Saint Guardians

Scene 2 Act 3-4 遺言-Will- 待ち続けた者より未来の勇者達へ

written by Moonstone

 リーナが手を出しあぐんでいると、ドームを覆い隠していた触手の、一行から見て両脇の数本が再びうねるように動き始め、一行目掛けて突き出される。
結界が激しく打ちのめされ、何時崩壊してもおかしくないように思える。結界の崩壊は即、一行の死へ繋がるのは目に見えて明らかだ。

「このままじゃ、埒が明かない…。」

 アレンは何も出来ない自分への怒りが、完全に守勢に回された焦りに重なる。

「ちょっと!あんたが言ってた呪文はどうなっているのよ!何も効いてないじゃないの!」

 リーナが頭上に浮かぶ球体に怒鳴る。

「呪文に対する『主』の防禦反応が予想以上に早くて、呪文の浸透がままならないのです。呪文の増殖を早めてはいるのですが…。」
「ったく!これじゃ永遠に結界の中よ!」

 リーナは急速に溜まる鬱憤を吐き捨てる。

「あの触手を動かすのが、『主』にとってかなりの負担なのです。あれを常時動かすように仕向ける事ができれば…。」
「そんな事言ったって…。」

 それが出来れば苦労はしない、と言いかけて、アレンはそれを飲み込む。ローウォーの結界をも打ち砕かんと振り下ろされる−それも数本ずつ交代という
強かさで−巨大な触手を相手に、生身で挑むなど無謀でしかない。

「…あんた、どうにかしなさいよ。」

 不意にリーナが口を開く。視線は間違いなくアレンの方を向いている。

「あんた、建物の中に入ってから殆どドルゴの操縦だけよね?ここらでその腰にぶら下がってる、大層な刃物を使ってみたら?」

 リーナはアレンに、結界から出て触手に直接攻撃を仕掛けろと仄めかしている。勿論、アレンの生命を差し出せと言わんばかりのこの提案に、フィリアが
黙っている筈がない。

「何馬鹿な事言ってんのよ!あんな触手に殴られたらひとたまりもないでしょ!」
「そりゃそうでしょうね。」
「な、何をあっさりと…!仲間に対して…!」
「仲間ぁ?面白いこと言うじゃない。あたしが何時、あんた達の仲間になった?あたしはドルフィンと約束して、あんた達に付き合ってるだけ。都合の悪い時に
なって仲間だなんて、気色の悪いこと言わないで頂戴。」

 フィリアは何か言いたそうであったが、言葉に出しあぐむ。リーナはフィリアに勝利を確信したかのように口元を歪め、視線をアレンに戻す。

「あんたもそんな物騒な刃物ぶら下げてるくらいなら、それらしいことやってみなさいよ。それとも、それは大袈裟なアクセサリー?」

 リーナはアレンに矢継ぎ早に激しい言葉を浴びせる。

「剣をぶら下げてる奴なんて、大抵は虚勢を張ってる臆病者よ。自分が偉くなったように思えるから、持ってるだけ。」

 臆病者という言葉に、アレンは敏感に反応してリーナを睨む。

「なあに?その目?悔しいの?悔しいなら、自分が臆病者じゃないって証明してごらんなさいよ。別に逃げ出しても良いのよ?」

 アレンはせせら笑うリーナの言葉の嵐にも殆ど表情を変えずに、ゆっくりと立ち上がる。結界を殴打し続ける触手に目をやると、アレンの大きな瞳が
さらに大きく見開かれる。

「うわあぁぁぁぁぁっ!!」

 猛獣のような雄叫びと共に、アレンは剣を抜き、結界に衝突した瞬間の触手の一本に剣を叩き付けるように振り下ろす。
金属同志がぶつかり合う甲高い音が響く。
 一瞬の沈黙があった。
何と、アレンの剣が触手に食い込む。剣は勢いを増して、野菜を切るように触手を一気に切り落とす。アレンが勢いで剣先を床に叩き付けた時、
切り落とされた触手の先端が床に落ちて数回跳ねる。

