Saint Guardians

Scene 1 Act3-4 解放-Liberation- 饗宴の中で(2)〜狼同士の対面〜

written by Moonstone

 ドルフィンは教会を出た後、一息入れる為に町の酒場へと足を運んだ。酒場は昼間から大勢の客で賑わい、古い建物を震わし、崩しそうなほどの大音響が
響き渡っている。相当深く酔っ払っているらしく、ドルフィンが入ってきたことに気付く者は従業員以外にはいない。客は大声で歌ったり、のた打ち回って
いるとしか思えない踊りを踊ったりと破天荒を絵に描いたような有り様だ。ドルフィンは空いていたカウンターの一つに座る。

「いらっしゃい。何にします?」
「ボルデー酒を。」
「かしこまりました。」

 マスターは棚からグラスを取り出し、そこにボルデー酒を並々と注いでドルフィンの前に置く。ドルフィンはそれを一気に飲み干す。豪快な飲みっぷりに、
マスターや近くの客は驚く。

「いい飲みっぷりですねえ。大したもんだ。どうです?もう一杯。」
「ああ。頂こう。」

 マスターは空になったグラスに、再びボルデー酒を注ぐ。それもドルフィンは簡単に飲み干す。これにはマスターは勿論、見ていた周囲の客も感嘆の声を
上げずにはいられない。

「凄い、凄い。本物だ。」
「あんた、大した器だねえ。」
「飲み慣れてるんでな。」

 寄せられる賞賛の声に、ドルフィンは平然と言う。
ボルデー酒はかなり強い酒であり、酒に強い人間でも連続の一気飲みは困難なものである。それなのにドルフィンは、まるで水でも飲むかのように軽々と
飲み干したのだ。

「気に入ったぜ、あんた。マスター!この人にあの酒をやってよ!」
「ああ、あの酒ですね?はいはい。少々お待ちを。」

 マスターは屈んで、床の収納棚から一本の古びた瓶を取り出す。厳重にされた蓋を取り外して、マスターはドルフィンのグラスに中の酒を注ぐ。果実酒の
ボルデー酒とは異なる、独特の柔らかい匂いが鼻を擽る。

「これは俺の奢りだ。さ、遠慮なく飲んでくれ!」
「この酒は?」
「こいつはこのテルサの銘酒、『リアン・ジェール20)』。最高級の酒だ。」

 ドルフィンは味を確かめる為に、軽く一口飲んでみる。マスターや客が見守る中、ドルフィンはグラスを置いて感想を述べる。

「・・・旨い。独特のまろやかな風味が何とも言えない。」
「だろ?この酒は山間の町テルサだからこそできるんだ。豊かな自然が育む水がこの酒を産んだんだよ。」
「なるほど。水は万物の源ともいうからな。」

 アルコール分が相当あるらしく、さすがのドルフィンも身体が熱くなるのが分かったが、独特の喉に滑り込むような舌触りと風味は格別だ。
ドルフィンは味わうように飲み干す。

「土地が産んだ銘酒か。大都市の不味い水じゃあできねえ、まさに自然の宝だな。」
「いいこと言うねえ!さ、どんどん飲めよ!」

 賑やかに見知らぬ人々と語らいながらの酒は、ドルフィンの遅い祝杯になる。その土地ならではの酒を味わうことは、酒飲みにとってはこの上ない
至福である。ドルフィンからは兵士達との戦闘の時の冷酷非常な雰囲気は全く感じられず、陽気な普通の青年だ。
 それから暫く飲み続けると他の客の方が先に瞑れてしまい、ドルフィンは大鼾をかいてカウンターに伏せて眠る客の横で静かに飲んでいた。
ドルフィンは戦闘能力だけでなく、酒の方も驚異的な強さのようだ。

「お客さん、貴方、国家特別警察をぶっ潰した人ですよね?」
「・・・ああ、それが何か?」
 ドルフィンが尋ねると、マスターはドルフィンのグラスに酒を注いで身を乗り出す。
「私はこういう商売柄、奴等がいた時相手してたんですよ。酒を飲むと人間の本心が出るといいますが、あれは本当ですね。威張りくさって入ってきた
兵士達が、酒をしこたま飲むと秘密だの情報だのをべらべらと喋る喋る。」
「酒は最も強力な自白剤だって言うからな。」
「それでですね、喋った話の中には結構気になるものがあったんですよ。もしかしたらこれから役に立つ時が来るかもしれませんから、お教えしますよ。
心配は要りません。町を救ってくれた代わりに無料で提供します。」

