Saint Guardians

Scene 1 Act1-3 異変-Accident- 夜の闇に膨らむ不安

written by Moonstone

 二人は心の底から沸き上がってくる言いようのない不安感に急かされるように家路を急ぐ。
もしかしたら別のミノタウロスが町を襲っているかもしれない。
町を魔物や盗賊の襲撃から守る役割を果たす自警団23)では、あんな強力な魔物が5匹も来られたら、とても太刀打ちできないだろう。
 レクス王国では軍隊は王家の親衛隊として存在しており、町の治安維持や外敵の迎撃は町の住人のボランティアによる自警団が担当することが伝統と
なっている。
だが首都や二、三の大都市ならいざ知らず、人口も決して多いとは言えない辺境の町では規模や装備の程度は高が知れている。
いろいろ考えていると悪い方へ悪い方へと考えが突き進んでいく。
 二人の足は否が応にも速まる。
幸いにして逸る気持ちの二人を邪魔だてするものはなく、二人は山を越えて深い森から出る。
聳え立つ自然の壁に囲まれるようにある、僅かな平地に佇む二人の住む町は、いたって平穏そのものだ。
既に大きく西に傾いた日差しを浴びる町は、二人の焦りを知ることなく静かに夜の始まりを待っているようだ。

 門の外には左右に一人ずつ鎧を着込んだ自警団の団員が立っている。
夜になると外敵の襲撃を察知するのが遅れる危険性が大きいため、町の数少ない出入り口の付近に立って
危険の襲来を少しでも早く察知して、迎撃態勢整えるよう要請する役割を担っている。
 二人は自警団の団員にぺこりと頭を下げて町の中に入る。
二人の前には、歓声を上げて遊ぶ子ども達、世間話に熱中している主婦、仲睦まじく寄り添って歩く恋人達という、いつも見られる町角の風景がある。
そのいつもの光景が見られることが、二人にとっては何故かとても貴重なもののように思える。
 閉店前の最後の商売に意気込む賑やかな商店街を抜け、二人は家路へと向かう。
二人の家は同じ地域内にあり、歩いても10ミムもかからない距離なのであるが、一応フィリアの護衛という役割上、アレンはフィリアを家まで送って
いくのである。
朝もわざわざ待ち合わせなどすることなく、どちらかが相手の家に迎えに行けば良いのであるが、フィリアが頑として待ち合わせをしたいといって
受け付けない。
フィリアとしては勿論アレンとデート気分を味わいたいからなのであるが、アレンは何故フィリアがわざわざ待ち合わせをしようと言うのか、皆目
見当がつかずにいる。

 やや狭い裏通りに入ると、ごく普通の町角の光景に混じって、埃塗れのぼろ布のような服を着て道端で眠ったり雑談をしたり、幼い子どもをあやしたり
している人々の集団が随所に見られる。
彼らこそ、テルサで一大問題となっている隣国ギマ王国から流入した難民である。
難民達の多くは、近年激化の一途を辿る内戦で強力な部族に住み慣れた土地を追われた小数部族であり、テルサに唯一通じる危険な山道を決死の覚悟で
抜けて、ようやくテルサに辿り着いたのだ。
中には部族間の内部抗争によって土地を追われた人々もいる。
 道の中央を歩く二人の足元に、数人の子ども達が群がって来る。
皆一様に痩せ細った子ども達は、二人に向かって聞き慣れない言葉で必死に何かを訴えかける。
世界有数の多民族国家であるギマ王国には部族の数だけ言語があると言うほどで、一応国語と制定されているマイト語が全く通じない部族も数多く
存在すると言われる。
ギマ王国との交流が活発になり、マイト語を多少は理解できるようになったものの、簡単な幾つかの単語と挨拶程度しか知らない二人は、ただ首を
捻るばかりだ。
 フィリアが無言でアレンの服の袖をくいくいと引っ張る。
構わずに行こう、とアレンに促している。
しかし、子ども達の真剣な眼差しを見ていると、アレンにはとても無視してやり過ごすことはできない。
何とかして子ども達の訴えを聞き取ろうとして子ども達の表情や仕草に注目する。
 子ども達は一様に何か言いながら両手を胸の前で差し出している。
アレンはもしや、と思い、非常食として常時携帯しているカカス24)を腰の革袋から取り出す。
するとアレンの推測通り、子ども達は二人に擦り寄るように頻りに両手を差し出してくる。
二人には分からなかったが、子供たちは二人に何か食べ物を下さいとせがんでいたのである。