「俺は…臆病者なんかじゃない!!」

 そう言ってリーナの方を向いたアレンの瞳には、フィリアが今まで見たこともない高ぶった感情の炎が燃え上がっている。
リーナの表情から嘲りが消え、ただ黙ってアレンを見詰める。
 アレンは踵を返すと、そのまま結界を飛び出す。獲物が出てきたことを察知したのか、それまで結界を打ちのめしていた触手が、一斉にアレンに攻撃の
矛先を変える。触手は先端から電撃を浴びせる。アレンは左腕にしがみ付く濃緑色の盾を前方に翳す。それまで閉じていた両目が開き、電撃が開いた口に
吸い込まれ、折り返し激しい電撃が吐き出される28)
。電撃は翻って触手に襲い掛かり、爆発があちこちで起こる。

「電撃の吸収と増幅、並びに反撃を確認。対象物体の左腕に別の生命反応を確認。」

 あの低い声が聞こえて来る。
触手は爆炎を纏いながら、アレンに勢い良く振り下ろされる。だが、アレンは素早く右に跳んで躱し、触手は勢い余って壁に衝突して瓦礫を撒き散らす。
壁に突っ込んだ触手は壁から先を引き抜くと、すぐにアレンに向かって襲いかかる。だが、これもアレンは身を翻して躱し、逆にすれ違いざまに触手の
一本に剣を水平に振り払う。剣は触手を真一文字に斬り裂く。別の触手が壁から引き抜かれるよりも早く、アレンは剣を縦に振り下ろす。
 金属であることを疑わせるほど触手は簡単に寸断され、先端の1/3程をなくした触手が壁から引き抜かれた残りの触手と共に、頭上高く振り上げられる。
数本では追い付かないと判断したのだろうか。頂点のドームを覆い隠していた触手も、ゆらゆらと動き始める。
ガードが甘くなったその一瞬を、リーナは勿論見逃さない。

「レイシャー・フルパワー!」

 結界から幅広の光線が飛び出し、触手の隙間を縫って飛び込む。大爆発が起こり、触手の動きが少し鈍くなる。
アレンの俊敏な動きに見入っていたフィリアも呪文の詠唱を始める。アレンは金属のいそぎんちゃくの懐に飛び込み、大木のような触手の根元に剣を
振り下ろす。斬り倒された大木のように、その触手はゆっくりと床に落下して地響きを立てる。
残りの触手が、一斉にアレンを押し潰そうと振り下ろされて来た。アレンは間一髪のところで躱し、直後にフィリアが叫ぶ。

「イクスプロージョン!」

 頂点のドームが爆炎に包まれる。

「警告!メインCPU保護壁に損傷発生!」

 低い声に続き、あの無機質な声が響いて来た。

「非常事態!増殖したウィルスが警備プログラムのコア・プログラムに侵入!メインルーチンをフラッシュ・メモリに退避!」
「非常事態!BAGUS能力、初期状態の70%に低下!」

 それを境に、触手の動きが目に見えて鈍くなって来た。

「ようやく呪文の効き目が『主』の中枢に浸透し始めました!」

 球体が対照的に興奮した口調で、目に見えない状況を説明する。アレンはすぐに体勢を立て直し、触手を根元から次々と斬り落としていく。
触手が少なくなったことで、ドームのガードが殆どがら空きになる。フィリアとリーナは、これを見逃さずに止めの一撃の準備に入る。

「バーン・オビジェル・ニール・カーム!炎の精霊よ、その力を凝縮し、我が敵の内側より炸裂させよ!イクスプロージョン!」
「レイシャー・フルパワー!」

 大爆発がドームを包み込み、さらに幅広の光線が槍のように突進して直撃する。爆発に拍車がかかり、透明の破片が火山弾のように吹き上げられ、
床一面にばら蒔かれる。

「非常事態!メインCPU防禦壁崩壊!サブCPUに制御機構を分散する!」
「非常事態!警備プログラムのサブルーチンにウィルス侵入!防衛触手の機能ダウン!」
「非常事態!BAGUS能力、初期状態の40%に低下!」

 低い声と無機質な声が立て続けに『主』の異常を告げる。頂上では爆炎が止まず、触手も2/3以上が斬り落とされた金属のいそぎんちゃくは、崩壊寸前に
追い込まれている。

「アンチクラッキングシステムよりワクチン投与開始!」
「非常事態!サブCPUにウィルス侵入!解析機能ダウン!」
「非常事態!フラッシュ・メモリ内にウィルス侵入!」