 マスターはかなりの大声−しかし周囲の騒音でむしろ小さく聞こえる−で話す。仮に国家特別警察の残党や密かに派遣されているのスパイがいるとしても、
こんな騒々しい場所では余程近付かないと聞き取れないから、特別周囲に注意する必要もない。

「エルスとバードの二つの町は、首都から距離的に近いこともあって早くから兵士が派遣されたそうですが、どうも戦況は国側に不利なようです。あそこは
『赤い狼』の最大勢力範囲ですからね。生半可なことでは制圧出来ないでしょう。」

 エルスとバードは次の目的地となるミルマからハーデード山脈沿いに北東に行った所にある漁業を中心産業とする町で、比較的貧しい人が多いせいか
「赤い狼」の勢力が大きく、民主化要求や減税要求が頻発する場所でもある。国家特別警察の中央である首都ナルビアからさほど遠くないところにある為、
国側にとってはまさしく目の上のたんこぶであり、最も邪魔な勢力である『赤い狼』を壊滅に追い込む為にも何としても制圧したいはずである。

「これが重要だと思うんですけどね、何でも国王がこのような狂気の沙汰としか思えないような行動に出た本当の原因は、国王本人の乱心じゃない
らしいんです。」
「どういう事だ?」
「何でも国王がご意見番として招聘した人物が来て暫くしてからなんだそうです、国王がこんな行動に出たのは。」

 ドルフィンの頭に先程の大司教の推測が蘇って来る。アンデッドとなって苦痛や死の恐怖に怯むことなく向かってくる兵士は、相手にとっては心理的にも
大きな脅威となる。これはもしかして、最強の軍隊を作る為の布石なのではないか。そして国王の背後で糸を引く人物は、一体何処からやってきたのか。

「どうしたんです?」

 マスターがドルフィンの深刻な表情を見て尋ねた。

「いや、ちょっと考え事を。」
「そうですか。私が気になって覚えていたのはこれくらいです。少なくてすみません。」
「いやいや、随分参考になった。ありがとう。」

 ドルフィンはマスターに礼を言って、大司教から貰った金貨とは別の、自分の所持金から自分の分の勘定をマスターに支払う。

「いいんですか?この人達が奢りだって言ってたのに。」
「奢りで飲む酒は後味が悪いんでな。この人達によろしく言っといてくれ。」
「はい。ありがとうございました。」

 ドルフィンは相変わらず騒々しい酒場を出ていく。軽い一息のつもりで寄った酒場で、楽しいひとときと貴重な情報を入手できた。メディアが発達して
いないので情報量が少なく、入手も簡単ではない以上、入手できる情報が多いにこしたことはない。
 何時の間にか、既に日は暮れて町には夜の帳が下りていた。町の解放を祝うお祭り騒ぎは、まだまだこれからという盛り上がりを呈している。
今日はアレンの家には入ることはできない。夜中に兵士達がアレンを捕らえるべく乱入してきた際に蹴破られたドアを修理してもらっているためで、アレンと
ドルフィンはフィリアの家に荷物を置かせてもらっていて、眠くなったら何時でも戻って来るようにと言われている。
 ドルフィンは臨時の屋外宴会場と化した中央広場に足を運ぶ。人々の興奮はピークに達し、その限界を超えようとしていた。アレンはフィリアと共に
踊っている。酒が入っているフィリアは感じないらしいが、酒が飲めないアレンは長時間踊り続けている為に相当疲れているようだ。二人の対照的な様子を、
ドルフィンは観客の輪に混じって笑みを浮かべながら眺める。
 ふと、ドルフィンは背後に人の気配を感じた。ドルフィンの背後から一人の青年が小声で声をかける。

「・・・ドルフィン・アルフレッド殿ですね?」
「だったら何だ?」

 ドルフィンは何時の間にか腰の短剣を抜いて背後の青年の胸に突きつけている。左手の剣の柄も親指で少し押し上げており、いつでも応戦できる態勢を
取っている。いかに宴会の席にいるとは言え、戦闘に臨めば即座に対応できるのがドルフィンの強みである。

「ま、待って下さい。私は国家特別警察の兵士やスパイではありません。」

 ドルフィンの凄まじい殺気を感じたのか、青年は慌てて弁明する。

「私は『赤い狼』テルサ支部の者です。折り入ってお話したいことが・・・。」
「『赤い狼』が俺に何の用だ?」
「ここでは何ですから、別のところで・・・。」

 青年はそう言ってその場を立ち去る。ドルフィンは少し考えたが、青年の話とやらを聞いてみることにした。
 青年は中央広場を離れ、その北側の住宅街に入って行く。ドルフィンは青年から3メール程離れて後を付いて行く。青年は狭い路地に入り、奥へ奥へと
入って行く。
 やがて、古ぼけた小さな倉庫のような建物の前にやって来た。周囲の家の造りは土くれを固めただけのような粗末なもので、テルサの中でも最も貧しい
地域だ。酒に溺れた者、他の町や村を飛び出して流浪の果てにたどりついたが職がありつけなかった者などが集まるうちに出来た場所で、普通の町民は
足を踏み入れない。