「分かった分かった。皆にあげるから押さないで。」

 アレンは子ども達のか細い、泥塗れの手に一人一つずつカカスを手渡す。
途中でなくなったので、フィリアに頼んでカカスを分けてもらい、どうにか全員に分け与えることが出来た。
子ども達はカカスを貰うと瞳を輝かせて、頻りに何か言いながらアレンに頭を下げて散らばって行く。

「よっぽど嬉しかったんだな。何て言ってたのか分かんないけど。」
「本当にお人好しなんだから。カカスを全部あげちゃうなんて。」
「そんな事言うなよ。いいじゃないか。お腹空かしてたんだろうし。」

 フィリアが子ども達が何を仕掛けてくるのかと警戒していたのに対し、アレンは子ども達の真剣な訴えを何とかして聞いて理解しようとして、
そしてその訴えに応えたのである。

「相変わらず人がいいんだから・・・。でも、それがアレンの魅力なのよね。」

 フィリアは微笑んでアレンの腕にぎゅっとしがみつく。

「わっ、と、突然何すんだよ?!」
「気にしない、気にしない。さ、行きましょ。」

 それからフィリアは自宅の前に来るまで、アレンが何度も恥ずかしいから離れるように言ったが聞き入れず、アレンの腕から離れようとはしなかった。
自宅の玄関のドアの前に来て、ようやくフィリアはアレンの腕を解放する。

「今日もついて来てくれてありがと。」
「うん。それはいいけど、魔法でとんでもないことしようとするなよ。」
「大丈夫。一応魔術師としてのそれなりの良識は弁えてるつもりだから。でも・・・。」

 フィリアがアレンを上目遣いに見て言った。

「アレンのハートを奪う魔法の研究は、本腰入れてしてみようかな。」
「奪うなら自分の魅力でやれよ。」

 アレンは苦笑いして言う。

「自分の魅力で?それなら今からでもできちゃうじゃない。何なら今からやってみてもいいわよ?」
「・・・言ってろ言ってろ。じゃあ、お休み。」
「うん。また明日ね。」

 二人は軽く手を振って別れた。
フィリアが家の中に入るのを見届けて、アレンは自宅へと急ぐ。
既に空は夕焼けの朱色から、徐々に東の方から広がってきた濃い藍色が半分以上を占めている。

「さあて、夕食の準備をしないと。その前に洗濯物を取り込まないといけないな。」

 アレンはまるで主婦のような独り言を呟く。
アレンの母親サリアはアレンを産んですぐに病気でこの世を去った、とジルムは以前語った。
12歳を過ぎた頃から、不器用な父親に替わってアレンが家事の殆どを切り盛りしている。
別に誰から教わったわけでもなく、ごく自然にこなせるようになっていた。
特に料理は玄人裸足で、フィリアもアレンから何度も手ほどきを受けたことがある。
父ジルムの話からしか窺い知る由もないが、母サリアも特に料理が得意だったと言う。
 お前は本当に母親に似てきた、と父ジルムが何度となく口にしている。
確かに、今の箪笥の上に飾られた、結婚前に描いてもらったとジルムが言うドローチュア25)を見ると、髪の色が銀色で肩を超える長さであることを除けば、
アレンは母の生き写しとしか思えない程よく似ている。
美人の母親に似ていると言うことが女性的な外見と言う、アレンの大きな劣等感の原因になっているのは皮肉なことだ。
 アレンは玄関のドアを開けて中に入って言う。