 アレンは身を屈め、切断された触手の根元に飛び移る。

「ワクチン投与サクセス!ウィルス撃退部分から、警備プログラム修復を開始!」

 アレンは巧みに金属のいそぎんちゃくの胴体の出っ張りを足がかりにして、上へ上へと駆け登って行く。

「警告!侵入者が上部に急速接近中!」

 アレンは爆炎が未だ立ち上る頂上に辿り着く。同時に剣を大きく振り上げ、所々が脈動している不気味に黒光りする謎の物体−これこそ『主』の本体−
目掛けて力任せに振り下ろす。
剣は保護壁を簡単に突き破り、物体に深く食い込むと透明の液体が吹き出す。突然、部屋の照明が消え、辺りが闇に包まれた。

「中央制御機構より全職員に勧告、全職員に勧告…。」

 あの無機質な声が響いて来た。

「メインCPU破壊。物理的ダメージにつき修復不可能。あらゆる処理を停止し、本基地を爆破する。本機能は機密保護のため発動されたものであり、
キャンセルは不可能。全職員は10分29)以内に基地敷地より退避せよ。繰り返す。全職員は10分以内に基地敷地より退避せよ…。」

 アレンは急いで胴体を飛び降りて、薄い赤色の結界に中に居るフィリアとリーナに告げる。

「脱出だ!急ごう!」
「爆破まで時間がありません!急いで下さい!」

 球体も事の重大さを諭す。

「カウントダウン開始。」

 低い声が流れる中、アレンはドルゴを召喚し、素早く跨って手綱を握る。フィリアとリーナも結界を解いてそれに続いて跨る。
すぐにアレンは手綱を叩いてドルゴを走らせ始める。

「前方の壁を開放します!そのまま走らせて下さい!」

 球体が指示する。一行を乗せたドルゴは部屋を出て、やはり暗闇に包まれた通路に入る。ゴウンゴウンと唸り声のような音を立てながら、前方を塞いで
いた壁がゆっくりと上昇し始める。アレンは来た時と同じ様に、シャッターの動作完了を待たずに床ぎりぎりを滑るようにドルゴを走らせ、自分も身を屈めて
少しでも早く通路を突破しようとする。フィリアとリーナもそれに倣って身を屈める。
 フィリアはライト・ボールで暗闇を照らし出す。通路が徐々に開けて来る中を、ドルゴが全速力で疾走する。
前方にぼんやりと銀色の物体が浮かび上がる。何と、上へ続く階段の周りに、一行を苦しめた金属の骸骨や金属の犬、そして金属の蜘蛛のような形をした
見たこともない物体が多数、一行を待ち受けるように立っている。これらは全て、アレン達の一行が中央制御室に近付いたことで招集されたものの、
非常シャッターで足止めを食った格好になっていたイントルーダ・ガーディアンである。

「最後の最後まで…。」

 リーナが両手を前方に翳した時、球体が制する。

「大丈夫です。『主』を失った今、彼らは動くことすら出来ません。」
「え?」

 アレンは身動き一つしない金属の置物となったイントルーだ・ガーディアンの集団に突っ込む。金属の骸骨や犬は、以前の纏わり付くようなしつこさも
なく、死者にまで鞭打つような冷酷な攻撃もなく、ただ、結界に跳ね飛ばされて床や壁に叩き付けられて横たわるだけだ。あれほどの力を誇った未知の
兵器も、物言わぬ置物に成り下がってしまった。

「…本当にただ動かされるだけだったのか…。」
「『主』を失った彼らにはただ、この建物の崩壊を受け入れるしかないのです。」

 一行を乗せたドルゴは地下1階へ辿り着く。
その時、建物全体を揺さぶる大きな振動が襲い、建物の天井から瓦礫の破片がぱらぱらと降り注ぎ、壁や床にひびが入り始める。

「建物が崩壊する!」

 アレンは手綱を強く叩く。
揺れは収まるどころか、更に激しさを増す。天井から降り注ぐ瓦礫は次第に大きさを増して来た。延々と続く地下1階の通路が、往路以上に長く感じられる。
 壁や床のひびが更に大きくなり、ひびとひびとが繋がり、巨大な亀裂となる。天井から降り注ぐ瓦礫も小雨から大雨、さらには豪雨となる。
アレンは懸命にドルゴを操作して、蛇行する通路を括り抜ける。
 通路を抜け、階段を抜けるとようやく1階に躍り出た。初めて足を踏み入れた時には遺跡とは思えないほど美しかった床や壁も、ひびや瓦礫で見るも
無残な姿を晒している。アレンは瓦礫の山を避けながら出口へと向かう。上から瓦礫が続々と降り注いでいる。もはや崩壊は時間の問題である。
一行を乗せたドルゴはついに出口から建物の外へ出た。