「ここが支部の仮の事務所です。例の一件で目茶目茶になってしまったもので。」
「俺を尋問する気か?」
「いいえ。現在、支部の人間は5人しかいません。兵士の拷問の為に大半が重傷を負ってしまったので。ドルフィン殿には支部の代表代行に会って
いただきたいのです。」
「・・・良いだろう。」

 ドルフィンは青年の案内で施設の中に入る。施設は元は倉庫だったようで、穴の空いた木箱や紙屑が散乱し、埃が床に雪のように積もっている個所もある。
青年は積み重なった木箱を退けると、床に鉄製の一辺1メール程の四角い蓋のようなものが現れる。どうやら、地下に通じる隠し階段らしい。
青年は蓋を二回ノックして言う。

「赤い狼の戦士、革命の旗を翻し、勝利の丘を登る。」

 すると、蓋の下から声がした。

「それは何を目指す?」

 青年は答える。

「人民の解放。」

 青年が言うと、蓋がゆっくりと退けられ、中から声がする。

「同士か。首尾はどうだった?」
「ドルフィン殿をお連れした。」
「そうか。ではこちらへ案内してくれ。」

 青年はドルフィンに向き直る。

「ドルフィン殿、お待たせしました。ここが『赤い狼』テルサ支部事務所です。」

 ドルフィンは、青年の案内によって先に穴の中に入る。その後に青年が入ると、蓋はすぐさま閉じられる。
蓋の下には3メール程の梯子があり、それを降りるとランプに照らされた土剥き出しの通路が続いている。通路では二人の軽装備の青年が立っている。

「『赤い狼』テルサ支部事務所にようこそ。」

 青年が挨拶するが、ドルフィンは無言のまま軽く会釈するだけだ。

「代表代行はこちらです。どうぞ。」

 青年の案内で、ドルフィンは緩く下り坂になっている通路を暫く歩いていき、やがて意外に広い地下の空間に出る。
やはり土が剥き出しの壁に囲まれた空間が現れる。その中央には、廃品利用らしい机の前に座って書類に忙しなく羽根ペンを走らせる中年の男がいる。
男は足音を聞いて顔を上げ、青年とドルフィンを見てさっと立ち上がって一礼する。

「ドルフィン・アルフレッド殿ですね?ようこそ。私が『赤い狼』テルサ支部代表代行のジェード・マクラリオンです。」
「・・・ドルフィン・アルフレッドだ。」
「どうぞそちらにお座り下さい。」

 ジェードと名乗る男は机の前の粗末な椅子を指し示す。

「粗末な椅子で申し訳ありません。資材が殆どないものですから。」
「俺はそんなことを気にする性格じゃねえ。それより、話とやらを聞かせてくれ。」

 ドルフィンは今にも潰れそうな椅子に腰を下ろす。大柄のドルフィンが腰掛けると、ギシッと軋み、縦に押し潰されるように形を歪める。
ジェードも座っていた椅子に腰を下ろす。

「貴方にわざわざお出で頂いたのは他でもありません。単刀直入に申します。『赤い狼』に協力していただきたい。」
「断る。」

 真剣な表情で言ったジェードに対し、ドルフィンは素っ気無く即答する。ジェードは勿論、後ろの青年やジェードの脇にいた青年は思わずがっくりと
身体を傾ける。

「な、な、何故ですか?」
「俺は他人と安易につるむ主義じゃねえんだ。第一、お前達とつるむ理由がねえ。」

 ドルフィンが言うと、ジェードが気を取り直して言う。

「理由はあります。我々は王族とそれに取り入る大商人とによる圧政に苦しむ人民を解放し、人民が国を運営する民主主義を実現することを目的に活動して
いるのです。貴方は囚われの身となった人民を救出する為、この町を支配していた国家特別警察を壊滅に追い込みました。それは我々の行動と理念を
同一とするものとは考えられませんか?」
「貴様ら、何を勘違いしてやがる。」

 ドルフィンは表情を厳しくする。

「俺は確かに奴等を潰した。だがそれは父親救出の為に行動を起こした少年に協力した結果だ。俺はそもそも国家を倒すだの人民を解放するだのとは
端から考えちゃいねえ。」
「しかし、結局目的の為に国家を敵に回すのは同じではないのですか?」
「俺は必ずしも奴等を敵に回そうとは思っちゃいねえ。邪魔するなら潰すが、道を開けりゃ何もしねえよ。」