「ただいまぁ。遅くなってごめん。すぐに夕飯作るから。」

 すると、中から香ばしい匂いと共にジルムの声が返って来る。

「お帰り。鍵を掛けるのを忘れないようにな。」

 アレンはすぐに玄関の鍵を掛けて、香ばしい匂いを疑問に思いながら匂いの漂ってくる台所へ向かう。
台所の小ぢんまりとしたテーブルの上には、香ばしい匂いの元である旨そうな料理が置かれていた。
それを見て、アレンは驚いた。
アレンの料理の腕に頼ってこのところ決して台所に立とうとしなかったジルムが料理を、それも見るからに旨そうな品々を並べているのだから無理もない。

「と、父さん・・・。今日って何かの記念日だったっけ?」
「いいや。何にもないぞ。それより、居間に運んでくれ。」

 アレンは首を何度も捻りながら料理を居間のテーブルへと運ぶ。

「さあ、冷めないうちに食べよう。」
「でも、何で父さんが・・・?」
「お前がいつ帰ってくるか分からんし、たまには私も食事の用意をしないといかんだろう。」
「それにしても、よくこれだけ作れたね。」
「前にお前が書いてくれたレシピのメモを見させて貰ったよ。さ、食べよう。」

 アレンは未だに信じられないと言った表情で椅子に腰掛ける。
ジルムはエプロンを取って、アレンの向かい側の椅子の背中に引っかけて自分も腰掛ける。

「じゃあ、いただきまーす。」

 アレンは手始めにスープを一口掬って口へと運ぶ。

「・・・どうだ?」

 ジルムが少し不安そうに尋ねると、アレンは驚きと感嘆の入り交じった表情を浮かべる。

「へえ・・・。凄く美味しいよ、これ。」
「そうか。お前が旨いと言うんだから、私の腕もまんざらではないな。」

 ジルムはアレンの高い評価を受けて嬉しそうだ。

「ふーん。じゃあ、これから代わりに食事の用意してみる?」
「そ、それは難しいなあ。一日だけなら兎も角、毎日はきつい。それにお前のメモを見ないと何も作れんしな。」

 アレンの突っ込みに、ジルムは苦笑いする。

「でも、父さんもできるようにしておいた方がいいよ。できて損なことじゃないし、第一、俺がそこそこの歳になるまで作ってたんだから練習すれば大丈夫だよ。」
「そうだなあ。お前が病気にでもなったら困るし、お前が結婚して家を出るようなことになれば私は一人になるわけだし。」

 ジルムの口から出た意外な言葉に、アレンは食べるのをぴったり止める。

「結婚・・・って、そんな、まだ早いよ。」
「そうとも言えまい。お前も法律上ではもうすぐ大人だ。そろそろ結婚を真剣に考えてもいい歳だろう。」

 確かに他の多くの国がそうであるように、レクス王国でも18歳になるとセレブレーション26)を受けて成人となり、各種の法律も適用されるし、
当然結婚もできる。
しかし、ジルムが結婚のことを口にしたのは今日が初めてだ。

「時間が過ぎるのはあっという間だ。早いに超したことはない。それにお前さえその気なら未成年でも親の同意があれば結婚はできるわけだし。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして急にそんなこと言うのさ。」

 アレンは慌ててジルムを遮る。
今まで口にしたこともないことをやけに力説するジルムの態度は、アレンから見れば奇妙以外の何物でもない。

「少なくとも今の段階では立派な男になるまで結婚する気はないよ。大体、父さんが突然、結婚を考えたらって今まで言ったこともないこと言うなんて変だよ。」
「そうかも知れん。しかし・・・。」
「・・・何かあったの?何か変だよ、今日の父さんは。」