「何とか脱出できたか…。」
「安心するのはまだ早いです。この建物の敷地から脱出しないと、爆破された時、この空洞の上部からの大量の岩石に押し潰されることになります。」

 球体が諭す。機密保護のためにはまさしく容赦無く全てを瓦礫の下に埋めてしまうつもりらしい。

「そうだな。早くここを出よう。」

アレンがドルゴの方向を変えた時、結界の左側で大爆発が起こる。突然の激しい衝撃にアレンはドルゴから転落し、フィリアとリーナもつられて床に
落下する。ドルゴも衝撃で横転して、腹を向けた状態で横たわる。

「な、何だ?!」
「魔法反応よ。近くに敵が居る!」
「くそっ、こんな時に・・・!」

 一行は身構える。またしても大爆発が一行の結界を飲み込む。激しい衝撃が四方から一行を襲い、一行は衝撃波に弄ばれるように床から引き剥がされ、
押し付けられる。

「ガキ共…。よくも我々の崇高な計画を邪魔してくれたな!」

 暗闇の中から声がした。

「調査団の一味ね…。」

 フィリアが呟く。暗闇からライト・ボールの光に照らされて亡霊のように浮かび上がったのは、額から血を流し、豪華な鎧やローブが乱れた国家特別警察
ミルマ支部長官、ジェルド・マーカスをはじめとする遺跡調査団の生き残りである。
 彼らが意識を取り戻した時、既に建物はおろか、遺跡全体が大きく揺れていた。遺跡の崩壊を察した彼らは、やむを得ず退却する途中だったのである。
国王の勅命として行っていた大規模な遺跡調査を妨害された挙げ句、何も得ること無しに退却を余儀なくされ、国王に厳しく叱責されることが確実となった
我が身の不運を怒りに変えて、妨害した張本人であるアレン達にそれをぶつけているようだ。その中でも最高責任者でもある長官ジェルドの怒り−
八つ当たりに等しいが−は凄まじい。

「貴様らのせいで、手ぶらで出ることになってしまった!この責任、死で償ってもらう!」
「はっ、そんなこと、よくもまあしゃあしゃあと言えるもんね。あんた達が崇める国家のためなんだから、何が何でも古代文明の殺戮兵器の資料なり、
兵器そのものを持ち出してきたら?今なら変な金属の骸骨や犬も動きが止まってるから簡単よ。」

 リーナが激しく毒づく。敵に回った時には神経を掻き毟られるような気分にされるが、味方に回った時には敵を心理的に追い込む有力な心理的攻撃となる。
調査団の生き残りも痛い所を突かれて歯噛みする。本当に国家のため、国王のために動くのなら、命を賭してでも勅命として受けた任務である、古代文明の
兵器資料の発掘を遂行するべきである。しかし、遺跡の崩壊を察した彼らは、このまま奥へ突入して崩壊する遺跡と運命を共にすることを避け、退却を
選んだのである。

「結局あんた達も命が惜しいんでしょ?素直になったら?あんた達が死んだところで、国王にとっちゃあ、駒が幾つかなくなるだけなんだから。
そんなもんよ、人間なんて。」

 国王の勅命を受けたものの誇りと、差し迫る命の危険の狭間で喘ぐ調査団の生き残りには、リーナの言葉は何よりも痛烈な一撃となって深深と心に
突き刺さる。
 瓦礫が遥か頭上からも降り注ぎ始める。古代文明が自らの生命を絶とうとする瞬間が、刻一刻と近付いて来ている。睨み合いの中、じりじりと破滅への
カウントダウンが進んでいく。双方とも、相手の出方を慎重に窺う。

「時間がありません。」

 球体が小声で告げる。早く脱出したいのは山々だが、数こそ減っているとは言え、強力な魔術を持つ調査団を背後に残すのは、追撃してくれと言うような
ものだ。しかし、渡り合うには時間が無さ過ぎる。
 アレンはふと、懐に仕舞っておいた爆弾を思い出す。『赤い狼』のリーダーと名乗る青年から受け取った爆弾。今、調査団の生き残りと戦闘していては、
脱出までの時間に間に合わないだろう。
アレンは調査団から視線を逸らさずに、懐に手を入れる。暫く懐を探ると、小さな箱の感触があった。それを静かに取り出し、ライト・ボールの明かりを
頼りに、顔を調査団に向けたまま、視線を箱に移してボタンを探る。親指にボタンの感触が生じる。
 アレンはボタンを押す。5セムを数えたところで、爆弾を調査団に向かって放り投げる。爆弾は闇の中で弧を描いて、調査団の脇に落下する。
瓦礫かと調査団が思った瞬間、爆弾が炸裂する。結界を張っていなかった調査団は、絶叫を爆発音にかき消されて爆炎に軽々と持ち上げられ、地面に
叩き付けられる。アレンはすぐさまドルゴを起こして動かそうとしたが、衝撃で気絶してしまったらしく、手綱を叩いても動く気配がない。

