「こちらは直ちに採決を行います。まず、原案どおり北進コースの出発から最長5日後に出発する案を支持する人は挙手して下さい。」

 今度は明らかに挙手の数が少ない。リークはしかし、その数を数えて右隣の男性に伝える。やはり先程挙手の数を数えていた4名も−彼らが書記委員で
あろう−、数を数えてリークの右隣にいる男性に伝える。結果は明らかでもその詳細を残しておくという方針なのだろう。
数の確認が終わると、リークは議場に向き直って言う。

「続いて、北進コースと同時に出発する案を支持する人は挙手して下さい。」

 今度は先程とは逆にアレン、フィリア、ドルフィン、そしてイアソンやバルジェの他に多数の手が挙がる。やはり今回でも、ドルフィンが加わる
北進コースが十分な陽動作戦を実施できるだろうし、それを証明して見せろという意図が働いているのだろう。その焦点であるドルフィンは、挙手する
ために腕組みこそ解いてはいるが、敵を見据えるような鋭い瞳は変わらない。ドルフィンにとってはこうした会議の場もまた戦場であり、共闘関係を
締結したといっても完全に気を許したわけではないのは『赤い狼』と同じなのだろう。
 その様子を見て、よくこれだけ緊張感が持続できるものだ、とアレンは信じられない思いを抱く。これだけの緊張感が持続できるようになった
ドルフィンの修行や、そのドルフィンが唯一師匠と呼べる人間だという人物がどんな人物なのか知りたい、という思いがアレンの中でさらに強まる…。

用語解説 −Explanation of terms−

10)ミルマ以東の他都市:レクス王国には今まで登場したテルサ、ミルマ、ナルビアなどの他、人口数千〜2万程度の町が点在している。地理的にはミルマが
ほぼ中央に位置し、東西の交流の拠点ともなっている。


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