 アレンはジルムの表情に、心なしか焦りと不安が見え隠れしているように感じられる。
ジルムは表面に顔を出そうとしている心の動揺をアレンに悟られまいと、首を何度も横に振る。

「・・・いや、何でもない。そろそろ孫の顔がみたいと思う歳なんでな。」

 そう言ってジルムは無理に微笑みを浮かべて食事を再開する。
アレンは何かを必死に隠そうとしているジルムの様子を疑問に思ったが、それ以上は追求しないことにした。
ジルムがこれほど力説し、動揺を隠そうとするのは初めてのことだ。
それはアレンにとって、昼間のミノタウロスとの遭遇という心に蒔かれた不安の種を一気に大木へと生長させるに十分だった。
 アレンはなかなか寝付けなかった。
山越えをして満腹になり、本来ならベッドに入ったらすぐに夢の世界に飛び込めるはずなのであるが、心の振動が全く収まらず、正味1ジムの間、
体を左右に向けたりしてみても無駄だった。
昼間の場違いなミノタウロスとの遭遇、そして父ジルムが持ち出した突然の結婚話。
何かがおかしい。
今まで何度も過ごして来た平凡な日常の暮らしの中で、こうも次々と異変が起こっては、アレンはそう感じざるを得ない。

「絶対変だ。あのミノタウロスにしても、父さんにしても・・・。」

 アレンは布団の中で呟いた。
明日はフィリアと共に教会の礼拝に行く約束をしているので早く寝たいであるが、いくら寝ようとしても両目を閉じ続けられない。
 アレンはがばっと布団を跳ね除けて起き上がる。

「駄目だ。どうしても寝られない・・・。」

 アレンは布団の上に乗せてある上着を羽織り、ベッドから出て窓の外を見る。
既に町は深い闇の中にあり、不気味なほどの静けさが支配している。
空に目を向けると、黒に塗りつぶされたキャンバスに宝石を散りばめたように星が煌いている。
アレンはじっと星を眺める。
こうしていれば、少しは心の揺れが静まるかもしれないと期待して。
だが、どれだけ星を眺めていても心の揺れは一向に収まらない。
逆に、空がいつも見られる風景である分、異変に晒された心の揺れは激しさを増したようにすら思える。
 アレンは枕元に立てかけてある愛用の剣を手に取って、ベッドに腰掛けてしげしげと眺める。
こんな辺境の田舎町では到底売っていないような立派な剣を、父ジルムは何処で手に入れたのだろうか。
そう考えた途端、アレンの心の揺れが更に激しくなる。
アレンは窓から差し込む微かな月明かりの元で、改めて剣をしっかり観察してみる。
鞘には細かい彫刻が施されており、補強のための金属もデザインと機能の両面を満足するように巧みに使用されている。
ふと柄の部分を見ると、小指大の窪みが目に入る。
今まではデザインの一部だと思ってさして気にも留めなかったが、今日は何故かその窪みが気になる。
何かをはめ込むのだろうかとアレンは思う。
窪みは単なる穴ではなく、よく見ると周囲に精巧な細工が施されており、紋章か何かのようだ。

 アレンは鞘から剣を抜く。
月明かりを浴びて妖艶に輝く銀色の刃は、不思議なことに刃こぼれしたことが一度もない。
アレンは以前、剣の練習をしていて誤って岩に刃を当てた時、慌てて鍛冶屋に持ち込んだが刃には傷一つついていなかった。
いかに上等な剣と言えども岩に刃を当ててしまえば多少なりとも刃こぼれしてしまうのだが、この剣は全く無傷であった。
それに、その時の鍛冶屋が刃を鑑定して、見たこともない金属だと言った。
武器の要となる刃に使用される金属は安価なものでは青銅、普及品では鉄、上等なものになると鋼が使用されるのだが、アレンの剣の刃はそのどれでも
ないと鍛冶屋は首を頻りに捻った。
上等なものだから銀やプラチナじゃないかとアレンが言うと、質感が全く異なり、今まで感じたこともないようなものだとも言った。
鍛冶屋は色々調べてみたが、結局材質の特定は出来なかった。
その時はこの鍛冶屋が知らないような上等の材質なんだろうと納得したが、今日改めて考えてみると愛用の剣一つからでも疑問が際限なく湧き出して来る。
 アレンは物凄い勢いで水面を上げ続ける疑問の海に溺れそうな気がする。