「カウントダウン・トゥ・イクスプロージョン。60、59、58、57、…。」

 無機質な声が破滅の時まで残り僅かであることを告げる。アレンは焦ってドルゴの顔を叩いたり、手綱を何度も叩いたが、どうしてもドルゴは動こうと
しない。

「無駄よ。一度失神したドルゴはそう簡単に起きないわよ。あたしがドルゴを出すから。」

 リーナがそう言ってドルゴを召喚し、さっそうと跨る。往路で奇襲を受けて失神したリーナのドルゴは回復したようだ。
しかし、このままアレンとフィリアを放置して自分だけ逃げようとしないのは何故だろうか?今までの言動からすると、その行動は意外というのが適当だ。

「何ぼうっとしてんの?乗りなさいよ!」

 リーナが諭すと、アレンは我に帰ってドルゴの額に手を翳してドルゴを仕舞い、リーナの後ろに跨る。その後ろにフィリアも続いて跨る。

「行くわよ!」

 リーナは手綱を強く叩く。ドルゴは颯爽と走り始める。
爆弾の不意打ちを受けた調査団はうめきながら立ち上がろうとする。だが、至近距離で爆発の衝撃を受けて無事で済む筈が無い。

「こ、小癪なぁ…。」

 血塗れになった長官ジェルドは地面に爪を立てて悔しさを露にする。

「10秒前。9、8、7、…。」

 爆破がもはや目の前に迫っていることを悟った長官ジェルドは慌てて立ち上がろうとする。しかし、骨が折れたらしく激痛ですぐ倒れ込む。
他の生き残りは起き上がる気配すらない。そんな中でも破滅へのカウントダウンは無情に進められていく。

「3、2、1。爆破!」

 猛烈な爆発が、建物や岸壁、そして天井で次々に炸裂する。瓦礫の洪水と炎の嵐が、最後に空洞に残された調査団を遺跡もろとも飲み込む。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 長官ジェルドの断末魔の叫びも、土石流のように降り注ぐ岩石の音にかき消されてしまう。リーナが操縦するドルゴは、爆破の直前に遺跡のある空間から
脱出し、さらに連鎖反応で崩壊を始めたらしい、遺跡へ通じる巨大なドアがあった空間から脱出するべく疾走する。

「ここでお別れです。」

 球体は突然別れを告げ始める。

「私の意識を封じ込めていた魔法の箱も爆破で崩壊しました。この球体はその箱からエネルギーを貰っていましたから、動けなくなるのは時間の問題です。」
「そ、そんな、突然…。」
「これも必然的なことです。私も古代文明の力で意識を今日まで生き長らえさせて来れたのですから。でも、私は…ジッ…貴方達に出会えた…ジッ…ことで、
3000年以上も…ジジッ…意識を生き長らえさせてきた意味があった…ジッ…と確信できました。」

 巨大な扉があった空間を脱出し、本来の坑道に出たところでリーナは思わずドルゴを止める。
球体からの音声に雑音が混じり始めている。球体もまた、『主』を失ったことで消滅を余儀なくされる運命だったのだ。
 背後では猛烈な崩壊の交響曲が奏でられ、それに共鳴するかのような振動が一体を揺るがしている。それが、3000年以上遺跡を崩壊させる者を
待ち望んだ一人の古代人へのせめてもの餞なら、あまりにも寂しく、空しい。だが、球体は自らの消滅を受け入れる覚悟が出来ていたのだろう。

「ありがとう。…ジジッ…これで、…ジジジッ…・多くの同僚の罪も…少しは…ジジッ…和らげられます…。貴方達が…ジッ、ジジッ…私達と同じ轍を
踏まないように…祈っています…。」