 ジェードはなおも食い下がる。

「しかし、奴等が易々と譲歩するような相手だとお思いですか?我々と共に戦い、圧政を敷く現在の国家権力を打倒することは、必然的に貴方の目的を
達成することになるのではないのですか?」
「逆上せ上がるんじゃねえ。国家権力を打倒するのならやれ。止めやしねえ。だが、それはやりたい奴だけでやれ。やろうという気のない者まで
大義名分を盾に引っ張り込むな。俺は少年に協力して動く。邪魔するなら対象が誰であっても、何であっても遠慮なく潰す。それだけだ。」

 ドルフィンの意志が強固なのを悟ったジェードは、これ以上説得するのを諦める。

「・・・そうですか。止むを得ません。」
「話を聞いた以上、ここから出すわけにはいかねえとでも言うか?」

 ドルフィンは左手の親指で剣の柄を少し持ち上げる。

「まさか。我々はそのような強制はしません。それは我々が反対する国家権力の行動と同じです。そのまま出ていっていただければ結構です。
お手数をおかけしました。」
「・・・では、失礼する。」

 ドルフィンは席を立ち、振り替えることなく地下空間から出て行った。ジェードは書きかけの書類にもう少し羽根ペンを走らせ、書類を折り畳む。

「・・・ジェードさん。なかなか難しい男ですね。」

 脇に立っていた男が話し掛ける。

「だが、多くの同士が今回の兵士派遣で一斉摘発されて、支部機能が完全に麻痺したところもあるだろう。少しでも戦力が欲しい。彼の戦力は一騎当千。
国家権力に対して大きな脅威となることは間違いない。」
「中央本部とミルマ支部にファオマ21)で今回の情報を伝えました。中央本部はエルスおよびバードで激戦中と言う情報は酒場に潜入した際に
聞きつけましたが、ミルマの方は・・・。」
「ミルマにおける活動家と支持者の人口比率は14ピセル22)と決して少なくない。一斉摘発でも相当数は残っているだろう。」

 彼らはドルフィンがミルマに向かうことを既に知っていた。人々の話などからドルフィンがアレンと行動を共にしていたこと、アレンの父ジルムが
連行されて手厳しい尋問を受けていたこと、そしてジルムが長官マリアスに首都ナルビアへ連れ去られたということも知っていた。
それらの情報から、南北を険しい山々に囲まれ、丁度砂時計のくびれた部分に位置してレクス王国を東西で分ける位置にあるため、地理的にどうしても
通過せざるをえない町ミルマに立ち寄ると推測したのである。
 『赤い狼』が現在のような勢力を築き上げる要因となったのが、ファオマや直接の伝令を用いた情報網である。各地の情報を支部から各地の支部に伝達し、
必要とあらば応援を派遣したりするというシステムを確立している。テルサは辺境に位置すると言う地理的に不利な条件からどうしても情報伝達が遅れがちに
なり、国家特別警察が一斉摘発に乗り出すという情報が入手できたのは、既にテルサの一斉摘発が終了した後だった。
その反省から、早め早めに手を打とうと言う方針を固め、ドルフィンの説得工作を、ドルフィンが立ち寄るであろうミルマの支部や、最大の勢力を誇り
リーダーもいるエルス近傍にある中央本部に要請すべく、ドルフィンが国家特別警察を驚異的な力で壊滅に追い込み、ナルビアを目指すべくミルマ方面に
向かうという情報を発信したのである。

「我々は支部を再建し次第、周辺都市へ応援に向かわねばならん。彼の説得は現在の彼の態度から考えてこれ以上回を重ねることは無意味だ。後は
ミルマ支部と中央本部の情報部隊に任せよう。」
「そうですね。我々は我々ができることをするのが先決です。」

 ジェードは羽根ペンを置いて一度ため息を吐く・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

20)リアン・ジェール:フリシェ語で「生命の歌声」という意味。この地方では珍しい米から作られた吟醸酒である。

21)ファオマ:体長20セーム程のオウムに似た鳥。性質は大人しく利口な為ペットとしたり、遠距離の情報伝達に使用したりする。飛行速度が速いのが特徴。

22)ピセル:この世界での百分率の呼称。1ピセルが1%に相当する。

Scene1 Act3-3へ戻る
-Return Scene1 Act3-3-
Scene1 Act4-1へ進む
-Go to Scene1 Act4-1-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-