「・・・止めた止めた。これ以上考えるのは止めとこう。」

 アレンは首を何度も横に振る。
このままでは自分の存在まで疑ってしまいかねない。
抜いた剣を静かに鞘に収め、元のように枕元に立てかける。
そして上着を脱いで布団の上に乗せ、ベッドに滑り込むように潜り込み、布団を頭まで被る。
次から次へと湧きあがってくる疑問の湧き水を封じようと、兎に角考えることそのものを止める。
ただひたすら両目を閉じ、意識が暗闇へ吸い込まれるのを待つ。
 その時、静けさを激しく乱打される鐘の音が乱暴に切り裂く。
アレンは反射的に飛び起き、枕元の剣を手に取る。
鐘は外敵の来襲を町中に知らせる警報である。
アレンは水色のストライプのパジャマ姿のまま、剣を持って窓から外に飛び出す。
心地よい夢の中にいた他の住人達も鐘の音で一気に目を覚まし、ある者は大慌てで緊急時の避難所とされている自警団の詰所に走り、ある者はアレンと
同様、寝姿のままで武器を持って近くの門へと走る。
自警団は総勢50名ほどであり、少し規模が大きいオークの集団では対処できない。
そのため、戦える力のある者はいざとなれば自警団の所属の有無に関わらず、戦闘に参加するのである。
知能が低く、他種族を攻撃対象としか考えないオークに対して話し合いなど通用するはずがない。
 鐘の音がけたたましく響き続ける中、アレンは家から最も近い西側の門へと急ぐ。
そこでは既に、どんどん近づきつつあるオークの集団を門の前で迎え撃つ体制に入っている自警団と、武器を持った応援の住人達がいる。
町に侵入するには堀に架かる橋を渡らなければならないため、そこで少しずつオークを倒していくというありふれてはいるが、最も確実で数多くの経験が
ある作戦に打って出るようだ。

 アレンは走って来た勢いで大きく跳ぶ。
アレンの体は門の前に集結した人々の頭上を越え、橋の町側の位置で見事に着地する。
前方から手に手に剣や槍や棍棒を持って、町めがけて突進して来る魔物の集団が見える。
豚の頭をした、小柄でずんぐりとした体格の魔物こそ、町にとって招かざる客であるオークである。
アレンは剣を鞘から抜いて、単独でオークの集団に斬り込む。
奇襲を受けた先頭の2、3匹のオークが、アレンの剣の一撃で頭を割られ、鮮血を吹き上げて倒れる。
アレンの鋭敏な動きをオークの集団は捉えることができず、一匹ずつ首を跳ねられ、胸板を貫かれ、肩口から斬られて次々と倒れていく。
アレンの活躍を見て、門の前で待ち構えていた人々も一斉にオークの集団めがけて突進する。
さすがのオークもこの迎撃の前にはひとたまりもなく、ものの5ミム程でオークは全て無残な骸を地に横たえた。
 それでもまだ警報である鐘は鳴り続けている。
人々はオークの集団を倒した喜びに浸る間もなく、監視役の数人を残して残りの南部と北部の門への応援へと向かう。
アレンは、昼間フィリアと薬草を摘みに出た際に通った南部の門へ向かう。
森に最も近いことで最も襲撃を受けやすい南部の門では、オークの集団に押され気味だった。
アレンは人々の上を飛び越し、既に橋を渡り切ろうとしていた集団の先頭に痛烈な一撃を浴びせる。
血飛沫を上げて倒れていくオークに構うことなく、アレンはオークを次々と斬殺する。
オークも必死に反撃するが、アレンはそれを巧みに躱し、逆に致命傷となる一撃を与える。
オークの集団は少しずつだが確実に目減りしていく。
 アレンの活躍で態勢が逆転した住人は、一斉に逆襲を開始する。
オーク達は次々と血の海に倒れていき、僅かに残ったオーク達はかなわないと知ってか、一目散に暗闇の中に走り去っていく。
何時の間にか鐘も鳴り止んでいた。
人々は町の危機が去ったことを確認して歓喜の声を上げる。