 球体はふらふらと漂いながら、懸命に最後のメッセージを語り伝える。

「さよう…なら…。そして…ジジジッ、ジジッ…ありがとう…未来の…ジジジッ、ジッ…勇者達よ・・・。」

 球体はそれを最後に急に支えを失ったように地面に落下する。ガシャンと小さな音がした。
アレンが球体を拾い上げる。つい先程まで空に浮かび、自分達に語り掛けていた球体は、両手にすっぽりと収まる大きさの、白銀色の金属で出来た物言わぬ
球体でしかなかった。

「…行くわよ。」

 リーナは前を向く。アレンは球体を握り締めたまま、何も言わない。フィリアは俯いたまま小さく肩を震わせている。
リーナは手綱を強く叩いて、再びドルゴを走らせた…。
 一行は坑道を辿って外へ脱出し、ひんやりとする外気に触れた。空の濃い青が東の方から徐々に滲むように白くなり始めている。
時間の流れが分からない地下にずっと居たせいで分からなかったが、夜を明かしたのだ。
 リーナはドルゴを止めて降りる。アレンとフィリアも続いてドルゴから降りたが、その動きは鈍い。

「何時まで感傷に浸ってるつもり?」

 リーナが呆れたように言う。

「あの古代人は自分の遺志が全うされるのを見届けたのよ。思い残すことなんてない筈。それで何が不満?」
「不満はない。あの人も、マークスって人もこうなることは分かってたと思う…。」
「だったら…。」
「でも、折角出会えたのに…こんな短い時間でお別れだなんて…。それが悲しいんだ…。」

 アレンは物言わぬ置物となった金属の球体を大切そうに両手で抱えている。その後ろで肩を震わせているフィリアも同じだ。
意識だけの存在とは言え、古代文明の忌まわしい知識が洩れることを防ぐために行動を共にしたマークス。短い時間だったが、彼の助けなくして今の
自分達の存在はなかったかもしれない。彼は仲間であると同時に、命の恩人でもあるのだ。動かなくなったからさようなら、と簡単に片づけることは
どうしても出来ない。

「そんなに…悲しい?」
「え?」
「良いじゃない。あの古代人は納得済みだったんだから。何もかも。あたし達が泣いても喚いても、どうにもならないでしょ。」

 リーナの言葉は鋭かったが、相手の存在をも否定するような暴走ともいえる勢いは影を潜めている。その黒い、大きな瞳からも湧き出るようなどす黒い
感情は感じられない。

「あんた、こう言ったじゃない。『同じ失敗を繰り返さないようにすることが、人間の本当の進歩』だって。お父さんがそう言ってたって。あれは嘘なの?
嘘じゃなかったら、それを実行すれば?悲しむ暇があったらね。」

 リーナは大きく深呼吸する。心地良い外気を胸いっぱいに吸い込んで、一気に吐き出す。古代文明の歪んだ遺産とそれを狙った者達によって淀んだ
空気を全て追い出すかのように。

「『私達は今を生きている。それは必ず意味を持っている。自分の生きる意味と他人の生きる意味を知ることが即ち、良く生きることである。』・・・。
『教書』の一節よ。あの古代人が何度も言ってたでしょ。私達と同じ轍を踏まないでくれってね。」
「…そうだね…。」

 アレンは掌の球体を見て、剣を抜いて地面を掘る。

「俺達のこれからなすべきこと、それは過去と同じ轍を踏まないこと。それがあの人の遺志・・・。それを果たすことがあの人への餞なんだ・・・。」

 アレンは球体をそっと穴に入れ、土を被せる。

「分かったなら、とっとと戻るわよ。さ、乗った乗った。」

 リーナは再びドルゴに跨る。アレンとフィリアも続いてドルゴに跨る。
その表情は夜明け前の空のように、重く沈んだものから晴れやかなそれへと変わりつつあった…。

用語解説 −Explanation of terms−

28)電撃が開いた口に・・・:対魔法防禦のアーシルが反応したということは、BAGUSの電撃も魔法と等価であると考えるのが相当である。これは不可解な
ことに思えるが、アーシルは魔力ではなく、自分に向って来る魔法によって生じた炎や電撃といった現象に反応すると考えれば容易に理解できるだろう。
魔法によって発生する炎や電撃などは、実は通常の自然現象などと何ら違いはないのである。


29)10分:敷地内からの脱出にはあまりにも短い時間に思えるが、何らかの高速脱出の手段が用意されていると推測するのが自然である。しかし、
本来の職員が既に居ない今、それらは日の目を見ることなく遺跡と運命を共にするしかない。


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