「いやあ、アレン君。君が来てくれて助かったよ。」

 知り合いの自警団の団員がアレンに話し掛けて来る。

「いえ・・・。それにしても、随分数が多くなかったですか?」
「そうなんだよ。私が知る限りでは最大規模だったなあ。」

 アレンもそう感じていた。
一月に5度の割合で、招いてもいないのにやって来るオークの集団は、大抵多くても50匹程度で、それも馬鹿正直に全員固まって一つの門めがけて
突進して来る。
今回は複数の門をめがけて、それも恐らくは100匹以上の大軍で押しかけて来た。
 襲撃で負傷した人や、不運にも命を落とした人が担架で運ばれていく。
一回の襲撃で大抵一人は死者が出るのだが、全身に布を掛けられて運ばれていく死者の数は見たところ二、三名。
襲撃して来た集団の規模からすればむしろ少ないと考えるべき数だ。

「これだけ規模の大きい襲撃は初めてだ。悪いことの前触れでなければいいが・・・。」

 団員が不安そうに呟く。
今回の襲撃は、決して歓迎はしないがお馴染みのオーク達であり、何度も戦闘を経験しているアレンにとっては容易な相手であったが、昼間の
ミノタウロスのような巨大で強力な、そして戦闘経験のないような魔物が集団で襲撃したとき、果たしてこの町の住人だけで防ぎ切れるのだろうか。
辺境に位置するがために、周辺の町へ応援を要請するのも困難であるし、仮に応援が駆けつけてくれるとしてもそれまで持ちこたえることができるのだろうか。
 アレンの頭には更に加速度を増した不安の渦が巻き起こる。
今日一日であまりにも多くの異変が起こりすぎた。
アレンは、普段の平穏な生活が音を立てて崩壊していくような気がした。

「でも、君のお陰で助かったよ。自警団に入れる歳になったら是非とも加わってくれ。」
「はあ・・・。」

 アレンは団員の言葉に生返事しかできない。

「さ、君はもう家に戻ってゆっくり休んでくれ。」

 アレンは小さく頷いて、血糊がべったりこびりついた剣を数回振って血糊を落として鞘に収める。
街には再び静寂が戻り、自警団の団員はそれぞれの配置に戻り、人々はそれぞれ家路に就く。
アレンは空を見上げる。
星が下界の喧騒さとは無縁のように煌いていた。

用語解説 −Explanation of terms−

23)自警団:各都市に存在するレクス王国特有の治安、防衛組織。志願制で規模や任期は町の規模によって異なる。
テルサの場合は50人態勢で任期は1年、18歳以上という規定がある。


24)カカス:蜂蜜と数種類の薬草を混合して凝縮した携帯食の一種。色は白濁色でとても甘い。10粒で20エルグくらい。

25)ドローチュア:細密画家という専門の職人に描いてもらう細密画のこと。
この世界には写真がまだ存在しないため、その代わりとして重宝される。
四切りサイズ1枚で30デルグくらいと割と高価。


26)セレブレーション:満18歳に達した青年を祝う、成人式のこと。宗教や地域が異なると成人の年齢は異なる。
レクス王国の場合は教会で祝福を受けた後、住民台帳に個人の氏名が登録される。


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